表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/17

第13話 小鬼

 目を、覚ます。

 冷えた土の床に転がされ、口に猿轡さるぐつわをはめられ、後ろ手に縄を結び、捕らえられている。


 命は、助かったようだ。


 頭は痛むが問題はなさそうだ。寝起きのようなまどろう意識のなか、男達の会話に耳をやる。


 どうやらこちらが日本からの使節団ということを理解してるようで、私を人質に身代金を狙っているらしい。

 馬鹿な真似を。朝貢団を襲うことは国家反逆に等しい。

 遣唐師団のみならず、唐の国家を敵に回していることを理解できているのか。


 ……できていないのだろうな。目先の金しか見えていないのであろう。



 さて、どうしたものか。直ぐに命を取ることは無いだろうが、国の兵が詰めて来れば私が盾にされてしまいそうだ。逃げる手段は無いだろうか。


 縄はほどけない。痛いほどに硬く絞められている。

 まずこの場所も、出た先の彼らの待つ宿も分からぬか。

 手は、無いのか。


 動けぬ体で転がされていることが歯痒かった。



 どれくらいの時間が経ったのか分からぬ。男たちが寝静まってるから夜であろうか、ぼんやりと目を開けていたところ、小さな物が動いているのが見えた。

 鼠だろうか。

 目を凝らして見ると顔のしわがれた、眼光鋭い、犬歯の尖った鬼であった。


 男達に目もくれず、私の方へと向かってくる。


「んむーー!」



 物の怪に襲われる!暴漢に取り押さえられるよりも強い恐怖が襲ってきた。

 なんという最期。右大臣に任命され、帝と共に我が世の栄華を極めんとする矢先に、あの娘と会ってしまったばかりに、このような、このような形で終わらせてしまうのか。

 祖国の地も踏めずに。


 じ、辞世の句、まだ……まだ出来ておらぬ。このような結末など……


「これ、静かにせんか、奴等が起きてしまうだろう」


「んー!……んむ?」


 鬼は言葉を話した。日本の言葉を。




 鬼は近付き、「な……!」と一旦驚いたが、猿轡を外し、手に絡まる縄をほどいてくれた。

 縄の後がくっきりと手首に残っている。


「これは、一体どういうことだ?」


「後で話そう。先ずはここから出るぞ。私について参れ」


 痛む手首を擦りながら鬼に尋ねると、そう返してくる。とって食べる訳ではなさそうだ。唐の鬼は人間と友好的なのだろうか。


 寝ている男達の間をすり抜け、外へ出る。

 膝ほどの高さの鬼はこちらに目もくれず道を案内する。

「本来は走って行くべきなのだが、お主にかかっておる呪はこの体では解けぬのでな。我が体のもとへ着くまでは歩いていこう。きついだろうが堪え忍んでくれ」


 呪?なんのことだ?


「よくわからぬが、走っても平気だぞ。急いでおるのなら走ろうか」


「いや、お主の体では直ぐに動けなくなるだろう。幼少より鍛練を積んでるようだが、その呪は力を出せないようになっておる」


「動けなくなっていたのはその呪のせいなのか?確かに少し動いただけで死にそうになっていたが、既に克服しておるぞ。走る程度ならなんともない」


「なに……言うことは怪しいが、なら着いてきてみよ」


 鬼は半信半疑ながら駆け出した。私はその後を着いていく。


 半刻ほど駆けただろうか。灯りの着いた小屋が見えた。

 扉が開き、鬼が入っていく。付いて入ると大使の粟田真人あわたのまひと高橋笠間たかはしのかさま、そして、泣き顔の山上憶良がいた。


「阿部様……!」


 憶良がさらに泣きじゃくる。

 鬼はさらにその先、存分に髭の生やした老人の元へ行き、溶けて藁の塊、人形に変わり果てた。


「まさか本当に付いてこれるとは」


 その老人は驚いた様に鬼と同じ声で呟いた。




 あの後、逃げる憶良はこの老人に合い、呼び止められる。

 事の顛末を話した後、老人は私を助けてやるという。

 大使達に伝えた後、彼等と共に老人のもとへ。何やらうらないの様な儀式をした後

「夜まで待つ」という。

 そして夜になると藁の人形を取り出し何かを念じる。

 すると藁が鬼に変わり駆け出して行った。大層驚いたが、このような秘術を扱うものに助けると言われ、変な安心感があったらしい。

 かくして私を連れて鬼が戻って来た。


 という顛末である。


 私は大使に自分の不注意により起こした事件だと謝罪し、老人に向き直した。


「先程の鬼はそなたか?助けてくれてありがとう。ところで申していた呪というのはいったい……?」


「あぁ、そなたには色縛の呪がかけられておる。かけた者の事しか考えられん、随に伝わる秘呪じゃ。心当たりはあるかの?」


「かけた者の事……」


 一つだけ、ある。かぐや姫……あのときかけられていたと言うのか。それまで何ともないと思っていたが、そう指摘され思い返すと確かにその兆候が、ある。


「もし倭国にて受けてしまったようなら術者から離れてる故、呪の力は弱まっているやもしれん。しかし、体の不自由の方は例え術者が死のうと解けることは無いからの。助かったな、お主。その術は早い者では三月の内に体が動かなくなり死に至る術じゃ。まだ走れるようなら大丈夫だろうが、危なかったぞ」


 ん?


「いや、その術が私の思い浮かべるものがかけたとすれば一年も前の話だぞ」



 もしや、庭でたかっていた者達は……

 最悪の場面を思い浮かべた。


「なんと……術を受け更に体をうごかせるなど……」


 老人は驚いている。


「とにかく解呪をしよう。そこに寝てくれ」


 藁を敷いた床に案内された。









評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