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第1話

「右大臣殿、最近都の端に豪邸ができたのを知っていますか?」


 政務が終わり書類を片付けている所へ中納言の石上麻呂足(いそのかみのまろたり)がニヤニヤしながら寄ってきた。


「あぁ、従者からちらと聞いたな。なんでも金を掘り当てて富豪になった家があると」


 ――その家主、元竹細工師だったらしいが最近は竹を切る度金を見つけているらしい。


 それにしてもこいつ、こちらの答えを聞いても今にも吹き出しそうな顔である。他にもこいつにとって面白いものでもあるのだろう。


「まだ何かあるのか?」


 私の返答にさらに口角を釣り上げ、石上が口を開く。


「ではこれは知っていますか?そこの娘がこの上なく美しく、未だに独身らしいんですが」


 ――私にとっても面白い話であった。


 




早速石上に連れられ件の屋敷へと向かった。大路をしばらく歩き、家々が小さくなってくると彼方にひときわ大きく、うっすらと輝く屋敷が見える。


「あれだな」


 私は胸を踊らせた。


 屋敷に着くと異様な光景が広がっていた。

都の端には場違いの、貴族の屋敷に匹敵する建物が佇んでいる。屋根は瓦を葺き、竹垣で敷地を覆っている。


その竹垣に男達が群がっている。皆、一様に目を血走らせて、屋敷を覗いていた。薄汚れたみすぼらしい者から、高貴ななりをしている者まで三十人はいるだろうか。木に登り、屋敷を見下ろしている者もいる。


「こ、この者達は……?」


「この屋敷の娘に魅いって通いつめてる者達ですよ。それほどここの娘は魅力があります。」


眺めているのではない。垣を掻き分け、見いっているのだ。中納言の言う通り娘を見に来ているのだろう。異様だが、確かに興味を引く。男達を尻目に屋敷に入った。





 門をくぐると庭の造りが目に入る。広い庭には池が掘られており、時折鯉が光を反射しキラキラと光っていた。


「誰か」


 家に着き入口で声をかけると、おどおどした女中と小綺麗な翁が出てきた。


「私は右大臣の阿倍御主人あべのみうしである。ここに都で噂になっている娘がいると聞いてやって来た。早速だが会って話がしたい。通してもらおうか」


 翁はまたか、といったため息をついた。


「ああ、これは右大臣様。お初にお目にかかります。遠路はるばるようこそおいでくださいました。私は以前竹細工師を営んでおりました讃岐造さぬきのみやつこと申します。娘ですが……大変申し訳ございません。どなたとも会う気が無く……お越しくださった所大変恐縮ですがどうかお引き取――」


 「お、お館様!姫様がお会いにならないと言っても、あ、あの、右大臣ともあろう御方がこちらまでいらっしゃってきた……あ、くださいましたので、あ、え……と、とりあえず、じゃなくってどうかお屋敷に上がって頂いて、お話だけでもされてはいかがでしょうか」


 家主に断られそうだったところへ女中が辿々しくも助け船を出してきた。


 驚いた。成金無勢がどこまで逆上のぼせ上がるのか。娘が会わぬから出ていけなど、そんな道理が通るわけなかろう。


「しかし……いえ、確かにその通りでございます。大変申し訳ないことを致しました。門前でお帰りいただくなどと無礼なことを。どうか粗末な家ですがお上がりください。」


 ……こんな家で粗末というと逆に皮肉だな。


 心の中で翁に返答したのち、家に上がった。この女中、動きも言葉も辿々しいがいい仕事をする。よく見ればいい女ではないか。このような女でさえも放って置かれるとなるとここの娘はどれだけの美貌を備えているのだろう。


 蒔絵や細工を施した壁に見向きもせず、軋む音の一切しない廊下を進む。


 客間であろう部屋へ通される。唐から渡ってきたであろう香木の匂いが部屋を包んでいた。


「さて、娘に会わせぬと言ったが、それは譲らないのか」


 落胆のような表情を一瞬見せ、翁が答える。


「はい……いえ、私としては今にもご覧になって頂きたい気持ちで一杯です。娘を育てて15年の月日が経ち、子煩悩ながら美しく育ったと思っています。どこぞの貴族様に嫁いでも申し分無いと思っていますし、嫁に行ってもらいたいとの思いも多分にございます。ですが、先程申し上げた通り、私達の子ではないのです――」


 子煩悩じじいの娘自慢を聞かされた後、話はその娘の半生に移る。


 なんでも竹林を散策していると節の光る竹を見付けた。不思議に思いながらも切ってみると娘と金が眠っていた。

 娘は3寸程の大きさだったが家に帰り育てると数日ですっと育ち、人の子の大きさにまでなったという。

 それからは竹林へ行けば、その都度光る竹を見付け、金を手に入れたということだ。


 ――従者のいう通りだな。眉唾ではあるが、竹細工師ではこの家は造れまい。半分は本当なのだろう。


 娘は幼い頃から美しかったが、歳をとっても衰える事なく、それ以上に美しくなり今に至る。

 ところが娘は嫁に行ってもいい年齢になっても人に会おうとせず、極端に人を怖がっていた。

 最初は単に気恥ずかしいだけなのだと思っていたが、今では何重にもなる御簾の中に篭ってしまい、そこから出てこない。諭しても断られ、それまでの金もこの子のお陰であろうからと、強く言うこともできない。

 家の中の人間でも滅多に会えないといった生活を続けているらしい。


 では外の者達はどういう了見であろう。見ることのできない娘と、娘に虜になった男達。御簾から出てきたところを眺めているのだろうか。

 遠巻きにしてでも見たいものなのか?


「廁を借りてもよろしいか」


「あ、はい。その戸を出て右の――」


 話疲れた風の翁を残し部屋を出る。この翁の意向だ。娘を見つけ出してもそうそう逃げ戻れない造りになっているのだろう。今は見えぬがどれ程の兵を置いているか知れない。


 娘の部屋を見つけ出し、無理にでも会わせてもらおうと思ったが、思いとどまる。


どう言いくるめるか。思案にふけりながら角を曲がると先の女中に遭った。


「右大臣様。姫にお会いになりませんか?」


 ――この女、本当にいい仕事をする。





 「こちらです」

 女中が案内する部屋に入る。御簾がかけられていた。

 あれが話にあった何重にもなる御簾というのか。

 期待が膨らむ。御簾の中から光が漏れている。

 女中はするすると御簾を潜ると中でごそごそと動き、直ぐに静寂が訪れた。

 沈黙が鼓動を高鳴らせる。ゆっくりと御簾が上がっていく……


 「刺激が強いのでそちらからご覧ください」


 赤く光る目と目が合う。

 頭が溶けていく。

 体が弛緩していく。

 虜になる。

 これが恋に落ちるというものなのか。


 私はどこまでも堕ちていった。





初執筆です。誤字脱字のご指摘が有ればよろしくお願いします。

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