気づいたキモチ
昼メシを食べ終わって、トイレに行った時。
砂浜に譲子さんの後ろ姿を見つけて、もう泳ぎに行くの? と声をかけようとしたら、譲子さんと一緒に東条さんがいるのが目に入った。
「譲子ちゃん、俺とつきあってほしいんだ!」
東条さんがそう言った。
「…………」
譲子さんが東条さんに何か言ってたけどその声は聞こえなくて、俺は踵を返して湧き上がってきた怒りにまかせてあてもなく歩いた。
✜✜
東条さんは面倒見が良くてテニスの腕もいいし、テニス部に入部して以来頼りにしてる先輩の一人だ。今回、海に誘ったのも、東条さんとは割と仲良くしてると思ったからだ。
なのに、今日の東条さんの行動には、どこかずっとイライラしている自分がいた。
バスの中で沙世さんが、付き合ってるのか? って聞いてきた時、譲子さんは困った顔をしてて、その顔をみてすごくイライラした。違うって、はっきり否定されるよりはよかったのかもしれないが。
あの時は、そんな譲子さんに苛立って「僕は譲子さんの事好きですけど」なんて言ったが。よく考えてみると、今までかなり積極的にアプローチしてきたものの、譲子さんに直接好きだって言ったことがなかったと気づく。
✜✜
きっかけは些細なことだった。
最初は、同じ電車に乗ってるK高生が目に入って、なんとなく興味を惹かれて、毎朝観察した。見ていると、いつも本を読んでてそのうち、なんの本を読んでるのかな、どんな本が好きなのかなって気になりだして。
あの日、帰りの電車で彼女を見つけて、胸が跳ねた。
こんな言葉は陳腐だが、運命だと思った。
彼女の声を聞きたい。喋ったらどんなだろう。そう思った時には、もう話しかけてた。今思えば、初めから惚れてたんだと思う。
話したら、もっともっと、と欲求が出てきて、一緒に過ごす時間を増やしたくてなって。
彼女が、俺の事をただの友達としか見てなくて、そして心の奥には誰か違う人がいるんじゃないかと気づいた時も、長期戦でこの恋を頑張ろうと思った。絶対に、俺の方を向かせて見せる! と。
だから、ことはさんが言ってたように、確かに気持ちを言うタイミングをはかってたのもある。
でも。
この日、焦りが出てきたんだ。
東条さんが譲子さんを見る目は、俺と同じだった。
譲子さんは、御堂さんのことをふっ切ったばかりで新しい恋をするとかそんな状況じゃないのは、夕貴さんに事情を聞いてなんとなく知っていた。でも、少しずつ俺の事を意識し始めてくれてるんじゃないかって、自信過剰になってた。
譲子さんが、東条さんと楽しげに話してるところを見るまでは……
そんな飴細工で出来たような自信は、すぐにぼろぼろになった。
波打ち際で、東条さんから譲子さんを引き離すようにした時、見つめてき彼女の瞳が純粋すぎて、俺って、ぜんぜん男としても意識されてないんじゃないかって、愕然とした。
そのすぐ後に、だ! 東条さんの告白現場を目撃して、そのあとの譲子さんがずっと上の空で。
長期戦とか、余裕かましてる場合じゃない。自信も余裕も、すべて吹き飛んで、頭にカッと血がのぼって……
もう、言わずにはいられなかったんだ!
「譲子さん、好きだ」
あの時の譲子さん、呆然としてたな。ちゃんと聞いてただろうか。
でも、気付いた俺の気持ちを言わずにいられなかった。言ってしまったのだから、もう進むしかないのだ。