006
振り返ると、食堂になだれ込んできたのは鎧を身にまとった騎士だった。全部で三人。何事かと騒ぐ他の客を無視して、真っ直ぐ俺たちのところに歩いてくる。
「き、騎士の方々がこのような場所に何の用でしょう?」
「すまない店主。少し、この者たちに用があるのでな。なるべく穏便にすませるので、少々邪魔させていただく」
先頭を歩く金髪の男が、駆け寄ってきた店主に説明する。銅を薄くしたような色合いの金属で作られた、黒い装飾の施された全身鎧。紋章の施された布の前掛けが胸元から伸びている。腰には剣を携えていて、今すぐにでも戦えそうな出で立ちだった。
とっさに《呪文の王》で騎士達を見る。鎧や剣の他にも、いくつかの魔法具を持っているらしい。必ずしも戦闘用ではなく、いわばツールセットのようなものを持ち歩いているのだろう。全員が似たような魔法具を持っていることが分かった。ただ一人、先頭の男を除いて。
その男は剣以外に特別な道具を持っていないらしい。そして、その剣にも、呪文は見られなかった。
「昼にオゲイン卿の三男と揉め事を起こしたのは、あなた方ですね?」
……ん? 誰だ、それ。そう考えて、思い至る。そういえば、昼間会った、ロゼに絡んでたチンピラ、やけに身なりが良かったな。ロゼの髪とシアラの戦いに見とれていたから全然意識していなかったが……もしかして、それなりの立場の男だったのか?
「おお、その通りだぜ。だったらどうすんだよ、騎士殿」
状況が飲み込めていないドロシーとフィーナさんを置いて、ザインが立ち上がる。壁に立てかけていた剣を背負い、先頭の男と対峙した。……ドロシーとフィーナは騎士達を無視して食事を続けている。
「ふん、また面倒なことを」
ロゼがそう呟いたのが聞こえた。ロゼとシアラは、それぞれ騎士達の様子を伺っているのか、鋭い視線を向けている。
「青い甲殻のアテアグニ族に、黒髪黒目の少年か。確かに、聞いていた特徴と一致する……。それで、お前はなんだ?」
「俺は傭兵だよ。あんたが探してた二人は、俺の連れをどこぞの坊ちゃんから助け出してくれたんでな。ここで出張らなきゃ、男が廃るってもんだろうよ」
……ザインはわかってたのか、あのチンピラが良いとこのお坊ちゃんだって事が。
「フン、傭兵風情が。お前もまとめて連行するだけだ」
リーダーとは違う、隣に控えていた騎士がザインに詰め寄る。後ろ姿で表情は見えないが、ザインはやれやれとばかりに肩をすくめた。
「連行たあ人聞きが悪いな。騎士様が無辜の市民をどこに連れてこうってんだ?」
「無辜の市民、だと? 貴様、どの口でそんな戯れ言を——」
「止めろ、コーデック。この者達は、連行するのではない。事情聴取に協力してもらい、説明すべきことを説明するだけだ」
「くっ……、わかりました」
コーデックと呼ばれた血気盛んな騎士は、リーダー格の男に諌められて一歩退いた。
「改めて名乗ろう、私はガレス・ガラティーン。この都市で騎士団の団長と、治安維持を任されている者だ」
そう言って少しだけ頭を下げた。なんか偉そうな立場の人だけど、礼儀はちゃんとしてるみたいだ。ならまあ、こっちも立ち上がって、挨拶くらいはした方が良いのかもしれない。いや、挨拶だけで済むかわからんけど。そう思って立ち上がろうとしたら、ガレスさん自身に制された。
「座ったままで結構。貴殿がこの一団の代表者だろうか」
「えーっと」
返答に窮してドロシーを見ると、目線で好きに応対しろと言われた。気がした。なので椅子を傾けてガレスさんの方を向いて、軽く頭を下げつつ答える。
「そうです。といっても、立場はそこにいるシアラの従者、ですけれど。何か話があるなら俺が聞きます」
ザインがため息をついて、俺とガレスさんの間から少し脇に移動した。暴力沙汰じゃないと分かったからだろう。多分、ドロシーもそう判断して俺に任せたんだろうと思うけど。
でもなぁ……。こういうのって、フィーナさんの領分だよなぁ……。
何聞かれるんだろ……。警察に事情聴取されるって感じなんだろうか……。
「そうか。名を確認しても?」
「コースケです。家名はムスミ」
「珍しい名だな……。いや、今はそんなことは関係ないな。……コースケ殿は、旅人とお見受けするが、カルノトーツ国の法についてはどの程度ご存知か」
法……? いや、どうだろう。今まで全く気にした事がなかったけれど、法律って言われるとよくわかんないな。ギルド制度なんかは一応、法律によって決められてる事なのか? でも、だとすると悠久の風みたいなギルドが国をまたいで活動できないし……。
