私の私による私のための話 ドシリアス編
自分が元人間だったせいか私は人間贔屓だったりする。
だがこの世界は人間という種族が疎まれている…いや、正確には害獣と呼ばれている事を改めて実感した。
目の前に広がるのは正に惨状。
地下室の一室、むき出しの岩が見える牢屋は薄暗く淀んだ空気が溜まっている。その空気には強烈な欲と死の臭いが混ざっていた。
鎖に繋がれた同胞達。とうの昔に事切れて溶けてしまった者も居る。
こんな中に長時間閉じ込められて正気を保てる筈もなく、皆既に壊されているように見えた。
体内で荒れ狂う怒りに体温が上がるのが分かる。少しでも冷静さを取り戻すべくなるべくゆっくりと息を吐き出すと、それは湯気のように白くなって直ぐに消えた。
「全員外に出ていろ」
「副隊長…」
「出ていろ。いいな」
「はっ」
私以上に呆然としていた部下との短いやり取りを終え、私以外が出ていってから太刀を強く握る。
一目見て理解した。
理解、してしまった。
同胞達は二度と『帰って』はこないと。
せめてもの慈悲、という名の自己満足を終え部屋を出る。
緊張した面持ちの部下達へ家捜しを命じ、皆いなくなると深く深く息を吐いた。
誰もいなくなったのを確認した為か、直ぐに全身をローブで覆った彼が側に現れる。
「首謀者は別室に」
「わかった」
仮面によりくぐもった声を聞き案内された部屋に入る。
中には椅子に縛り付けられた人間が居て、私の姿を見るなり酷い声で喚き出す。
曰く、自分は領主だこんな事をしてただで済むと思うな。亜人風情が邪魔をするな、などなど。
あまりにも怒り過ぎて笑ってしまった。
そうか、私は怒り過ぎると笑うのか、なんて頭のすみっこで考える。
この世界の一般的な基準でナイスミドルとでも言うような容姿の人間の髪を乱暴に掴み顔を寄せ
「人間風情がいきがるなよ。全部吐いて貰うぞ」
笑顔のまま、優しく優しく言い聞かせた。
「シアン様」
家につくなり彼はローブも仮面も脱ぎ捨てて私を抱き締める。
色々後始末を済ませたら、高くまで登ってしまった月が彼の銀色の髪を照らしてとても綺麗だ。
にしても流石だ、私が落ち込んだ時の対処法をよく心得ている。
「シアン様、俺は貴方に救われました。貴方は間違えてなどいない、貴方は正しい事をした。あれは、正しい事なんです。死による救済も、死を与えるという慈悲もあれらには必要な事だったのです」
私に温もりを与えるように必死に抱き締めてくれる彼。
私の方が体が大きいためにしがみつく、といった風が正しいが、与えられる温もりと肯定の言葉に肩の力が抜けていく。
私に比べれば細い彼を潰さぬよう気をつけながら私も抱き締めて返してみる。すると更にくっつこうとしたのか頬を擦り寄せてきた愛しい存在に目を細め、頭についている三角の肉厚な耳の付け根に鼻先を埋めてみた。
体勢的に結構きついが安心するにおいに目を閉じて腕に力を込める。
ああ、彼がいてくれて良かった。