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家出したら異世界だった  作者: shino
呪文の王
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007

 親父に殴られても死ぬとは思わなかった。すぐに殴られ方を覚えたからだ。


 母さんに罵られても死のうとは思わなかった。すぐに切り替え方を覚えたからだ。


 俺のことを『必要以上に要領がいい割にやってることが馬鹿』と言ったのは良太だった。殴られ方と切り替え方を身につけた俺は父親のことも母親のことも気にせず、ただ飯を食って眠るためだけに家を利用する日々を送っていた。


 何事もうまい対処法を覚えてしまえばなんとでもなるものだ。大抵の場合、問題が起こるのは欲のせいだ。欲張らなければ生きるのに問題なんて発生しない。人間以外の生物には《問題》なんて考え方はないのだから。


 だから大事なのは問題を問題にしない対処のロジックだ。これは俺の十六年の人生に裏打ちされたささやかなセオリーだったし、それが覆ることなんてないと思っていた。たかが十六年、されど十六年。俺に取っては人生の時間全部だ。だけど。


「これは、無理だろ?」


 鋼だった。


 鈍色の体が赤白い糸でぐにゅぐにゅとつながっている。不定形の関節が人間離れした動きを可能にしている。そもそもあれは人間ではないが、けれど人型ではあった。


 竜の翼が呪文式で機能しているのに、こっちが呪文式に頼っていないというのは恐ろしく違和感があるが……けれど、呪文らしいものは俺には見えない。俺に見えないということは、使われていないということに他ならない。


 ゴーレム。


 俺の知る単語で表現するならば、俺とドロシーの前に屹立するその巨大な生物はゴーレムだ。


 そうとしか言いようがないが、そう表現してもなお違和感のある容貌だ。ゲームに登場するようなゴーレムよりそれはずっと生々しくて、生き物だということが明らかに見て取れた。肉も皮膚もないが、筋のような赤白い線が鋼鉄のブロックの中心を貫いており、それらがぐにゅぐにゅと伸び縮みして体を動かしている。


 ワイバーンがかっこいい感じに生き物っぽかったとするなら、こっちはホラーな感じに生き物っぽい。存在感では引けを取らないが、その方向性は大きく違った。ぶっちゃげ逃げ出したい。きもい。ぐろい。


「これは、まずいわね」


 ドロシーが短剣を両手に構える。僕をかばうようにして前に立っているから表情は見えないけれど、声が固い。


 二匹目のワイバーンの死体から首を狩って、それを羽根檻の呪文で確保したところだった。


 切り立った崖の底。左右をほぼ垂直に等しい壁面で囲まれたこの場所で、俺とドロシーはこいつに遭遇した。巨大なナイフで切り刻んだような地形には、けれどすぐに逃げ込めるような場所はない。


 なまなましい肉の筋を持った金属の固まりは、まるで太った鎧兵のようだ。三メートルくらいはあるだろうか。見た目通り動きが鈍かったらいいんだけど、こういうやつは遅いと見せかけて以外と俊敏なのがセオリーだと思う。


 これを、問題にしないなんて……無視して、躱してしまうなんて方法は、ない。


 なんてことはない。俺のセオリーは、真っ向から向かってくる単純明快な障害には、何の力も持たない子供だましということだ。


鉄鋼の子(アダマス・ゴーレム)


 ドロシーが俺に言う。


「コレは危険度最上級の生物(・・)よ。あいつは見た目以上に動きが素早い。加えて私は最大の手である《千の火剣》を使ってしまってるし……そもそも、私みたいなタイプとコレは相性が悪いわ」


「要するに、ゲームオーバー?」


投了(ゲームオーバー)か。まだ完全に詰んではないけど、限りなくそれに近い状況ね」


 鋼鉄のゴーレムは体の割に小さな頭をかしげながら、こちらの様子をうかがっている。あまり賢くはなく、必要以上に好戦的でもないらしい。


「あのさ、ドロシー。こいつ、人を襲う理由ってあるの?」


「あるわ。こいつは消化器官を持たないけど、分解器官を持ってるのよ。それで他の生物を分解して、エネルギーにしていると考えられているの。私たちはお手頃な餌ってわけね」


「まじかよ……」


 ああ、なんで俺はドロシーについてきたんだ……。なんとなくだ。誘われたからだ。ドロシーが可愛かったから。そんな理由だ。でも死ぬ。理不尽。


 いや、元の世界も理不尽だ。それは変わらない。この状況が理不尽なんじゃない。俺の人生はいつだって理不尽だ。


 ゴーレムはゆっくりとこちらに向かって歩き始めた。かすかに足を持ち上げて、巨体を揺すって近づいてくる。


「俺、逃げて良い?」


「その場合、私はあなたを囮にして逃げる用意があるわよ」


「俺をここにつれてきたのはドロシーだろ? 助けてよ」


「私が出会って一日の男を命がけで守るほど自己犠牲に溢れた人間だったら、それはあなたにとってとても幸運なことだったかもね」


「ものすごく回りくどい台詞をありがとう。お礼に良いことを教えてやるよ。俺は生まれて今まで、自分を幸運だと思ったことがない」


 ゴーレムが地面を踏み抜いて接近してくる。そして、巨大な腕を振り上げた。強い風を伴って降り出される腕が、俺をかばうように立つドロシーに迫る。


「《守護球》!《破片の盾》!」


 ワイバーンと戦っていたときにも使っていた球状の薄い膜が現れ、それに加えて手のひらくらいの光るガラス片のようなものが大量に現れる。両方が迫るゴーレムの腕を遮るように並び、それらはけれど、鋼鉄の腕の一撃で砕けた。


 斜め上から振り下ろされた腕の衝撃で、とてもじゃないが立っていられないくらい地面が揺れる。俺はおもわずバランスを崩して地面に手をついた。


「ドロシー!」


 無事なのか。もしかして死んだ……?


