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ベジタリアンテレパシスト  作者: キムラ
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プロローグ

 俺には双子の姉がいる。

 多分まだいるはずだ。

 というのも、五年近く会ってないからだ。

 もちろん漫画でよくありがちな双子のテレパシーとか、そういう都合のいいのは持っていない。だから「生きてんのか死んでんのかわかんねーや」という、多分だ。

 勘違いしないで欲しい。

 別に戦争で生き別れたとか、五年前に家出して帰ってないとか、もしくは帰ってこないとか、そういうわけじゃない。

 引き篭もって出てこないのだ。

 俺が? いやいや、まさか。

 姉がさ。

 あれは高校に入って、しばらくしたある日の事だ。

 当時、姉は中学三年にしてMITクラスの問題をスラスラ解けるような、百年に一人の天才として近所でも有名な頭のいい子として知られていた。おっと、曲解しないで貰いたい、近所でそういわれていただけで、当人の頭脳はごく一般的な秀才レベルだ。

 飛びぬけた天才では無いが、そこそこのレベルの進学校では十分なレベルで、容姿もそこそこ整っている上、運動もそこそこ出来る。

 平均して人間として八十点ぐらいということもあって、姉は高校入学当初からモテた。非の打ち所のなく絶対にミスなんてしない完璧超人より、時には失敗もするし、決して最強ではない正義超人の方が人気があるように。愛嬌があるほうがモテるのだ。

 さて、事件は高校一年の夏休みに起きた。

 俺が自室にて、所持するのに言い訳が必要なぐらいのエッチな雑誌を読んでいると、姉が唐突に俺の部屋にやってきた。

 中学に入った頃に俺と姉は部屋を分けていたが、ノックも無しに唐突に乱入してきたのはコレが始めてだった。

「兄さん」

 姉は開口一番、俺にそう呼びかけた。

 その昔、どちらが姉でどちらが兄かで争った際、痛み分けで互いに姉、兄と呼び合うことになったと明記しておこう。

「今日は兄さんにどうしても言わなければならないことがあります」

 その時俺は、ちょっとばかりのっぴきならない事情で姉に出て行って欲しかった。

 のっぴきならない事情というのは説明しだすと長くなるし、それは物語とは関係ない部分だから多くは語らない。

 まぁ、しいて言うなら下半身に何も履いていなかった、とだけ言っておこう。

「な、何?」

 姉は顔を真っ赤にして言ったものだ。

 てっきり俺の下半身を見て真っ赤にしたものかと思っていたら、違った。いや、ある意味それも含まれているのだろうが。

「兄さん、好きです」

 後日分かったことだが、姉は重度のナルシストだったのだ。

 一卵性である俺の顔は姉のそれと酷似しており、姉は鏡に映る自分だけでなく、いつしか二次性徴を迎えていた俺に懸想するようになっていた、というわけだ。

 これがエロ漫画だったら、下半身が寒いことも相まってそのままベッドインしてしまったかもしれない状況だったが、その時、俺には姉なんかよりもずっと気になる女の子がいたし、ぶっちゃけた話、血の繋がった姉とかありえなかった。

 当然のことながら俺は断ったわけだ。

 だが、さて。問題はそれだ。

 下半身がアレなこともあり、慌てていたのでその時の状況をよく覚えていないのだが、どうやら俺はかなりまずい断り方をしてしまったらしい。

 翌日から、姉は引き篭もった。

 高校三年間、一度も部屋から出てこなかった。

 その時以来、俺も姉の姿を見ていない。



 俺のことを話しておこう。

 俺は姉と違い、特別勉強が出来るわけでもなく、性的嗜好に変な癖があるわけではない。

 幼くして水着の良さに気付いたため中学時代から水泳部に入り、一時期はそれなりに熱血して努力した時期もあったが、特に才能があったわけでもなく、今となっては、クラゲのように、ただ漫然と泳ぐのが趣味の男になってしまった。

 趣味や特技と言えばそれぐらいで、音楽もゲームも知らない。漫画はそれなりに読むけど、有名所だけで、薦められてもマイナーな漫画には手を出さない。小説は読んでもライトノベルぐらいだし、テレビだってそんなに見ない。パソコンだってそんなにやらない。賭け事をするわけでもないし、貯金に興味があるわけでもない。

 高校時代の友人は俺のことを水泳馬鹿と呼ぶけど、他にしたいこともないからやっているだけで、特別に好きってわけじゃない。水泳のオリンピック選手の名前を聞かれたって、一人も出てきやしない。

 長年水泳をしてきたお陰で身体だけは逞しくになったが、それ以外はこれといって特徴のない、いたって普通の男子だ。

 ああ、訂正。一つだけ、一つだけあった。

 忘れていた。

 信じないかもしれないが、実は俺、超能力者だ。

 うん。ともすれば自分でも忘れてしまいそうな、微妙な超能力を持っている。

 どんな超能力かというと、俺が直接肌に触れ、強く念じれば、人間を含めたあらゆる動物が肉を食えなくなるというものだ。

 人間に使えば、野菜や穀物以外を食う事ができなくなるのだ。

 ゆえに俺はこの能力を、『ベジタリアン』と名づけた。

 正直言ってこんな能力の使い道なんて思い浮かばないし、気まぐれやイタズラ以外で使うぐらい。もちろん自分には効果が無い。世の頭のいい奴らに話せば使い道ぐらい考えてくれるかもしれないが……。

