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プロローグ

「おお、ヤマグチよ、死んでしまうとはなさけない」


 目を開けると、女神が厳かな表情で見つめ、どこかで聞いたことのあるような台詞を言っていた。

 いや、違うな。一見厳かな表情の様に見えるが、よく見ると口元がうっすらと笑っている。きっと決め台詞を言えたのがうれしいのだろう。なんとなくイラッとくる表情だ。

「そんな、怒った顔でみないで下さいよ」

 女神が、ちょっと照れたような顔で言う。

「いきなり、死んだとか言われて怒らない人間がいるわけないだろ」

 憮然とした顔で答えると、女神もさすがに申し訳ないような顔で話だした。

「すみません。ちょっと事情がありましてヤマグチさんに急遽死んでもらうことになりました」

「はあ?」

「だから、怒った顔でみないで下さいよ。今から説明しますから」

 そう言って女神は話し出した。

「実はですね、今日ヤマグチさんの近くにいた、少年。タケモト君っていうんですが。彼は、今後の世界で非常に重要な役割をになっている人間なんです」

「でも、今日、タケモト君がいた位置が非常に悪くて、本来はタケモト君はその位置にいないはずだったんですけど、ちょっとした世界の揺らぎ的なものでして。あの位置にいると事故にあってしまう計算になっていたんですよ」

 わかります?と言いたい顔で女神が見つめてくる。

「なるほど。つまり俺がそのタケモト君とやらを格好よく助けて、代わりに死んだというわけか」

 ちょっといい話だな。妻や子供も父が人助けをして死んだというなら、納得してくれるだろう。そう考えて深くうなづくと。

「いや、違うんです。あなたが、急に股間のあたりを抑えてですねー。『痛いー。痛いー』って。ぷぷっ。いや、本当に情けない顔で騒ぎ出したんで、タケモト君がちょっと移動したんです。それで、あなた方の世界はちょっと救われたというわけで」

「ぷぷっ。じゃねえよ!もっと、いいやり方あったんじゃないの?それじゃ、俺が性病か何かみたいじゃん。もうちょっと考えろよ」

 ずいぶん、残念な方法だった。これじゃ、妻も子供も納得しないだろう。むしろ、変な疑いがかかる可能性もある。

「ヤマグチさん」

 女神がキリッとした顔で言う。

「死は、万人に平等であり。死に方に良い悪いもないんですよ」

 いいこと言ってやった!みたいな顔されてもな。

「まあ、済んだことを言ってもな」

「お?前向きですねーヤマグチさん。じゃあ、やり直しはなしってことでいいですね」

「いや!やり直せんのかよ?じゃあ、格好良く死ぬ方向でいこうよ」

 驚いて言うと、女神はうーんと唸りながら、中空を見ながら。

「痛いーって言ってた部分を、かゆいーになら変更できますけど」

「だめだよ!格好わるくなってんじゃん!もっと根本的に変えてくれないと!」

「それ以外はちょっと・・・」

 急に申し訳なさそうな顔をする女神。

「まあ、さっきも言ったけど、過ぎたことを言ってもな」

「そうですね。さすがヤマグチさん。前向きです」

 すぐに、申し訳なさそうな顔をやめ、ニコニコする女神。やっぱり演技だったか。

「ところで」

「なんでしょう。ヤマグチさん」

「今、どういう状態なのかな?死んだあとは、普通天国とか地獄とか虚無の世界に行くんじゃないの?」

「そう!そこなんですよヤマグチさん」

 女神が、さっきまでとは違う笑顔で話し出した。

「実はですね、私、女神なんですよ!」

「知ってる」

 無表情で言い返すのにたいして、女神はびっくりしたような顔をした。

「なんでわかったんですか!やっぱり、溢れ出る女神オーラのせいですかねー。それとも、ついにじみ出てしまう、この知性の輝きからですか?」

 やっぱなー。溢れ出ちゃうからなー。と呟いている物体がいるが、そんなことで分かったわけじゃない。

「めがみって胸に書いてあるからな」

 そう。なぜか、女神の胸には「3-E めがみ」と書いてあった。まるで、ゼッケンのように。当然ゼッケンがあるということは、女神の服装は、体操着だった。しかも、現代では絶滅したとされている、濃紺のブルマだった。

