第5話
家に着き、袖から文を取り出しもう一度読み返した。流れるような文字を目で追うと先程のやり取りが思い起こされる。
――火鼠の皮衣を持ってきてください
「おい!火鼠とはなんなのだ!」
ニヤニヤと私達を嘲るように眺めている女中に声を荒げる。
「教えて差し上げることも出来ますが、宜しいのですか?」
何を訳のわからないことを。要求されたものを知らないと言っているのだ。宜しいも何も無いではないか。
物を知らなければ持ってくる持ってこないの話ではない。
気でも狂っているのか。どこまで抜けている女なのだ。こちらは生死を分かつ問題にさしあたっているのだ。ふざけたことを。
「当たり前であ――」
「そうですね。これは個々人が出されたお題。私は自分で調べます。ここで誰それはどこの何でどうすればよいなど教えられるというのはいささか公平に欠くように感じます。」
庫持が目を座らせ私の詞葉を遮ってきた。
「何を。皆で力を協して探し出すべきではないか。これまで皆で絆を深めたはずだ。無い知恵も人が増えれば如何様にも――」
「右大臣様。私は一人で見つけ出すと申したのです。仲間?確かに仲間でしょう。単にここで会っただけの程度ですがね。
この文から見てとれないですか?およそ、この宝を見つけ出せたものから会うこと、ひいては婚約をできるというもの。
恋敵に有益な情報を与えたいと思う者がいらっしゃいますか?
いいでしょう。私が求められたものは蓬莱の玉の枝というものらしいです。あなたの火鼠のなんたらとは違う物でしょう。右大臣様は自分の物より先に私の物の居所まで探してくれますか?できるわけないですよね。先ずは自分の物からお調べになるでしょう。
結局はそういうものなのです。あなたは皆で調べようとおっしゃっていますが、詰まるところ自分の求められているものを教えてくれ、調べてくれとおっしゃっているだけなのです。
あなたはまず蓬莱の玉の枝に関心を持ちましたか?そんなはずはありません。火鼠のことで頭が一杯なはずです。
あなたが蓬莱の玉の枝について万事私に教えてくれたら私も微力ながら協力致しましょう。
ですがね。信用できますか?私に教えたとたん私がいなくなるのではないか。詐され敵に有益な物を与えただけではないのか。そう思わない自信がございますか?
思ってしまうでしょう。およそ私と右大臣様は思考が近く感じます。
私はあなたに教えない。あなたも私に教えない。では協することなど到底無理だと申しているのです」
庫持に捲し立てられる。きついが……彼の言うことは当たっているのだ。図星を付かれて怒るのはみっともない。
私は愚かな事をしていたのだ。
彼が正しい。
「お主の言う通りだ。すまない」
「いえ、そういう訳ですので私はお暇致します。皆様ご幸運を。石持、行こう。女中の者、文をありがとう。」
石持を連れ、庫持が消えていく。
女中はびくと体を震わせ愛想笑いをしていた。
「私は――」
中納言が口を開いた
「私はあなた方と上辺だけの付き合いをしているわけではないですよ。
私の頼まれたものは燕の産む子安貝らしいです。燕はそこらに飛んでいますし、協力しますよ。
大納言様、あなたは?」
「私は竜の首の珠とあるが」
「大納言様の宝玉と右大臣様の皮衣。私も協力させていただきます。私は力を合わせるべきだと思います。火鼠などちらと聞いたことのある程度ですが、このお題、そう簡単に手に入る物では無さそうです。」
石上が続ける
「火鼠は火の中に巣を作ると言われています。その皮は火に当てても燃えないといいます。そのようなもの今まで見たことがございますか?」
「火に当てても燃えない?鉄ででもできているのか?」
「火に当てても燃えない衣など見たことも無いでしょう。作り話のような物なのです。特に右大臣様のものは。」
確かに。大納言の珠、中納言の燕なぞ如何様にも探せそうだが、火の中に巣を作る鼠なぞ伽のようなものではないか。
しかし、石上――
「どうしてそこまでしてくれる?庫持の言う通り我らは今や敵では無いか。それこそ私はお主らの物より先ずは自分の物を見つけたい。むしろ自分で騙っていたが協することなど到底無理だ」
「私は問題が無いのです。執着もありません。それよりも私は奉公で受けたあなた方への恩の方が優っているのです。大納言様、右大臣様のお導きで私も中納言という地位を授かることができました。今度は私にその恩を返させて下さい。」
こ、こいつ――
枯れたと思っていた涙が目尻に溜まった。大納言も袖を顔にこすっている。
ありがとう。
ありがとう。
私たちは他の者の助けが必要な時は力を与え合う約束を交わし、熱い抱擁をした。
飛鳥の空に誓った。