002
目を覚ますと知らない天井だった。
「……アニメかなんかかよ」
体を起こして辺りを見回す。窓からは昼の光が差し込んでいるけれど、室内は薄暗い。壁は、なんだろうな、これ。コンクリートとはちょっと違う感じの石でできているみたいだ。寒そうな感じだけど、コンクリートよりは脆そう。
ランプのようなものが枕元の小さなテーブルに置いてある。ベッドは普通。でも毛布みたいな感じじゃなくて、ごわごわしてた。気温は寒くはないし、暑くもない感じの、春先くらいのわりとお手頃なやつだ。
部屋の真ん中にけっこういい感じの模様が描かれたカーペットが敷いてあり、ドアは木製だった。部屋が薄暗いのは、どうやら二つある窓の片方を閉めているかららしい。閉められている窓の方がでかい。そっちが主な採光用の窓で、今空いているのはさしずめ換気用といった感じなのかもしれない。
「いや、それはいいんだけどさ。ここ、どこやねん」
思わず関西弁になってしまった。許せ。
ベッドから立ち上がってポケットを漁ると、財布もスマートフォンも警棒も入っていた。どうやら荷物は取られていないらしい。安心する。
どうも人に運ばれたっぽい気がするから、そのときに荷物を預かられてたり、まあ盗まれてたりしたら困ったものだった。
俺は警棒を取り出して、伸ばす。特殊警棒ってのは要するに伸縮性の警棒で、使うときに伸ばしていい感じに振り回す武器だ。わからないなりに最低限の用意をして家を出ようと考えて、最初に思いついたのが携帯できる武器の確保だったのは、親父に毒されている気がする。
さて、扉と窓、どちらから確認するべきか。俺は頭を巡らせた。
「……まあ、窓だな」
扉は多分、向こう側にだれかいるだろうし。まず窓だ。なんかここ、日本っぽくないし。俺は注意しながら窓に近づいて外を伺う。
「なっ、まじかよ」
そこは異世界だった。
いや、街だ。異世界の街だった。ごまかし様もない。街の景観だけならちょっと砂とか岩の多い地方なのかなーとか思ったりするくらいで、まあ地球にあるどこかの外国といっても通じるのだが。しかし、だ。
「猫耳とか竜っぽい腕とか、無理だろあれは」
獣人、あるいは竜人。それらの言葉が俺の脳をよぎる。まじかよ。半端じゃねえ。まじで家出したら異世界か。
「は、はは。もう笑いも出ねーよ」
もしここが本当に異世界なら、綾瀬や良太にはもう会えないってことになるのか。……きついな。唐突に、脈絡なく一生の別れか。涙でそう。いや、我慢だ我慢。まだ扉の向こうを調べてない。
ぐしぐしと目元を拭って、今度は扉の方を見る。木製の安っぽい扉は開いていて——開いてる?
「ああ、目が覚めたのね」
女の子が、扉の向こうに立っていた。
暗い灰色の髪と、気弱そうな青い瞳。肌は白く、耳は尖っている。白いワンピースの上からダークブラウンのコルセットを絞めて、標準よりちょっと大きいくらいの胸(俺の好みはもう少しでかいくらい)が強調されたファッション。ちなみに顔は整ってる。お約束だ、と思った。
女の子はお盆を持っていて、そこには水差しとコップが二つ置かれていた。驚いて固まっている俺を意に介さず、お盆をテーブルにおいて椅子に腰掛ける。
「あなたも座ってくれる?」
命令口調で言われた。傷つく。女の子はやっぱり俺のことなんて気にせずに、キョトンとした顔でこちらを伺っている。かわいい。いや、じゃなくて。どうする? 座るか座らないか、そもそも座った瞬間椅子ごと簀巻きにされたりするかもしれないし、どうするのが正解なんだ?
