第12話 洛陽
西からの風が続く。
しかし、船は帆をたたみ西へ漕ぎ出す。
漕ぎ師から櫂を奪う。
怒りを波にぶつける。無念を海に飲ませる。
叩きつける。吐き出す。
……また視界がぼやける。体が言うことを聞かなくなる。白く霞む。
悔しい。
これほどまでに劣った体が恨めしい。
「うがああああああああ!」
死んでもいい!いや、死んではいけない。友の弔いに火鼠の皮衣を手に入れなければならない!ここで死んではいけない。
「あああああああああああ!」
しかし休んでもいけない。体を動かさなければ。苛めなければ心がどうにかなってしまう。精神が死んでしまう。
「ああああああああがあああああ!」
涙と汗で顔が崩れる。叫び続け、私は交代の刻まで櫂を振り続けた。
終われば死体を動かすように仲間に運ばれ水を貰い、倒れるように寝た。
起きて飯を食らい、櫂を奪う。
私を慮り、誰も咎めようとはしない。
寝た。漕いだ。食べた。漕いだ。寝た。飲んだ。漕いだ。漕いだ。漕いだ。漕いだ。
いつしか霧は現れなくなった。
奄美からの旅路は穏やかだった。波の静けさと流れる時間が私の心を慰めていった。
身体の霧も晴れたからであろうか。
「陸が見えます!」
船頭が叫ぶ。
あぁ、私にも見えてるよ。
唐土に辿り着いた。
安宿を探す。漕ぎ師以下船の雑用はここで遣唐使団の帰りを待つ。荷を運ぶ者を含め89名。これが長安を目指す。
新しく船を調達し、唐の者の操縦のもと、運河を渡る。
私達が着いたのは明州と言うところらしい。詳しくは分からぬが船と陸路を伝い都を目指す。
冬になる。一団は洛陽に着いた。北には黄河が流れている。これを進めば火鼠に会えるのか。
いや、都に行けば皮衣を置いてあるやもしれん。
先ずは都に行けばよいか。
洛陽で上洛の許可を待つ。今暫しここで滞在せねばならない。
憶良と外へ出た。唐には変わった食べ物が多い。彼とその取り巻きと共に物を食べに行くのだ。
「私はここへ歌を学びに来ました。日本を出て今以上の感性を磨くために。しかし博多で彼の者と会って考えが変わりました。もし日本へ無事帰ることが出来れば貧しい人の暮らしを知り、伝えたいです。彼らを少しでも救ってあげたい」
「あぁ、それが庫持への弔いになるだろう」
遣唐使に選ばれたのだ。帰れば出世できる。
上に立ち、下の者に恵みを分けてやってくれ。
そういう事なら私は民を見捨てていたのだなと省みていた。
右大臣になり日は浅かったが、帝の事しか考えず民を疎かにしていた。
そうして歩いていると人気の無い道へ出た。なぜこの道を選んだのだろう。
武器を持つ男が現れた。私達を見て笑っている。
まずい!
「逃げ……」
振り返り逃げようとしたところへ男の一撃が入った。
立ち止まる憶良らに最後の力を振り絞り叫ぶ。
「逃げろ!!」
その場に倒れながら逃げる憶良を見送る。
神はなぜ、なぜこうも苦難を私に与えるのか。
いや、神は日本へ置いてきたのか。
私は妙に納得し、そのまま意識を途絶えた。




