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第10話

 都から立ち一月が過ぎた。

 船団は奄美を目指す。


 既に大伴は別の船に乗り換え、少数を従えこの先さらに南下し別れることになる。


 庫持はしばらく航路は違わないが、件の騒動で彼の貴族、後に聞いたが山上憶良やまのうえのおくらと言うらしい、彼との同船を嫌いまた別の船に乗っている。


 石上の話では石持も船団にいるらしいが未だにその姿を見ていない。



 命を伴う旅である。およそ怖じけ逃げ出したのだろう。



 まぁ、それはもはやどうでもいいことだ。それより、私は博多を出てからの日課に精を出す。




「代わるぞ。」


 漕ぎ手から櫂を受け取り船を漕ぐ。




 船の船員は一隻につきおよそ百人。そのうち半数を越える六十人が漕ぎ手として乗船している。帆を張り、風を受け船を泳がしてはいるがそれだけではない。二十の漕ぎ手が三交代で常に立ち漕ぎをしている。


 彼らは農村の次男や三男だ。


 彼らにとっては目の眩む程の給金と税の免除が三年付く。



 それでも命の保証がないせいで集めるのに苦労したらしいが。



「御主人、今日はどこまで漕げますかね」


 筋骨隆々な大男が囃し立てる。


「何を、今日は調子がいい。このまま次の交代まで漕ぎ続けてみせようぞ」



「毎回それ言って途中でへばられるんだもんな。そんなか細い腕でどうやって漕ぐんですか」


 どっと笑いが起きる。



「なら自分と代わってくださいよ。たまには楽させてー」



「はぁ、はぁ、あ、あぁいいぞ。はぁ、ならこのま、ま、途中で貴様と代わってや、はぁ、やろう」



「代わったそばからこれだもんな」



 漕ぎ手に笑われる。


 最初、訝しがられていたが今では彼らに受け入れられている。貴族の戯れに思われていたようだが今では彼らの仲間に、なれただろうか。


 武芸を離れ、細くなっていた腕も肉が戻った、気がする。


 あ、いかん。また目の前が白く霞んできた。あ、また梯子が。これは神の地へ誘う途か。天を仰ぐと祖父が手招きしている。そ、そろそろ代わらねば。今日は昨日よりも長く漕げていただろう。うん、そうに違いない。


 こうして少しずつ漕げる時間を長くすることによって唐に着く頃には交代せずとも一日濃き続けられる体に……あ、いよいよ危ない


「は、はへ……おい、そろそろ代わって……ん?」


 漕ぎ手の男は船の先を驚愕の顔で眺めていた。


「はっ、はっ、ど、どうした……はっはっ」


「御主人、あ、あの雲……」



 彼の指差す方を見ると黒い雲が見える。


「あ、嵐が来るぞ!」


「帆をたため!」


「あの雲を避けられるか?!」


「いや、もはや無理だろう!」


「母上ーーー!」


海神わたつみよどうかわれらを……」


 船内が蜂の巣をつついたがごとき騒乱になる。



 代わっていた漕ぎ手が櫂を奪い取った。


「お、おい、お前らも早く船内に……」


「御主人、船が右に傾いたら人を左に。左に傾いたら右に移動するよう先導してください。中に休憩している漕師がいるが、どうも貴族は俺らを見下して話を聞いてくれねえ。あんたなら若しくは奴等を動かしてくれるかもしれねぇ、おっと、奴等呼ばわりは内緒にしてくれよな」


「いや、しかし、お前達も」



「はは、実は船が難破したときは船内よりも甲板の方が安全なんだぜ。俺を危険な方へ閉じ込めるなよ」



「それに、」




「全員船内に籠るなんざ無理だろうが」




 ぐっ……



「お前達、む、無理はするなよ生きてここを切り抜けるぞ」




「それは船内の人間にかかってるさ。先導宜しく頼みます。阿部御主人」





 船内へ入ると貴族が頭を抱え命乞いをしていた。


「おい、お前達!命乞いをする暇があればここの漕ぎ師に従え!

 人もこれだけ集まれば船を支えれる!船が傾けばその逆に動け。転覆を我等で防ぐぞ」


「そんな、そんなこと言っても嵐に遭えばまず助からないって言うじゃないですか」


「神様、仏様どうか我々をお救いください……!」


 聞け……


 聞いてくれ……



「聞けーーい!」


 その大音量に皆が静まる。雨が降りだし、船室に叩きつける音が響く。



「船が覆べばこの人数だ。閉じ込められるぞ。まず死ぬ!今はできることをし、運を天に任せるだけだ!」


 山上憶良が従わせる


「指揮を執る者に従え。我等で切り抜けるぞ。阿部様、あなたに執って頂けますか?」


「あぁ……いや、そこの漕ぎ師に頼む。我等を導いてくれ」


「あ、は、はい!」



 我等の命運を託された男は始めこそ怯んでいたが、すぐに我等を導いてくれた。







「次は左だー!動けー!!」



 船が揺れる。跳ねる。翔んでいる。



 横に倒れてるかのように傾いているが、未だになんとかなっている。


 雷が落ち、轟音が響く。


 嗚咽が響く。


 鼻を啜る音が聞こえる。


 憶良らは腰の抜けた者を背負い、右へ左へ指揮者に従う。



 永遠に続く反復。


 轟音が響く。


 嗚咽が響く。



 永遠に続く。






 どれ程経っただろう。船は転覆を免れた。



 恐怖と、反復運動に疲弊していたが


「う、うおおおおおおおおお!」


「助かったーーーーー!」


「母上ーーーー!」



 歓声と嗚咽が怒号になり船室を響かせる。


 涙と鼻水で顔を、小便と汗で衣を汚した者達が抱き合い、喜びを讃えている。



 あぁ、よかった。



 しかし、臭い。



 脱糞した者もいるのだろう。興奮が覚めやらぬなか一人綺麗な空気を吸いに船室を抜ける。



 甲板へ出るとその場に崩れ落ちた。



 く、くそ……!!



 どうして……彼らを……!



 漕ぎ師は三人しか残っていなかった。









 満身創痍で奄美に着く。



 たどり着けた船は二隻のみであった。


 大伴と、庫持の乗る船はいくら待てども来ることは無かった。







序幕 完です!

やったー!執筆から一年!なんとかここまで行けました!くぅ疲!


ほとんど書きなぐり状態なため、いくつか手直しをしつつ次の章を執筆できればと思います

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