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第9話

 半月が経つ。船は博多津に着いた。

 古の船はここから北へ向かい百済くだらへ向かったのであろう。


 白村江はくすきのえで負けてより、国交の無い高麗こうらいへは向かえない私達は西へ。いや、大伴の為に一度南下することになる。


 だが、ここに来て風向きが悪くなった。西からの風が続く。これでは進むことができないということでここ三日はこの博多で停泊を続けている。



 いよいよ今日に限っては雨も降ってきた。



 とにもかくにもやることがないので傘を借り、そこらを見て回ることにする。



 百済との重要な拠点であったここ博多はそれまで十分に栄えていた。


 が、往来が無くなると次第に廃れていく。




 今では都の端の家にも劣る粗末な建物が点々としているのみだ。




 百済から渡ってきたとされる技術者もここで勢盛を極めるが、以降は難民を連れ都へと向かう。


 ここには古の公民しか残らなくなった。





 ――いや、新しく来た者達もいたな。



 粗末な武具を纏う兵に目をやる。




 唐、高麗に大敗した時の天智帝は日本への唐の侵攻を恐れ、ここに防御壁を築き、派兵を行った。



 今も続く防人さきもりの制度だ。


 不特定の家の者、戸籍より抽出した男子に3年の兵役を課し、ここへ赴任させる。



 土塁と水堀を築き、今では交代で防御にあたっている。



 しかし、戦の後四十年が経つと言われているが未だに侵攻は、無い。



 無いが、まぁいつ来るやも知れん。備えがあれば憂いは減る。



 金もかかることは無いのだからな。



 財務にも防人を統べる者への給金と些細な武具の費用しか計上されていない。



 つまりここへの赴任、ここでの生活は兵の私費なのだ。


 兵は宿舎の裏に畑を作り、食い扶持を得る。



 朝廷に負担は、無い。



 まぁ、彼らは国に身を捧げている。

 職の無い私に比べれば立派なことか。



 ……どうにも自虐に走ってしまうな。興も覚めたし、雨も強くなりそうだ。宿に戻ろう。









 宿に着くと喧騒が響いていた。



 どこぞの貴族の若者と、あれは庫持。庫持が掴みかかろうとするところを他の者が羽交い締めで防いでいる。


 貴族の者は無防備な庫持の顔を目掛け、笑顔で殴打を繰り返した。



「なんだ、ははっ。綺麗な成りをしてても貴様愚民か。おら、上の者を敬え。頭が高いんだよ!」



 羽交い締めをしてた者が庫持を離し、貴族は気を失いかけている庫持を投げ倒し

 顔を踏みつけた。



「おい、その者は私の友なのだが。喧嘩ならいいが、ここまで寄ってたかってだととても公平とは言えないな。何があった。」


 流石に見てられない。仲裁に入る。



「はん、誰か知らんがこいつが先に言いがかりを付けてきたんだ。」


 貴族は言い分を始めた




 ――――


「俺の家も貴族とは言っても親から離れて未だ位は貰ってないだろ。何だかんだ粗末な暮らししなきゃならないんだよなあ。


 どうしても不憫でさ。今はまだ夏だからいいけど、冬になって今日みたいに雨風強いと隙間だらけの家だから寒くて寒くて。塩なめて粕湯酒すすって、もう咳して鼻水垂らしてさ」


 男は肩をすくめ身震いを真似る。男を囲い話を聞くものはうんうんと相槌を打つ。


「貴族の俺でもこんななんだけどここの奴等、あんな掘って建てた家でどうやって暮らしてんだろうな。ちょっとでも雪でも降ったら潰れるだろ。よく飛ばずに建ってるよな。はは。このまま老いて病んで。可哀想だな。はははっ」


 はははっ、と男の輪が盛り上がる。

 そこへ庫持が体当たりをし、胸ぐらを掴んだ。


「お前、いい加減にしろよ!俺らはな、人並みに、いやそれ以上に働いて来たさ。小さいときから弟を抱えて畑を耕してきた!どれだけ働いても豊かにはならない!貴様らが取り立てるからな!俺たちの食う分まで持っていく!父上は外に兵役に行ったきり帰ってこなくなった!俺たちは綿も入れれない粗末な布を被って寒さを凌いださ。寒くて、寒くて。皆で固まって……」


 後ろから聞いてたものが庫持を引き剥がし、羽交い締めにする。


「この世は広いとかいうが俺には家と畑しかなかった!月も日も俺を見てくれなかった!それでも必死で生きてるんだ!公民を愚弄するな!」


 襟を整え、貴族の男が歩み寄る。


「ははっ、綺麗な成りをしてても……」



 ―――――



 と続いたらしい。



「身分を弁えろと言ってんだよ。無い頭で考えろ」


 男が足に力を込める。




「ならお前が弁えるんだな」



 大伴が後ろから入ってきた。



「私は大納言の大伴御行。で、こちらが右大臣の阿倍御主人。聞いたこと無かったか?」



 貴族の顔がさっと白くなる。



「は?はへ?な、なぜここに、い、いらっしゃるの……」



「姫の秘伝の宝物を探しにな。先程も言ったが我等の友を足蹴にするな。離してやれ」


 さっ、と素早い身のこなしで男は庫持から足を離し、即座に平伏した。

変わり身の早いやつだ。


「数々のご無礼申し訳ございません!何卒!何卒命だけは」


 大伴と顔を見合せ嘲笑が漏れる。



「よい。我等共に職を辞した身。貴様を裁く権を持っておらんよ。だが、庫持には謝れ。其奴は……」


 言い終わらぬうちに庫持に向き直り頭を地に打ち付けている。


 顔の腫れた庫持は起き上がると憮然としていたが、もういいと言って手をひらひらと振り下がるよう促した。



 男達はへこへこと頭を下げながら部屋の方へ逃げていった。



「大丈夫か?今薬師を呼んでくるぞ」


「待ってください」


 庫持に呼び止められる


「先程二人が職を辞したと伺ったのですが」


「あぁ……」



 辞めさせられた、と言おうとしたが



「申し訳ございません!それだけのお心持ちを抱いていたなんて!貴族はどうせ人を牛馬のように使い利用するだけだと。勘違いを起こしてあのような事を申してしまいました!そのような私に今また慈悲を頂けるなど!感謝してもしきれません!」


「い、いや……」


 大伴を見る。目が合うと乾いた笑いがこぼれた。


 まぁ、そう思ってくれるなら何も言わなくてよいか。






 食事を終え、外を見ると雲の間から月が顔を出していた。雨もやんでいる。



 外へ出て一人の防人を見つける。


「粗末なものだが売って金にしておけ」


 懐から翡翠を出し、渡した。



 防人はその場に崩れ落ち涙している。




 ただの気まぐれだ。全ての民を救うことはできないが心が晴れた気がする。



 海が凪げばまた旅が出来るだろう。



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