デート前夜革命
夏休みが始まって一週間が経った。
私は、午前中は部活へ行き、お昼ご飯を食べに一度家に帰ってきてから、午後は市の図書館に夏休みの宿題をやりに行っていた。
その日も、市の図書館の談話室で本を何冊か借りて読みつつ、勉強をしていた。
トン、トン。
肩をたたかれて振り向くと、そこに御堂君がいた。
「隣、いい?」
そう聞かれて、うなずく。
御堂君は、椅子を引いて私の横に座ると、鞄からノートや参考書、筆記用具を出して、黙って勉強をし始めた。
だから、私も黙ってやりかけの問題集をまた解き始めたの。
問題集をきりのいいところまでやって、ふぅーと一呼吸。
ぱたんと、問題集を閉じる。
ふと、隣を見ると。
御堂君が片肘を机について、こっちをじぃーと見てて目が合った。
「終わった?」
そう聞く御堂君の机を見ると、すでに問題をやり終えたのか、参考書などは閉じられて、綺麗に脇に片付けられていた。
「うん。今日はここまでで終わりにしようと思って」
御堂君は、私の勉強が終わるのを待ってたようで、そう言うと、小声で聞いてきた。
「桜庭は、よく図書館来るの?」
「夏休みになってから、平日はだいたい来てるかな。御堂君もいつも来てるの?」
「いや、俺は調べ物があって来たんだ」
「そうなんだ」
「桜庭、中学の時も、学校の図書室によく行ってたよな」
御堂君が思い出したように言って、ふっと笑った。
「よく覚えてるね……、そんなこと」
私はちょっと恥ずかしくなって言うと。
「ああ、覚えてるよ」
懐かしそうに言って、うっとりするような甘い顔で笑った。
「また……図書館来ようかな」
そう言って、ぐぅーんと、両手を上に上げて、座ったまま背伸びをする御堂君。
「まだ調べ物があるの?」
私が、首をかしげて聞くと。
「いや。図書館に来て、また桜庭に会えるなら、来てもいいかなと思って」
くすっと笑って言った。
その言葉に、ドキンって、私の胸がはねた。
自分でも、カァーッと、一気に顔が赤くなってくるのが分かった。
御堂君は、そんな私を涼しげな瞳で斜めに見て、ふっと笑ったの。
✜✜
それから、本当に、御堂君は毎日図書館にやってきた。
私が勉強してると、声はかけずに隣に座って、読書したり勉強したりして、私がきりのいいところまで終わるのを待ってから、少し話して、一緒に帰るのが定番になっていた。
「図書館なんて、めったに来ないけど、涼しいし……いいな」
図書館からの帰り道。
御堂君が感慨深げに言った。
「だよね、私も図書館好き。なんか落ち着くんだよね」
くすっと笑って、私も頷いた。
ピロロン。
携帯が鳴って、みるとカンナから電話だった。
御堂君は私を見る。
「電話?」
「うん」
「どうぞ」
そう言うから、私は電話に出た。
「もしもし」
『…………』
「うん、今大丈夫だよ」
「うん、日曜日の10時にM駅ね。うん、うん。クスクス。大丈夫、わかってるよー」
そう言って、私は電話を切った。
携帯を鞄にしまってると、御堂君が前を見たまま聞いてきた。
「もしかして、菊池?」
「えっ?」
私は、ドキンっとした。
まさか、御堂君の口からカンナの名前が出てくるとは思わなかったから。
それに、今の会話でわかっちゃうなんて……
「菊池と、日曜出かけるの?」
「うん。実は、同窓会の次の日に遊ぶ約束してたんだけど、私もカンナもオールしちゃって。それで、予定をずらして、日曜に遊園地に行くことにしたの」
「そう……」
言って、御堂君の涼しげな瞳が、一瞬、いらだたしげに光ったように見えて。
私は、びっくりして御堂君を見上げると、御堂君ははっとしたように顔をそむけた。
「俺も、一緒に行っていいかな?」
振り返った御堂君が、魅惑的な甘い声で言って、私をじぃーっとみつめていた。
「えっと……」
私は、言葉につまってしまって、うつむく。すると。
くすっ。
「冗談だよ」
御堂君がそう言った。
びっくりして振り仰ぐと、そこには、息が止まりそうなほど綺麗な瞳があって、にこっと笑った。
「じゃ、俺、こっちだから」
そう言って、御堂君は片手をあげて、分かれ道を曲がって、行ってしまったの。
私は、その場に呆然と立ち止まって、しばらく御堂君の後ろ姿に見入ってしまった。
御堂君が、あんな顔で私を見るから、信じられないくらい胸がドキドキしてる。
うー、緊張した。
まったく、なんで御堂君はやたらに色っぽいのかしら。そして、そんな色っぽい目で見つめて、うっとりするような甘い声でしゃべるのかしら。
私は、なんだかわからないけど、どっと疲れてしまった。
そして、とぼとぼと歩きだして家路に着いたのだけど。
御堂君に翻弄される日々は、はじまったばかりだということに私は気づいていなかった。
そうして、二日後。
カンナと、約束した遊園地の駅には、なぜか御堂君と、そして、中野と夕貴もいて……
カンナとのデートは、デートと言えない形で終わったのだった。