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家出したら異世界だった  作者: shino
呪文の王
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008

「ほら、浩輔、ケータイ出しなさいよ」


 綾乃が楽しそうに手を出したので、俺はスマートフォンを差し出した。


「すみませーん! 誰かー! 写真おねがいしまーす」


 道を歩いている見ず知らずの人に呼びかける綾乃。コミュ力高い綾乃に、ため息混じりに振り回されるのは、いつものことだった。すぐに写真を撮ってくれるという人が現れて、綾乃が戻ってくる。


「ほら、二人とも笑顔!」


「うわっ、引っ張るなよ綾乃」


 俺と良太の腕を取って、綾乃が真ん中になって写真を撮ってもらう。携帯が戻ってきたので見てみると、俺のぎこちない笑顔と良太の何考えてるかわかんない顔と、それから綾乃のひまわりみたいな笑顔が写っていた。


「良太ってば笑ってないじゃんー! もっと楽しそうにしなさいよねー!」


「いやあ、僕は十分楽しいんだけどねぇ。あんまり表情に出ないんだよ。仕方ない仕方ない」


「せっかくの修学旅行なんだから、もっとはっちゃければいいのに」


 俺たちは修学旅行で京都に来ていた。いつも通りの三人で京都の街を歩いている。秋の京都は快適で、同級生を含め、旅行者っぽい人も、他校の修学旅行生もたくさんいた。建物や町並みはものすごく良いんだけど、そこを歩いてる人が雰囲気ぶち壊しでそれが残念だと思う。


 俺もその、雰囲気ぶち壊してる一人、なんだろうけど。


「せっかくのって言うなら、俺のスマフォじゃなくてデジカメでも持ってくればよかったじゃん」


 そう言うと綾乃はくるりとこちらを向いてはにかんだ。


「えー、だってデジカメだったらコースケ見れないじゃん? ほら、パソコン持ってるの良太だけだし!」


「綾乃はどうなんだよ」


「あとで全部メールで送ってくれたらいいよ!」


「そこは現代人らしくクラウドとか使えば良いと思うけどねぇ」


 良太が苦笑する。パソコンを持ってない俺にはよくわからないけど、スマフォで撮った写真をネットを使って共有できるらしい。良太がそういう話をすると、綾乃が目を輝かせた。


「じゃあ、三人のアルバムとか作れるんだ!」


「ま、そういうことだねぇ」


「それいい! サイコー! 作ろう!」


 そう言って、花が咲いたように綾乃は笑った。


 


 ◇ ◆ ◇


 


 放り投げたスマートフォン(・・・・・・・)が、ゴーレムの拳にすり潰されてバラバラになる。


 これで綾乃の顔はもう見れない。


「ドロシー!」


「《千の火剣》!」


 散り散りになったスマートフォンのディスプレイ。ドロシーが持っていた白い粉ほどではないけど、それでも巨大なゴーレムの拳とドロシーの盾ですり潰されたそれは、かなり細かな破片になって飛び散った。


 炎が上がる。ガラスの破片は赤熱した剣の姿になり、ふわりと浮かんでゴーレムに向かった。


 二十ほどのそれらは鋼鉄の塊の隙間にある赤白い繊維に突き刺さり、黒い煙が上がって焼けこげた匂いが充満する。


 発声器官を持たないゴーレムは叫び声を上げるわけでもなく、ただただ炎を消そうと暴れ回る。腕を振り回してふらふらと歩き、けど、それはもう暴れているだけで、すぐ距離を取った俺たちに届くことはない。


 散々に暴れ回って、やがてゴーレムは力なく項垂れて、動かなくなった。


「……死んだ、のか?」


 恐る恐るドロシーに尋ねると、ドロシーはため息をついた。


「そうみたいね」


 た、助かったあああああ!


 死ぬかと思った! いや、スマートフォンを犠牲にしなければ死んでいた! 絶対!


 うまくいってよかったあああああ!


「コースケ、その、これは何? ガラスはもう焼けてしまったけど、他にもいろいろと飛び散ってるんだけど」


 ドロシーの視線の先を見ると、基盤やらプラスチックやらもバラバラになって地面に散らばっていた。よくわからんが、ケーブルなんかもある。液晶っぽい変な色のやつもあった。使われたのは本当にディスプレイ部分のガラスだけみたいだ。


「大事な物じゃなかったの……? あなた、ほとんどなにも持ってなかったはずじゃ」


 ドロシーはぼろぼろだった。全身が埃っぽいし、髪とか目とか、元気なく見える。


「まあ、んー、大事なものというか、信じられないかもしれないけど、前の世界の写真とか見れたんだよ、それで」


「写真……。じゃあ、写真はもう見れないの」


「そうなる。でも、思い出せないわけじゃないし、命よりはやっぱ軽いよ」


 綾乃の顔を見る手段はもうない。いや、壊れたものを修理するとか、復元する呪文があればなんとかなるかもしれない。


 そう思って探してみるけれど、どうやらただ単に復元するような呪文は無いらしい。全く方法が無いって感じはしないけど、スマートフォンみたいな複雑なものは直せそうにない。