「3-1ってことは、高校生なのか?」

 色々な方面で、問題がありそうなので、一応確認してみる。

「女神ですから。そういうものは超越しているのです」

 真顔になった女神が言う。女神なりに重要なことをいっているというのはわかっているようだ。

「そうか、超越か。超えてるということでいいんだな」

「大丈夫です」

 ちょっと事務的な会話になってしまったな。まあ、事務連絡みたいなものだからこれでいいだろう。

「それで、女神が俺に何の用なんだ?」

 話を戻すように言うと、女神も慌てて話し出した。

「ヤマグチさんには、恥ずかしい思いもしてがんばってもらっちゃったので、なんとっ!異世界への転生をプレゼントしちゃいたいと思います」

 ぱちぱちぱちー。拍手をしながら女神がアホなことを言い出した。

「いや、異世界とかいいから、普通に生き返らせてくれよ」

 まったく喜んでない返事にたいして、女神がびっくりしたような顔をする。

「え?異世界ですよ。みんな行きたい異世界ですよ?こんなチャンスを棒にふるんですか?」

「いや、もう一回言うけど、普通に生き返らせてくれ。タケモト君はもう大丈夫なんだろ?」

「そりゃタケモト君はもう大丈夫ですけど……」

 女神が困ったような顔で言う。きょろきょろとあたりを見回した後、意を決したように小さい声で言う。

「実は、生き返らすのは無理なんです」

「なんでだよ!女神なんだろ?」

「4年生なら大丈夫だったんですけど……」

「急に、学年の話始めんなよ。微妙すぎる伏線だな」

 ゼッケンをじっと見つめると、女神は、両腕で胸を隠すようにして、上目づかいでこっちを見た。

「せんせー。男子が胸ばっかみますー」

「胸じゃねーよ。ゼッケンを見てんだ。あと、どこに先生がいるんだ!」

 両腕で押さえつけられて、むにゅっとなっている胸を見ながら叫ぶ。うーむ、結構胸あるな、この女神。

「とにかく、生き返らせるのは無理なんです。あ、ご心配なく。ヤマグチさんがいなくなった後も、ヤマグチ家は安泰なようにしておきますから。末代にいたるまで、今以上の暮らしができることをお約束いたします。だから、こころおきなく異世界へ旅立ってくださいよ」

「本当に? 俺がいないほうが、ヤマグチ家が安泰っていうのが納得いかないんだが」

「ほら、人というのは忘れる生き物ですからねー。何年かは悲しみに暮れるかもしれませんが、物質的な満足度さえさらに満たされれば大丈夫です。それに、ヤマグチさんもうすぐ40じゃないですか」

「そうだな」

「なんと! 異世界に行った場合には、20歳に若返っちゃうんですよ。これだけでも凄いのに、さらに一般人よりも強くしちゃいます。そのうえ! 特殊な能力まであげちゃいますよー」

 ぱちぱちぱちー。さっきのテンションに戻った女神が騒ぎ出す。

「どうです! 行っちゃいます? 異世界!」

「えー。でもなー」

 なんとなく優柔不断な態度になってみる。新聞の勧誘に対応しているような気分になってきた。

「なんです? 何が不満なんですか?」

「んー。そうだなー」

 だんだん女神の性格がつかめてきたことで、一つ思いついた。

「できれば、女神様からも一つ特典がほしいなー」

「私からですか?」

 女神が、もうひと押しで異世界に送り込めそうな様子に、喜びの声をあげる。

「例えば。一つお願いを聞いてくれるとか」

「え? それはー、ちょっと」

 立場逆転だ、急に優柔不断な様子になった女神に追い打ちをかける。

「じゃあ、この話はなかったことで。4年生の方に連絡とってもらえます?」

「いやいやいやいや。それじゃあ困りますー」

 急に女神が慌てる。やっぱり、女神は何人かいるようだ。きっとこの女神は成績悪いんだろうなー、Eクラスだし。俺は、にこやかな笑顔を浮かべて言った。

「一つぐらいは、いいじゃないですか。俺は満足して異世界へ行けるし、女神さまはちょっとしたお願いを聞いてやるだけで、異世界へ一人送り込むことができる。WIN-WINですよ」

「WIN-WINですか。そうですよねー」

 多分、意味が分かっていないと思われる女神が、分かってないけど凄そう!といった目で言う。本当にちょっと頭が弱いのかもしれんなこの女神。そう、思いながらもにこやかな笑顔で言ってやる。

