ターニングポイント
Act.12 ターニングポイント
「夏流、開けろ!」
と何度もドアを叩く忍の様子を見て、夏流は怖くなっていた。
そう、忍は殊の外、機嫌が悪かった…。
このまま無視してやり過ごそうかと思っても、美咲が自宅にいると言ってる所為で居留守は出来ないし、忍がドアを叩き続けると流石に近所迷惑にも成りかねない…。
(既に近所迷惑になっているわ!
いや、忍さんと話したく無い。
あんな不機嫌な忍さんの相手をする事なんて、出来る訳ないじゃない!
もおおお、美咲のバカ〜!!!)
と、心の中で美咲に悪態をつきながらも、覚悟を決めて、恐る恐るドアを開けた。
ドアが開いた途端、忍は直ぐさま夏流の腕を掴み、ずかずかと部屋に入っていった。
そして10帖の洋室に置いてある2人かけのソファに夏流を座らせ、隣に座った。
肩を震わせ顔を紅潮させながらも、忍は一言も喋らない。
気まずい雰囲気の中、夏流は今自分が置かれている立場を思うと、何とも居たたまれない気持ちになっていた。
この重苦しい空気をどうにか和らげようと忍に「お、お茶を入れてくるね…。あ、それともコーヒーがいいかな?」と、上目遣いで機嫌を窺う。
「…このままでいいから、夏流も動くな」と忍は冷ややかな声で即答した。
(怖い…。
今迄に無い程、怒っている…!
ど、どうしよう)
がたがたと身体は震え、背中には冷や汗が出て、体温が一気に下がる。
「ご、ご免なさい…」
と、消え入りそうな声で忍に謝罪する。
「何か夏流は、俺に対して謝罪しないといけない事をしたのか?」と、思いっきり皮肉を込めた嫌みが返って来る。
「さ、さっき、美咲が言った言葉を信じないでね。
私に好意を持つ人なんていないし、ほ、本当にモテた事なんてないんだから…。
交際に関しても全然悩んでないから!」
恐る恐る言う夏流の言葉に忍は更に不機嫌になり、殺気を全身に漂わす始末だ。
「ね、だから機嫌を直して、忍さん。
私、誰よりも忍さんが好きよ…」
夏流の言葉にぴくり、と眉を上げ言葉を返す。
「…じゃあ、何故、あの女が夏流が悩んでいると言う?
夏流。
あの女には言えて俺には言えないのか?
夏流はいつも俺には本心を出さないんだな?
何故だ?
俺は夏流にとって、それだけの付き合いなのか?
答えてくれよ、夏流!」
忍の容赦のない言葉に、夏流は言葉を失う。
なかなか返答をしない夏流に忍は苛つき、更に言葉を続ける。
「どうしたら夏流は俺に心を預けてくれる?
10年前、あの時もそうだった。
夏流は肝心な所で俺に心を開かない。
自分の殻に閉じこもって、俺の想いを受け入れようとしない?
そんなに自分の世界を壊すのが怖いか?
無言は止めてくれよ。
俺は夏流が答える迄、ずっと夏流が聞きたく無い言葉を言うからな」
忍の言葉にただただ首を振るばかりだ。
「…夏流。
どうして俺との結婚に目を逸らす?
生活水準とか環境とかで本心を隠すのは止めてくれよ!
そんな事、最初から解っている事だろう?」
「…」
「解っていて俺と付き合いを始めたんだろう?
理屈では解っていても感情はと言うのも止めてくれ!
それも人として、当たり前の事だ。
どうして、夏流は俺と正面から向き合わない?」
「…めて」
「今朝迄、あれだけ愛し合って俺の心を垣間見たはずだ。
俺は夏流に心を全て見せた。
今も、そして昔も…!」
「やめて!」
「あれも受け入れてないのか?夏流は。
あれだけ愛し合った行為も夏流にとっては、ただのの身体の関係と読み取ったのか?
ははは、じゃあ俺たちの関係はセックスフレンドと言えばいいのかな?」
「止めて、もう止めて!」
「夏流。
いい加減、母親の影から出てこいよ!」
忍の衝撃とも言える言葉に一瞬、全ての思考が停止した。
「なに…」
「いつまでも母親と言う防壁から自分を守るのは止めろ!」
「いや…」
「俺がいる!
俺がこれからの夏流の人生の中でずっと側にいる。
だから現実を受け入れろよ!
自分が作った箱庭に逃げるのはいい加減に止めろ!
愛してる…!
心から愛してるんだ、夏流!
もう夏流が一人で哀しむ姿を俺は見たく無いんだ…!
ずっと側にいる。
一人には絶対にさせない。
だから俺を愛してくれ…!
おれと言う存在を夏流の心に受け入れてくれ!」
「いやだ!
嫌、助けてお母さん…!
いやあああ!!!」
大声で泣き叫び立ち上がろうとする夏流を、腕の中に綴じ込め強く抱きしめる。
「いや、いや、いや」とうわごとの様に唱える夏流の耳元で静かに囁く。
「もう一人ではないんだよ、夏流…。」
忍の何処迄も優しい言葉が、いつの間にか夏流の心に波紋として広がっていた…。




