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第一章【感覚汚染】

2019年。9月9日。

この日を境に、僕が知っている日常は完全な過去のモノへと変わってしまった。


突如として現れた、現実世界での怪事件。

僕は、その一部となっていた。



   〇


燦々と太陽の陽が、今日も地球を燃やし尽くそうと頑張って熱をおくっている。

教室にクーラーなど夢の箱はなく、熱に支配されパンドラの箱と化した教室に今日も到着した。自分の席に着き、窓から入ってくる微量の風を頬に当たる。

この季節に窓際の席に着けたのは、今年で一番嬉しい出来事だった。


自分の机で頬杖をつきながら、適当に今日のことを考えていた。

今日は英語があるな、友達にどんな話を振ろうか、購買のカレーパンを今日こそ手に入れられるか。


何とも下らない理由だが、僕はこんな事をおぼろげに考えたくて、早めに学校へ行く。

教室にいるクラスメイトは、まだ数が少ない。この時間帯に来る人間は、比較的に物静か無口な奴ばかりなので、考え事をするにはもってこいの空間だった。



「うーッス」


考え事が何者かに中断された。

僕の肩を軽く叩き、誰かが僕に向かって挨拶をしてきた。

とくに相手の顔を見ずに挨拶を適当に返す。



「おはよう、霧島」


ここで霧島の顔を見る。


霧島 真きりしままこと


僕が座っている事も手伝い、霧島の顔を見るために忌々しく顔を上に向ける。

標準的な顔のパーツをしており、少し長顔で顎がクイッとしているのが特徴的だ。

身長は僕と比べると遥かにでかく、僕と霧島が一緒にいるとさらに自分が小さく見える事が霧島と友達として付き合う面で一番の難点だった。



「毎日毎日、おまえは小さいなあ」


「そりゃ毎日小さいけど…人はいきなり大きくなったりしないよ。いや、大きくなれるなら僕はそれでも構わないけどさ」


霧島はカラカラと笑いながら、自分の席に荷物を置きに行った。

いつも通りのやり取りだった。僕の身長を話のネタにされるのも、今では当たり前の会話風景だ。だが、仲が良いから許される、っていうのは美化しすぎだ。

ただ単純に、僕は割り切っただけのだ。これが僕のキャラなんだ、と。悲しい事だが。



来月で僕は十八歳の誕生日を迎える。

高校三年になり、早くも二か月が経った。五月に実施された、身体測定はいやな結果だけを残し去って行った。

僕は身長を明確に数値にするだけでも顔が変形するくらい嫌だ。

だから身体測定の日は、霧島に取り押さえられるまでずっと逃走ルートを考えていた。


憎いあの日の事を思い出して陰鬱な気分になっていると、隣の机に誰かが座った。



「こっち向いてー」


「ん?」


「デコメール!」


バチィ!と激しい音を立て、僕は強烈なデコピンを喰らった。

あまりの強さと痛さに僕は両手ででこを覆い、必死に痛みを意識から遠ざける。



「朝から暗いなー君ぁ!」


「う、くぁ…やっぱり校倉あぜくらか…」


「そーです、校倉さんですよー。目が覚めましたー?」


満面の笑みで校倉 巫女あぜくらみこは、シニカルに笑い声をあげた。


二度のクラス変えがあったのにもかかわらず、三年間同じクラスに配属された腐れ縁の女友達。

少し赤みがかった髪の色は地毛で、どこかヨーロッパあたりの人種のような髪質だが、本人は「あたしは純国産だぁ!」と言い張っている。


容姿は中の上くらいで男子からの評判も上々。性格も底抜けに明るく、天真爛漫な校倉は男女の友人が多くい。身長は僕より二センチ高く、女子としては高い部類に入る。


上記の点だけで考えれば、校倉と友人でいるのは男子として非常に良い事なのだが、いかんせんコイツは五月蠅いのだ。

入学当初は『可愛い子が入学した』と少し騒がれたが、時が経つにつれ『可愛い子』というのはは誤認識で『黙っていれば可愛い子』という正しい認識が定着した。



「あーもー、朝からやかましい奴だな。いきなり人にデコピンしちゃいけないって、小学校で習わなかったのか」


「やかましくありませんー、かしましいんですー。だって、昨日秋彦あきひこ君がメール返してくれなかったんだもーん。デコピンも許されるっちゅーもんです」


「だってお前のメール、デコだらけで何が何やら分からないんだよ・・・もっと完結で、明快で、白黒のメルを送ってくれ」


