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「取引許可証を発行するのは簡単ですが、シアラさんは経緯が少し特殊ですからね。私個人としては、いささか不安に思う部分もあるのですが……」
グルードさんが曖昧に微笑む。
彼が言うには、シアラは両親に師事する見習いとして登録されているらしい。これはシアラ自身も知ってたことだ。この商館に入った時も、『見習いのシアラ』と言ってたしな。
見習いのシアラに取引許可証を発行するには、今許可証を持っている人物の推薦あるいはその許可証の継承と、加えて支店長の認可が必要になる。もちろんここでは、グルードさんの認可ということだ。
「実際の取引を行なった経験もそう多くはないでしょう? どうですか、どなたかご紹介しますので、その人のもとで改めて研鑽を積んでみるというのは。もちろん使い走りからスタートということにはさせません」
悪くない条件に思える。
要するに、使い走りの見習いからスタートして、いろいろなマナーや慣例を覚えていき、やがて商売に携わることができるようになる、というのが普通なんだろう。
けど、シアラはーー
「それはできません。私は両親以外の誰にも師事しません。教えを請うことはあっても、商売の師は両親だけです」
ああ、やっぱり。そういうんじゃないかと思ったんだ。
グルードさんはお手上げだと言わんばかりに肩をすくめる。
「わかりました。シアラさんの志は尊重します。ただ、最初の取引は私にも立ち会わせてください。友人の娘の最初の取引ですからね。もちろん口は出しませんが、あなたがどの程度できるか見てみたいというのも正直なところです」
まあそういう心情はわからんでもない。
グルードさんとシアラの両親がどういう関係だったのかは分からないが、シアラがグルードさんを頼らずに砂漠で暮らしていたことを考えると、あくまでも仕事仲間だったのだろう。シアラのことだって、本当はなにか援助したかったが、そこまでお節介を焼くのはやり過ぎなんじゃないか、とか思ってたのかもしれない。
シアラはグルードさんの言葉に頭を下げる。
「わかりました。その際は是非、ご教示ください」
「それから、もう一つ確認させてください」
グルードさんはそう言って、俺を見る。正直すこし退屈していた俺は、グルードさんに目を向けられて再び緊張した。
なんだ? 俺、何かしたか?
若干の不安を感じつつ、グルードさんを見返す。顔は笑っているが、目は笑っていない。威圧感を感じる。例えるならば、約束を忘れていて遅刻した時の綾乃の目のようだ。
「先ほどご兄妹だと伺いましたが、どういうことでしょうか?」
ふむ。
どうやらこの人はドロシーとは違うらしい。きちんと俺に警戒している、ということか。
例えば俺がシアラを脅して取引許可証を取らせようとしているとか。そうすれば取引の責任だけをシアラのものにして、実際には俺が利益を独占することもできるかもしれない。シアラを心配してというのもそうだろうし、シアラの評判はそのままこのギルドの評判に繋がるのだろう。
そういった諸々をひっくるめて、お前はシアラのなんなんだ、っていう趣旨の質問かな。
シアラが戸惑ったように言う。
「どう、とは……? グルードさん、質問の意図がよくわかりません」
「そうですかな? 彼はアテアグニ族ではありませんね。兄妹だとおっしゃいましたが、シアラさんは誰かの養子になったのですか? その辺りの経緯を、できるならばシアラさんではなく、こちらの方から伺いたいのですが」
「……わかりました。すみません兄さん、変な話になってしまって」
シアラが申し訳なさそうに眉根を寄せた。かわいい。
俺は軽くため息をついて、グルードさんを見る。笑っていない目が、こちらを見定めるように色づく。威圧感が薄れ、代わりに心を読まれているようなプレッシャーを感じる。
なんというか、すごい技術だ。目だけでこうも雄弁に語ることができて、相手にストレスをかけることができるっていうのは。
少しの沈黙。……仕方ないので、俺の方から口を開く。
「俺もそのうち、そうやって視線をコントロールできるようになりますかね?」
「……面白いことを聞くのですね?」