「座らないの?」
首を傾げて上目遣い。だめだ、かわいい。俺はおとなしく座った。
「それで、あなた、何者?」
女の子が尋ねる。台詞はきついけど、問いつめるような感じはない。単純に疑問だから聞いている、といった印象を受けた。
「あー、スマン。その前に、ここ、どこ?」
「ここは宿。《青い鳥の枯れ木》っていう売れない宿よ。私は今ここに滞在しているだけの人で、あなたを砂漠で拾った人」
「砂漠? 俺、砂漠に落ちてたの?」
「そんな感じね。見たことない格好してるし、一人だし、荷物も何もないし。死なせるのはちょっと忍びないかもって思う程度に街が近かったから、運んであげたの」
「運んだ? 君が? どうやって?」
女の子の身長は、さっき立っていた感じだと俺よりも十センチは低い。肩幅もそこまである方じゃない。とてもじゃないけど、俺を運べるとは思えない。じつはガチムチの連れがいて、そいつに運ばれたとかそういう感じなのかもしれない。お尻が怖い。
「《羽根檻の呪文》と、《追尾呪文》の組み合わせで運んだのよ。けが人とか、病人を運ぶときによく使う方法だけど、知らないのね」
「え、お? 呪文?」
「ええ、呪文。何? なにか変だった?」
女の子が首を傾げるが、俺はあわてて首を振る。変ってことじゃなくて、呪文って単語が引っかかっただけだ。
——君の魂には《呪文の王》の権能を持たせてある。
あの子供の言葉が事実なら、俺はもしかして魔法使い放題系のチートなのか? だとしたらヤバいな。テンション上がる。
「いや、別にさ」
俺はできるだけ変に思われないためにがんばって取り繕う。
「変じゃなくて。すごいなって。俺、呪文って使ったことないから」
「あなたは変なのね。呪文なんて、誰でも使ったことあるでしょ。どんな生活を送ってきたのよ」
「ぐほ。まじかよ。呪文って誰でも使えるの? 選ばれた才能とかいらない感じ?」
「才能が必要なのはむしろ魔法でしょ?」
「——うん?」
首を傾げる。女の子も首を傾げる。二人し手首をかしげて、唸る。魔法? 呪文と魔法は違うのか? 大体同じようなもんなんじゃないの?
呪文には才能がいらなくて、魔法には才能が必要。呪文は誰でも使ったことがある。あれ? 《呪文の王》ってもしかしてチートとしてはしょぼい? なにそれ悲しい。
「まあ、でも、その話は良いわ」
女の子が先に切り替えた。切り替えの早い女子は好みだ。いや、ちがくて。
「それで? ……あー、私の名前は、ドロシー・ドロセリア、討伐者よ。あなたの名前は?」
「ああ、えっと、俺はコースケ。えっと、多分、コースケ・ムスミってことになるのかな?」
「コースケが名前? ムスミが家名?」
「そうそう、そういうこと。えっと、じゃあドロシーって呼んでいい?」
調子に乗って名前呼びを要求する俺であった。
「いいわよ」
要求はあっさりと受理された。
「私もコースケって呼ぶから。で、最初の質問に戻るけれどーーあなた、何者なの?」
女の子の雰囲気が変わった。
目が、俺を見る。気弱そうなはずだった青い瞳は、したたかな鋭さを宿していた。俺の体の変化をすべて見抜こうとしているようにも感じられて、思わず唾を飲み込む。刑事ドラマとかで尋問っぽいことをされてる犯罪者っぽい人は、多分こんな気持ちだ。いや、刑事ドラマってか実際の現場でだ。ドラマの役者はこんな気持ちじゃない。多分。
「お、俺は……」
どうするか。ここで下手なことを言ったらどうなるんだ? 逮捕されたりするのか? 拷問されたり、魔女狩りっぽい風習でもあるのかもしれない。異世界だってことしか、俺はこの世界について情報を持ってない。
正直に話して信じてもらえるだろうか。そもそも、この世界における異世界人は、俺の他にも存在するのだろうか。
くそ、考えがまとまらない。情報がそもそも少なすぎるんだ。
なんだこのクソゲー!