 残念だ。


 写真は命よりは軽いという俺の言葉に、ドロシーは不服そうな、あるいはバツが悪そうな顔をする。


「何か不満?」


「……私がちゃんと鉄鋼の子(アダマス・ゴーレム)に対抗する手段を持っていれば、コースケの写真は消えなかったと思って」


 それは……いやまあ、そうだけど。それは結果的にそうだってだけで、ドロシーのせいじゃない。


「でも、あのゴーレムってそう頻繁に出てくるもんでもないんだろ?」


「そうだけど……。でも、普通はああいうときに備えていろいろと用意しておくものよ」


「じゃあ、次からそうしろよ。準備っていうなら、俺だってワイバーン狩り、思ったより軽く考えてたし。だから、お互い様ってことで」


 俺が思ってるよりずっと危険だった。ゴーレムもそうだけど、そもそもドロシーに守ってもらわないと何もできなかった。俺をここに連れてきたのはドロシーだし、守れよって言ってビビって逃げ回っても良いんだけど、男子的にはそれは無理だ。


 この世界は俺の世界とは違った意味で命がけだ。この世界に適した手段を手に入れて、この世界らしい手段で生きていかなければならない。


「次からって、コースケ、私についてくる気なの?」


「え、ダメなの? 邪魔?」


「いや、うん……ちょっと足手まといかも……?」


「ひでえ! 俺の機転がなかったら死んでたろ! もっと褒めろよ!」


「うーん、確かに? ワイバーンのときも、コースケの呪文ですぐに倒せたし……」


「でしょ? 俺、以外と役に立つぜ」


「しょうがないな」


 土ぼこりにまみれた顔で、ドロシーが笑う。


「とりあえず、ワイバーンの首を回収してから、考えよう?」


 ああ、そういえばあったねそんなの……。


 


 ◇ ◆ ◇


 


 後日談。あるいは今回の話の結末。


 ワイバーンの首をなんとか持ち帰って現金を手にしたドロシーと俺は、最初に出会った宿、《青い鳥の枯れ木》の一階にある食堂にいた。


「それで、結局のところコースケって何ができるの?」


 肉にがっつきながらしゃべるドロシー。はんなりとした雰囲気の目で割とかわいい系のビジュアルだと思うが、今は野獣にしか見えない。炎の剣とか岩の槍とかぶっぱなすし。これはあれか? ある種のギャップを狙った戦略なのか? とか思わないでもない。


「なんかよくわかんねーけど、呪文が使われてるとその仕組みが見えて、やりたいことがあったらそれをどうすれば呪文で実現できるのか、あるいはできないのかがわかる、って感じ」


「魔法は?」


「魔法は無理。そもそも、魔法がどういうものかってのは、俺の能力じゃわからなかったし。まだ詳しく調べたわけじゃないけど」


「ふーん。ま、難しい話はよくわからないし、別にどうでもいいかも」


 じゃあ聞くなよ……。


 でも、魔法のことはそのうち調べないといけない。昨日の一見で俺の体力にチート補正はついていないことがわかったし、ならば剣とか槍を持って戦うのは無理だろう。そもそも生計を立てるために戦う必要があるのかどうか疑問だが、ドロシーに養ってもらうならそういう方向性になるに違いない。


 いやむしろ、俺のことを気にかけてくれる人がドロシーしかいない以上、ドロシーに合わせた生活を送ることになるだろう。そうでなければ俺は死ぬ。


「それで、コースケはどうするの? どうしたい? 私と一緒にいる?」


「ドロシーがかまわないなら、そうしたいけど。ダメだって言うなら、その、せめて自活できるようになるまでは助けて」


「情けない男ね……」


 ジト目で蔑まれた。いや、しょうがないじゃん。天涯孤独で常識的知識も持ち合わせてないんだぜ。


 ドロシーは肉を食いながら少し考えた後で、言った。


「ルディアっていう街があってね、そこにある学園は十二歳から十六歳までなら入学を認められてて、生活の手段も与えられる場所よ」


「学校で生活費まで工面してもらえるってこと?」


「そうらしいわよ。私も詳しいことは知らないけど」


 へえ、そういう街があるのか。いっちゃあなんだが、この世界の教育システムとかはかなりルーズというか、義務教育とかなさそうなイメージなのにな。そもそも学校があることに驚きだ。その上生活費まで出すなんて、どういう仕組みで運営してるんだろうか。


「だから、とりあえずそこまで連れて行ってあげるわ。その道中でいろいろ学ぶこともあるでしょうし、結論はルディアについてから出しても良いでしょ」


「ということは?」


「ここからルディアまで徒歩で一ヶ月。そこまでは一緒にいてあげる」


 どうしてだか楽しそうに、あるいは嬉しそうに、ドロシーが微笑んだ。


 そういう経緯で。


 俺とドロシーはルディアという街まで、約一ヶ月の旅をすることになったのだった。

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