―decadence―《デカダンス》
前半と後半で人物が異なります。
誘惑する者、される者。
本当の誘惑者は……
*一部残酷描写・性的な表現がございます。
そなたか――
待ちかねたぞ――。
夢は夜の闇のものだけではない。
瞳を閉じ、我の声を聞くモノよ――。
抗おうとも幾度と無く訪れる。
我が悠久の捕らわれ人よ
我が爪の前に跪け
求め、請うのだ さぁ――欲しがれ――。
すがれ――。
そなたに――悦びを与えよう。
冷たく凍えるその額に 此の指で触れよう
そのまま指先はそなたの頬に――この声を片時も忘れる事無く求め続ける淫らな耳へと遊ばせよう
そうして我が情けを待ち焦がれるそなたの唇を我が爪で開き 差し入れる
そなたを支配する 此の指先を
抗う素振りを見せながら すんなりと受け入れるそなたの舌は
主よりも雄弁に欲望を語る
さぁ 始めよう
此の世の美と戦慄の宴を
そなたと二人
魂を寄せ合おう
恐れと辱めに吐息を漏らし
歓喜の嗚咽を我に捧げよ 隷属の愛奴よ
我が羽の元に捧げられし贄よ
乱れ委ねるがいい
天に地に深遠に棲む何者よりも 己よりも我を求め愛するがいい
もっと もっと 強く
其の胸を掻き毟り 切り開き そなたの全てを 血に塗れた肉も 全てを捧げ我を求めよ
さすれば其の脈打つ命の源を屠り 噛み砕き そのままそなたに口付けをもってして 返そう
共にその芳しい血肉を味わおう
滲むように広がる そなたの血の褥で 肉欲に溺れよう
舐めあげる舌と
啜りつくす 喉の奏でる 享楽の調べを聴いて 共にまどろもう
眠れ 愛しき者よ
甘き者よ
眠れ――
そなたの流す絶望と悦びの泪で 此の喉を潤そう――
静寂――
滲むように 聞こえ来る 声――あの――声――
瞳を開き 目を凝らそうとも 其処に光は無い
暗闇
蜜蝋を溶かしたように 熱く蕩けた欲望が声となって此の身体に纏わり付き
舞い踊る薄絹のように 肌を撫で弄ぶ
右へ 左へと 舐るように――
望むものか 求めるものか
触れられ ざわつく肌――
穢される 腕を 足を 捕らえてくる 滾る指
寄せる眉根 震える頬へと 細く長い指が 一つ 二つと増えながら
遂には何十もの蠢く蜘蛛となって我が身を這い回り 薄く鋭い爪となって掻き毟る
いいや
掻き毟っているのは 自分
肌に 髪に ちりちりと灯ってゆく 渇望の灯火
毒のような爪が 唇をこじ開ける
小さく傷つけた 口端の血を舌で味わう
跪き 喉奥まで差し入れられた 誘惑の指を 嬉々《きき》として受け入れ
もっと もっとと 飲み込まんとする 闇より出でる薄絹どもに捕らわれた両の腕は
きりきりと締め上げられ虚空》を掴み 逃れようと抗う
肩より もげよと言わんばかりに 暴れ のたうつ
抗っているのは 内なる魂
腕は 悦びの虜 裏切りの煽情にて 邪なる宴の支配者に傅く
ひきい出された 苦痛を追い求め 伏せて有り得ない爪先を舐め清める
嘲いながらも 現世の命も魂も感じることが出来ない――声――
満ちているのは 痛みと 堕落に溺れる 自分の 吐息だけ――
弄られ
蹂躙され
支配されて
瞳は 果てて
泪を 落とす
求めるものか
求めてなど いない――