「ぷっくぷくぷー」


おどけて校倉が舌をだす。一見、可愛らしい動作だと思うが、今の僕には憎たらしくてしょうがなかった。


「おー、やっぱ校倉いると秋彦は元気になるな」


いつの間にか霧島が僕の机の前にいた。

さっきと同様にカラカラと笑いながら、聞き捨てならない発言をかましてきた。



「おはよ!霧島君!」


「おう、おはよう校倉」


「おい、霧島」


「そうそう、今日は二人に聞かせてやろうと思ってた話があるんだ」


「おいってば。人の話は聞け。目が合ってるのに無視するのは見苦しいぞ」


「実はだな・・・最近ネットで妙な噂が流行っているらしいんだわ」


霧島は僕の言葉を一切無視しつつも、目を合わせながらその噂話というものを嬉々して説明する。



「おまえら『スクエア・アウト』って言葉、知ってるか?」


「何、ソレ?」


「あー!あたし知ってる!」


「お!やっぱり有名なんだなあの噂。つっても、ここに知らない田舎者がいるが」


「ホントだよねー、まさか知らないなんて。どこ出身?ジャングル?」


「いや、君たちと同じこの茜町出身だけど…」


まるで「呼吸の仕方も分からないの?」とでも言いたげな上目線で、二人は僕を小馬鹿にするように説明を続けた。



「いくら田舎者の秋彦でも、最近この町で起きてる住民の失踪事件は知ってるよな?」


「そりゃまぁ、ね。昨日見たニュースでは、今のところ全部で九人いなくなったって」


「そう、それだ。んで、この事件に関してある掲示板に書き込みがあったんだ。何だと思う?」


霧島はもったいつけるように、ここで言葉を切った。

僕に続きの催促をしろと言わんばかりの顔をしてきた。

仕方なく、僕はため息交じりに応じた。



「…えーっと、どんな書き込みだったの?」


「内容は何ともSFチックなものなんだがな。この事件でいなくなった連中はみんな、ある『存在』から別世界でゲームに参加する権利を与えられた者なんだ。だから"いなくなった"じゃなくて"あっちに行った"って話だそうだ」


「そうそう!でも、驚くのはまだ早いよー」


「いや、別にまだ驚いてないけど…」


「実はその書き込みをした奴ってのが、あの事件の被害者の一人なんだ」


「…へぇ、証拠は?」


「証拠に自分の顔を一緒にアップしたんだ。失踪前の顔写真と比べると、面構えが違うというか、少し顔の印象が違ったな」


興奮気味にまくしたてる霧島と校倉に対し、僕は極力表情を変えず質問する。


「その書き込みしたのって、ホントに被害者の一人なの?」


「顔はそっくりっちゃーそっくりだった。被害者の一人で顔が一致するやつもいたんだ。名前は百崎 恭一ももざききょういち、二十三歳。三番目に失踪した人だ」


「ふーん。警察とかは、この事知らないの?」


「警察はただの悪戯として見てるだけで、まったくとりあってくれないんだって。どこで書き込んだか調べるだけ調べればいいのによー。もしホントだったら解決の糸口になるのにさ」


「まぁ、そんなもんだよ」


普通に考えれば、誰だってただのたちの悪い悪戯だろうとしか認識しないだろう。

顔写真だって今の時代、ちょっと加工技術があればどうにでもなる。

失踪している理由も、何ともありきたりな妄想設定って感じだし、リアリティーも欠けているせいでちっとも本気になれない。


『存在』とか『あっち』とか、ファンタジックすぎて、頭の固い警察などは絶対に取り合ってはくれないだろう。



「それで、その人の書き込みってのはそれだけ?」


「いやー、それが結構書き込みはされるんだけどよ。ほとんどの文章がなぜか文字化けしててさ、まともに解読できるのが少ないんだ」


霧島が残念そうに答えると、すかさず校倉がフォローを入れる。


「でも!一つだけまともに読めた注意事項みたいのがあってね。確か・・・『頭の中で、突然鐘の音が聞こえたら危険』なんだって」


「鐘の音?」


「うん。教会とかで聞く、カーンって大きな音が響くんだけど、自分以外には聞こえてないらしくて、これが聞こえたら合図なんだってさ」


「合図って。一体なんの?」


待ってましたと言わんばかりに、二人は顔を見合わせ、一拍空けて二人は口調を合わせて言った。



「スクエア・アウトの!」



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