 そう思っていると、土煙の中からドロシーが飛び出して、俺の腕を掴んだ。そのまま引っ張り上げられる。


「走って!」


 強張る足を無理矢理動かして、ドロシーに腕を引かれながら走る。ゴーレムが追いかけてきているのが地面の振動でわかる。


「逃げ切れるのかよ!?」


「まず無理! でも無抵抗に食われるのもありえない!」


 ごもっとも!


 ちらりと背後を見ると、ゴーレムはどうやら岩壁を破壊しながら追いかけてきているらしく、壁まで含めてがたがたと揺れていた。


 怖過ぎ。迫力が半端じゃない。


「あいつ、なんで追いかけてくるんだよ!? 俺たち以外にも餌はいくらでもあるだろ! さっきのワイバーンの死骸とか!」


偽子(ゴーレム)は生ものしか分解できないのよ!」


「生きたまま、食われるのかよ! かんべん、してくれ!」


 だんだんと息があがってきた。ドロシーはペースを落とさずに走り続けてるけど、俺の体力は一般人のと変わらない。こういった体力的トラブル(?)が日常茶飯事であろうこちらの世界の人間、とは基礎体力が違いすぎる。


 ぶっちゃけ肺が痛い。膝が笑う。


「ちょっとコースケ、体力なさすぎじゃない!?」


 俺の様子にドロシーが慌てる。


「しょうが……ないだろ……。ないもんは……ない……!」


「追いつかれたら死ぬのよ!」


 そんなこと言ったって体力は回復しない!


 背後から風を切る音が聞こえて、その瞬間腕を引っ張られた。激しい破砕音が真横を掠める。地面が砕けて破片が飛び散り、腕と足に痛みが走る。


「痛ッ!」


 思わず足が止まる。息があがって、肺に激痛が走る。足がふらついて、力が抜けた。倒れる勢いで、ドロシーの手が離れる。まずい。死ぬ。死ぬ、死ぬ!


 必死で腕に力を入れて、体を起こして仰向けになり、ゴーレムを見る。俺のすぐ近くで地面を削った腕とは逆の腕を振り上げて、それは俺の足を狙って振り下ろされようとしていた。


 殺すと食えないから、足を潰すのか。


 ぐにゅぐにゅと蠢く赤白い肉の糸に繋がれた、煤けた金属の塊。それが俺に迫ってくる。


 ぐるりと、視界がひっくり返った。轟音。足下が崩れる音がして、その後でやっと、体がひっくり返っていることに気がつく。いや、俺の体ではなく、地面がめくれたように傾いていて、ゴーレムの拳はめくれた地面を粉々にするにとどまっていた。


「コースケ、早く立って!」


 ドロシーが惚けている俺の腕を掴んで、引っ張り上げる。女の子の力とは思えない。


 地面を捲り上げる魔法。ワイバーンと戦っていたドロシーが使っていたのを思い出す。俺はドロシーに引っ張り上げられ、おぼつかない足取りで動き出した。


 もうだめだ。そう思った。


 ドロシーの魔法は確かに強い。あの炎の剣は段違いだし、そうでなくともたくさんの防御手段がある。攻撃の魔法もまだまだ隠しているだろう。けれど使わないのは、あのゴーレムに有効な魔法がないからだ。


 手がない。加えて体力もない。ドロシーが俺を見捨てるか、一緒に死ぬか、どっちかだ。


 ドロシーは防御の魔法を使ってゴーレムの攻撃をいなす。俺を捨てて逃げればいいのに、それをしないのは責任のようなものを感じているからかもしれない。俺をここに連れてきたのはドロシーだからだ。けど、ここに来ることを了承したのは俺だ。責任というなら、どちらの責任とも言える。


 運が悪かった。それが俺たちの死因になってしまうのだろう。


 ドロシーはゴーレムの拳を、斜めに配置した小さな盾の群で逸らす。ぎゃりぎゃりと擦れる音がした直後、地面が大きく揺れて砕けた。


「ドロシー……。あの炎の剣の魔法は、あの粉がないと使えないのか?」


「使えないわ。使える人もいるだろうけど、私には無理。ああいう形状の粉末がないと、うまくイメージできないのよ」


「あれは何の粉だ」


「ガラスよ。ガラスを砕いて作ってるの」


 ガラス……? なんでガラスが炎の剣になるんだ? さすがは魔法といったところか。意味が分からない。《岩の槍》は無条件で発動できていたように思うけれど、あの炎の剣にはガラスの粉末を使うという制約がある。この差が威力の差なのか……?


「ガラスの破片なんて……こんな場所で手に入るわけないわ。私の……岩の攻撃魔法は、こういう相手には、不向きなのよ。相手の方が、固いから」


 ドロシーの呼吸が荒い。魔法も追いついていない。魔力やMPに該当する概念があるのかどうかはわからないが、それを抜きにしても集中力には限界がある。脳だって肉体だ。カロリーを消費して活動していることに変わりはない。


「ガラスの破片があればいいんだな?」


「そうよ! あればね! 遠距離砲撃の手段があれば、あいつの手足を焼きちぎってやるわよ!」


 その言葉を聞いて、俺は一つ、小さな決心をした。


 ゴーレムの拳が再び放たれる。ドロシーの盾がそれを受け止めようとして動き、新たな盾も現れるが、動きが鈍い。


 盾とゴーレムの拳の間に、俺はそれを投げ込んだ。

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