第8話
難波津に着いた。
港には既に数百の者と四隻の大船が待っていた。
「私費でも行けるでしょうが、私が計らっておきました。」
知の将石上は遣唐使を復活させ、それに乗じて私を唐土へと繋げてくれるという。
一年も前から計画を練り、進言を続け、こうして実現することができたらしい。
どこまで頭の切れる者なのだろう。
石上は「恋敵ではありましょうが私も宝物を見てみたいので」と前置きをしていたが、大伴と庫持、石持にも同乗させるよう手配したらしい。
蓬来とは日本の西に浮かぶ山と言われているが、場所は定かではない。
もし見つかるようならそこで庫持を降ろさせてあげて欲しいとの事らしい。
大海で島を見つけるなぞ宮中で針を探すより難儀なことであろうが、まあ、私にとっては見つからない方が喜ばしいことであるし、忠言も反対もすべきではない、いやできないのだからどうでもよい。
私はただ、石上の敷く路をただ進むだけなのだ。
その先に姫が。ちらと映し出された未来があるのだから。
航路は1度南へと進むとある。
「私の宝物は南の海にあるらしいのでな」
「大伴!」
人だかりで逢うのは常に大伴だ。見知らぬ土地で知る顔を見るのはとても心が安らぐ。
「大伴、私は右大臣の職を辞した。今となってはしがない公民だ。この旅路は数年かかるであろう。大納言の君は公務をどうするつもりなのだ?」
「逢うなり政、政と言うのは変わらないみたいだな。はは、境遇は同じだ。彼のお陰でこうしてたびができる。
我が大伴家は古より朝廷の武門として帝を支えてきたのだがな。それ以上に今の任は責が重いのだ。」
「なんとそなたも。いや、しかしいいのか?私もそなたに同情し、譲ってやるつもりは無いぞ。私が姫と結ばれることになればそなたは何も残らないぞ」
「それでもいい。男の勝負とはそういうものだ。負ければ全てを失う。だからこそ勝てば全てを得ることができる。潔く己の運命を受け入れるさ。私もあなたに負けるつもりはない。全身全霊をかけて戦おう」
胸が熱くなる。どうしてこうも涙が出てくるのだ。
私は皆を出し抜こう、出し抜こうとそれだけしか考えていなかった。根拠も無しに見下していた。どれ程卑しいのだ。
他を頼り、自らはなにもしようとせず庫持にも石上にも注を受けた。
「私はあなたに教えない。あなたも私に教えない。」
「その者が金を持ち消えてしまわないと言えるのでしょうか」
情けなかった。
ここまで小さい人間なのだ。見下されるべきは私だ。
尊厳を踏まれる。大伴の火に当てられる。
しかし――
しかし、変われる。人は変われるのだ。
気をしっかり持て。同じ土俵に立てているのだ。
「私も、全力でそなたと戦う」
高らかに宣して硬い握手を交わした。
其々が船に乗る。
港を離れ、私達は大海へ漕ぎ出でた。