「そうですよー」

「じゃあ、さっきの話に加えて、一個だけ私が願いをかなえたら、異世界へ行ってもらえます?」

「行きます」

 あまり考える時間をもたせてはいけない。しっかりと返答した。

「ありがとうございますー。じゃあ、ヤマグチさんが行かれる異世界の説明をしますね」

「その前に。」

 手を挙げて、女神が話をしようとするのをとどめる。

「なんでしょう?」

「なんで、異世界に人を送り込む必要があるんだ?」

 最初から思っていた疑問をぶつけてみる。あんまりハードな展開なら考え直さないといけないからな。

「あー。そこからですかー。ヤマグチさんはビビ……慎重ですねー」

 さりげなく失礼なことを女神がのたまう。お前が考えなしなだけだろうと思うが、聞かなかったことにして流しておこう。

「実はですね。ヤマグチさんが行く世界は、私が作った世界なんです」

 ちょっと驚くようなことを女神が言う。意外とすごいのか、この女神。

「世界を作るのは、簡単なんですけど。女神とか神とかは、一度作った世界をずうっと見守っていかなくてはならないんです。わたしはまだ若いのでよくわからないんですが、前は見守っていくのに飽ききちゃう神が多かったらしくて、世界を壊して自分も壊してしまったそうなんですよ」

 ドカーンというように両手を上げる。

「世界を作った後は、基本的に見守るだけがルールだったので、そんなことが多かったらしいんです。そこで、退屈を紛らわすために、一定期間に1回、違う世界の人間を送り込んで、その人を眺めることが提唱されたんです。これが意外と面白いらしくて、このルールが決まってからは世界を壊す神が減ったんです」

「そんなわけで、今回ヤマグチさんを送り込むことになったんです。だから、ヤマグチさんには、特に何か目的を与えるわけじゃないんですよ、面白おかしく暮らしてもらえばいいんです」

 なるほど。つまり、神様が見るテレビにたまに、悪戯するようなものか。しかし、こんな頭の弱そうな女神に世界が作れるものかね。

「ヤマグチさんに行ってもらう異世界は、ヤマグチさんの世界の本とかを参考にして作りました」

「は?」

 びっくりした声を出すと、女神は怒られたと思ったのか、言い直した。

「すみませんー。ヤマグチさんの世界の本をパクリました」

「いや、そこを怒ったんじゃない。っていうか何の本をパクったんだ?」

「すいませんー。実は、本じゃないんです。本読むと眠くなっちゃうんで。なんか、アニメ? っていうんですか? あれを何個かみて適当に作っちゃったんです。提出期限に間に合わなそうだったんで」

 衝撃の事実。世界っていうのは、そんな夏休みの宿題レベルで作られちゃうもんなのか。頭の弱そうな女神がいるぐらいだから、そんなことがあってもおかしくないのかもな。

「なるほど。じゃあ、これから行く異世界っていうのは……」

「ヤマグチさん達の世界で言う、一般的な異世界ですね。」

「じゃあ、特に説明はいらないな。向こうへ行ってから考えるよ。もちろん、最低限の装備とか、金とからもらえるんだろう?」

「ええ、それは大丈夫です。もちろん言葉や文字もわかるようにしておきますから、生活に困窮して死んじゃうようなことはないと思います」

 そうか。さっきから女神と普通に話しているから、言葉については考えていなかった。頷いていると、女神がニッコリとほほ笑みながら、両腕を挙げた。

「じゃあ、問題がないなら異世界へ送り込んでもだいじょうぶですか?」

 そう言いながら、なにか集中するような表情をしている。こいつめ、急がせて約束をなかったことにするつもりだな。

「いや、女神様の約束をまだかなえてもらっていない」

「えっ? そうでしたか? では、願いを一つお願いします」

 ちょっと忘れてましたー。みたいな顔をした女神が、また、満面の笑みを浮かべて言う。俺を異世界へ送り込めることがうれしくて堪らないらしい。

「なんですか?聖剣が欲しいとか、魔法の杖が欲しいとかですか?強いのだしちゃいますよー」

 呑気にそんなことを言っている女神に向かって、ニヤリと笑いながら言ってやった。


「俺が満足するまで、やらせてくれ」


 それから、もう一つ付け加えた。


「あ、ブルマは脱がなくていいよ」




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