……いや、それはいいや。そうじゃなくて、この人がもってきた問題が、法律に関係するってことだろう。ならば、ひとまずは何も知らないって言っておいた方が良い。
「特筆して知っている事はありません。普通に旅するのに、困らない程度の知識しか」
「……そうか。ならばその辺りから説明せねばなるまい。だが、この場で説明するのは憚られるのだ。法の説明そのものが、貴殿の今後をこの場で喧伝することになりかねない。よろしければ、我々の詰め所までご足労いただきたいのだが、可能だろうか」
苦慮するような表情で、ガレスさんが言う。両脇に控えている男達からは、何が気に入らないのか睨まれてるし。ザインは面倒事になったとでも言わんばかりの顔だ。
うーん、状況が読めない。
ていうかザイン、これを見越して飯いっぱい食っとけって言ってたのかもしれない。なら最初から事情説明しろよ。おっさんの癖に若者に対する思いやりが足りてねーぞ。親父よりはずっとましだけど。
「えっと、ドロシー、どうする?」
「知らないわよ。私に聞かれても。……えっと、ガレスさん、だったかしら?」
ガレスさんがわざわざ体をドロシーの方に向けて応じる。
「そうだ。貴殿は?」
「悠久の風のドロシー・ドロセリアよ。彼の旅仲間。何の話か知らないけど、その場に私たちも同席できるのかしら?」
「もちろん構わない。私たちがこの場で事情を話さないのは、こういうと恩着せがましいかもしれないが、彼の立場を慮ってのことだからな。彼が許すのなら、誰を同席させようと自由だ。……ただし、そちらのアテアグニ族の少女には、必ず同席していただきたいが」
シアラも同席……まあ、当然だよな。昼間のチンピラが話に絡んでるなら、むしろ派手に暴れたのはシアラだし。けしかけたのは俺だけど。
「っていうことらしいけど、シアラは大丈夫?」
「兄さんが行くのなら私も行きますよ。当たり前じゃないですか」
当たり前……ねえ。まあ、いいんだけど。
「ワシも行くぞ」
声を上げたのは、ロゼだった。
「元はと言えば厄介な連中にナンパされとったのはワシなのじゃからな。騎士の若造、構わんじゃろうな?」
若造呼ばわりされた騎士、ガレスさんは、一瞬虚をつかれたような顔になったが、しかしすぐに表情を正した。
「かまいませんよ。では、みなさん同行ということでよろしいですね。……コーデック、彼らの食事代を払って、後から追いかけてくれ」
「かしこまりまし——」
「それには及ばないわ」
頷きかけたコーデックの言葉にかぶせるように、フィーナさんが言った。機先を制した形、になるんだろうか。少なくとも、コーデックは不愉快そうにフィーナさんの方を睨みつけた。
「私はここに残るわ。代金もこちらでちゃんと払うから、わざわざ公的なお金を無駄に浪費する必要はないと思うけれど」
「……わかりました。では、そちらの女性以外の皆さんは、我々についてきてください」
フィーナさん、何考えてんだろうなぁ。なにか考えがあるんだろうけど、いまいち読み切れない。けどまあ、全員でついていく必要は、俺もあんまり感じていなかったところだ。どちらにしろ宿に荷物とか放置してるし。安全だとは思うけど、全員身動きが取れないのはやめた方が良いとも思う。
一応フィーナさんに視線を向けるが、エロい目でウインクされただけだった。紫の瞳が怪しく光っている……ように見えなくもない。
きびすを返して、店主に一言詫びを入れてから歩き始めたガレスさん。
「コースケ、あんたたち昼間に何したの?」
「いや、さっき話した通りだよ。絡まれてたロゼを助けて、そのノリでザインたちとこうして飯食うことになったって、説明したろ」
ドロシーとフィーナさんにも、これまでの経緯というか、ザインとロゼと知り合った流れは説明してあった。あのチンピラがそんなに偉い人物とは思えなかったが……。
オゲイン卿の三男、と言っていたか。とすると、偉い人の息子ってことになるんだろうか。
「厄介だなぁ……。そういう、政治的な話は苦手分野なんだけど……」
ならば得意分野は何だと聞かれたら、まあ、その、何だろうね。
「兄さん、元気出してください。危ない話だったら私が暴れればだいたい大丈夫ですから」
「お、おう。そうだな」
無駄にポジティブなシアラがちょっと斜め上方向に勇気づけてくれた。でもシアラ、多分今回は暴力じゃどうにもならないトラブルだと思うぞ。でもお兄ちゃん嬉しいよ。妹が可愛くて。
ため息をつきつつ、俺たちはそうして騎士に連れられ、『若木の恵み停』を出た。