 まあ、人生の岐路に立たされた時に役立つような代物ではないだろう。

 俺のことは置いておこう。

 もちろん俺はこれから話す物語の語り部としてそれなりに重要な位置にいるが、細かいプロフィールを知ったからといってそこに謎解きのヒントがあるわけではなく、双子だからといってミスリードがあるわけでもない。超能力のことだって、物語の主旨がそこにあるわけでもないので、 忘れてもらっても構わない。

 意味なんて無い。ただ超能力を持った俺という人間がいて、そいつがほんの少し、双子の姉に関することで悩んでいる、というだけなのだ。

 

 さて、俺には姉がいる。

 この話をするのに、どこから話そうか。

 そうだな……。

 俺が二十歳の夏の時の話だ。

 大学は夏休み。午前中、大学構内にある温水プールで適当に十キロほど泳ぎ、高校時代からの友人と昼飯を食って消費したカロリーを補充し、ゲーセンで適当に遊び、気になる漫画の新刊を入手して家に帰ってくる頃には日が沈んでいて、家に帰ってきて、その事を実感した。

 引き篭もりの姉がいるという事実は、普段は気にも留めていないことだ。

 はっきり言って忘れていた。

 おいおい、悩んでるってのと矛盾するじゃないか、と思われるかもしれないが、痛みを伴わない怪我というのは、普通に生活してる中で、気づかないうちに完治しているだろう。それといっしょだ。

 さて、その日、その時に限って、忘れていた事実を実感し、まざまざと思い出した。

 実に明確な理由だ。

 家に帰ると、万年カーテンが引かれている姉の部屋の中が覗けた。

 それどころか窓が開いていた。

 いやなんというか、それどころかベランダに女がいた。

 上はTシャツだけ、下はパンツだけというあられもない格好の女がいた。

 姉だった。

 ぼっさぼさの髪で顔が隠れてしまっていたり、五年ぶりに見たその姿は記憶と大きく違っていたが、それは間違いなく俺の姉だった。見間違えるはずもない。

 俺は混乱したり取り乱したりするよりまず、その姿を見て綺麗だなと思った。

 部屋の中でさしたる運動もせず、しかし、飯をしっかり食っていたわけではないので、ガリガリに痩せ、崩れた体。気持ち悪いと思うことはあっても、綺麗だと思うのはおかしいと思ったが、ただ寝巻き姿でベランダに出て空を見上げる姉は綺麗だと思った。

「姉さん、何してんの?」

 久しぶりに見た姉を見ても、なんら特別な言葉は出てこなかった。

 リビングでヨガをやっている母を見つけた時と似たような言葉を受け、姉はゆっくりと俺を見下ろし、某呪いのビデオに出てくる女のような前髪を分けて、俺を覗きこんだ。

「ああ、兄さん、久しぶり」

 にかっと笑った顔。髪は切っていないけど、歯はしっかり磨いているらしく、歯並びの白い歯が薄暗い空間に映えた。

「見なよ」

 再び空を見上げる姉。その視線の先を追うと、月があった。

 俺はそこで、顔をしかめた。目をこすった。

 月の隣に亀がいた。

「なに……、あれ?」

「兄さん、ニュースサイトとか見てないの?」

「テレビのニュースは見てるし、新聞は読んでるけど……」

「あ、そう? まぁ兄さんニュースサイトを見てるかどうかなんて、どうでもいいんだけどね。うん。あの亀さん、宇宙生物らしいよ」

「宇宙生物?」

「そ、一説によると、私たちが住んでる地球とか、毎日見てる太陽とかって、海に漂うプランクトンみたいなものらしいのよ」

「姉さんは、最近太陽なんて見てないだろ?」

「腰折らないでよ。とにかくね、プランクトンであるなら、それを食べる上位の生物がいるはずで、ブラックホールなんかが惑星や恒星の一番わかりやすい天敵なんだけど、あの亀もそうなんじゃないかって」

 姉は俺を見ずに、亀を見上げてそう言った。

「あの亀さんね、恒星だけを食べる生き物なんだって……」

「恒星って……太陽か? 食べられたら、どうなるんだよ?」

「太陽の重力から解放されてどっか飛んでっちゃうか、木星とか金星に吸い寄せられて潰れちゃうか、そもそも地球も亀さんに食べられてしまうか、亀さんの質量によって生まれた重力でどうにかなっちゃうか……とりあえず人類は間違いなく滅んじゃう。亀さんの移動速度から考えると、十年ぐらいでこの世界はおしまいってこと」

 俺は何と答えただろうか、ただそれは困るといった答えを言ったのだろう。

 太陽を食べる亀とか、よくわからないけど、ただそんな天災みたいなので人生が終わってしまうのはいやだった。

 俺の返答のせいか、それとも元々考えていたのか。

 姉の次の言葉は突拍子もないものだった。


「私があれを倒すわ」


 その日、姉が引き篭もりを卒業した。


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