「いや、だってあなたが何も言わないからですよ。俺が何を考えてるか、知りたいんでしょう? 質問は大事ですよ。相互理解の第一歩です」
俺のことを知りたいなら、お前のことも教えろよ。
あなたが深淵を覗くとき、深淵もまたあなたを覗いている、じゃないけどさ。
「あなたならば私が今やっている程度のことはできるようになるかもしれませんね」
グルードさんは愉快そうに目を細めて言う。これは、うん。本当に愉快なんだろう。
「けれど、そうなるにはまだまだ、修行が足りませんな」
「そりゃあ良かった。僕はグルードさんみたいに、堅苦しい人間にはなりたくないんですよ」
「私はこれでも革新派で、非常に柔軟な人間だと思っているのですがね」
「俺に言わせれば、頭の固いおっさんですね」
「では頭の柔らかい若者に教えを請うとしましょう。アテアグニ族とニグル族がなぜ兄妹なのでしょう? もちろん、血のつながりはありませんよね」
ニグル族ってなんだ。
……テンプレ的に考えるなら、黒髪黒目の一族ってことか? まあ確かに、珍しいかもしれない。今のところこっちの世界で黒髪黒目の人間を見たことがないし。
だとしたら『ただの人間』はなんて言うんだろう。いや、ただの人間ってのはいないのかもしれない。前の世界にも、厳密にはいろいろな種族があったわけだし。
「血統のつながりはありませんね」
血のつながりは、まあ、判断の方法によるって感じだろうか。この世界に遺伝子っていう概念があるのかどうか分からないけれど。そもそも遺伝子ってあるんだろうか。いやまあ、あるんだろうけどさ。
けれど少なくとも、血統のつながりは無い。これは断言しても良いだろう。
「僕もシアラも天涯孤独でした。それで、出会って、紆余曲折あって、義理ではありますが兄妹になりました。ただそれだけのことですよ」
グルードさんが目を細めて、そしてため息をつく。
何を言っても無駄だという呆れた態度にも取れるし、納得……してくれたようにも思える。
「あなたたち二人で行商を?」
グルードさんが今度はシアラに目を向ける。
「いえ、私と兄さんと、それからもう一人同行者がいます。正確には、その方に付き添いながら行商をやるということになりますね」
「今後の予定は決まっているのですかな?」
「それは……えっと、兄さん、どうなんですか?」
シアラが首を傾げて、俺を見る。おいおい、そんなんでいいのか商人。不安だ。
けれど確かに、今の目的地についてはシアラには話していなかった。
「とりあえずはルディアに向かってるよ。まあ、もうほとんど行く必要もないんだけどね」
俺の言い方が引っかかったんだろう、シアラが不思議そうな顔をするが、すぐになんでもなかったかのようにグルードさんに向き直る。
「だそうです」
ちょっとドヤ顔だった。かわいい。いや、じゃなくて。君が誇るポイントでも、偉ぶるポイントでもないぞ。むしろ減点対象なのではないか?
グルードさんはちょっと顔が引きつっているように見えた。
「つまり、定期的に巡回するルートを持つのではなく、あくまで旅の中で商品を売り買いしていくということですね。それであれば取引の規模も大きくはないでしょうし……。いいでしょう、許可しましょう」
おっと、いいのか。
シアラが「ありがとうございます」と頭を下げる。
「その代わり、もし失敗した場合は、無理せず近くの支店で相談してください。物価情報や時事情報が必要とのことでしたね? 基本的なものはまとめてあるのでそれをお渡ししますが、その他に必要な情報があれば自分で集めてください」
「はい、もちろんです」
「それでは、私はこれで。後で資料をもってこさせますよ」
そう言ってグルードさんが席を立つ。俺はとっさに呼び止めた。
「すみませんグルードさん。ちょっと教えてもらいたいことがあるんですが」
「はい、なんでしょう?」
「この街で呪文にまつわる本が一番集まっている場所ってどこですか?」
このことを尋ねるために、わざわざ慣れない商人ギルドまでついてきたようなものだ。もちろんシアラが心配だったというのもあるけど。
この場所なら街の施設や様々な事情に詳しい人がいるだろう、という予想もあった。
そして狙い通り、グルードさんは教えてくれる。
「それならば、水を舐める猫の公開図書館などいかがでしょう?」




