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脱皮女と羽化男。

掲載日:2026/10/31


 相手好みの女になるらしい。


 付き合っている相手が変わるとすぐに周りの人間にバレた。


 意識しているつもりはないが、服装もメイクもがらりと変わるらしい。


 それはつまり自分自身のアイデンティティが一貫していないということで、一人間一大人として恥ずかしいことではないのかと自省する反面、男の趣味も一貫していないということで、それに関しては周りもそして自分自身も「なんでだろう?変なの」と笑い話にするくらいには守備範囲が広かった。


 別れは切り出されたこともあるし、切り出したこともある。


 拗れたこともあれば、あっさり終わった恋もある。


 何度も別れを繰り返すうちに、私は彼らの部屋にお土産を残すようになった。


 どうせ次の相手が見つかれば、またメイクもファッションも一から作り直しになるのだ。今、コイツに合わせて身に着けているものは全部廃棄となる。だったらと。


 私は彼の家に、彼と付き合っていた間身に着けていた服や靴、メイク用品なんかを全部置いて行った。


 内緒で二股していた男は、それでもうひとりの女と揉めたらしい。


 気の利かなかった男は、次にできた彼女にそれらを贈ったらしい。


 シブチンだった男は、フリマサイトに出品したらしい。


 未練がましかった男は、それを嗅ぎながら自慰に励んだらしい。


 一人ぐらいいるかなと思った、それらを使って自分でメイクして自分で着てみる男はふたりいて、


 ひとりは部屋の中で泣いて失恋を噛みしめて収まったらしいけど、


 もうひとりはのこのこと外に出た来ていた。


 なんか見たことある服を着た女がいるなあとは思った。見ず知らずの人間と服が被るってたまに聞くけど、捨てててよかった~案外恥ずかしいとか思って。顔、どんなんだろう?私より美人?とかチラ見したら、メイクもなんか似てて。美人かと言われたら、まあまあ、悪くは無いんじゃない?って感じで。そしたら待ち合わせなのかナンパなのか、男に声かけられてどこかに行ってしまった。


 三度、その女を見た。三度とも、私が捨てた服を着ていた。そして三度目にようやく気がついた。


 あれ、元カレだ。


 男に肩を抱かれてホテルに入って行く元カレは、わずかに振り返って口角を上げていた。


 過去イチ気持ち悪かった。


 私が着ていた服を着ていることとか、私が着ていた服で男とホテルに入って行くとか、そのままホテルで何する気だとか、そんなこと超越して、ただキモチ悪かった。


 別れて良かった、っていうか。


 もう、次からはお土産残さないで別れようと思った。


 



 

 大量の私物を残したまま、女が出て行った。


 普通自分の物ぐらい持って行くか捨てて行くかするだろう。こういうなにかにつけ丸投げしてくるだらしのないところが、いまひとつ好きにはなれない女だった。


 じゃあ、どこが好きだったのかと言われれば、単純に顔だったのかもしれない。


 背も高くてスタイルもいい。顔だって整っている女だった。


 だがファッションセンスは壊滅的だった。量販店の安いペラペラの服を平気で着ているし、メイクはbbクリームのみ。辛うじて眉は書いているが、アイメイクは面倒くさいとアイシャドウすら持っていなかった。


 素材は良いのにもったいないと言うと、「だってよくわからない」と言うので、こういうのとか似合うと思うよとネットで見つけたコーディネートを見せると、直に見ないとやっぱりよくわからないと言う。仕方ないので一緒にショップを回って買い物に付き合ったり、買ってあげたりしてるうちに「これってデートみたいだね」と言われ、付き合うことになった。今思うと、まんまとしてやられていたのかもしれない。


 でも実際買い物は楽しかった。


 俗に女の買い物は長くてつまらないと男は言う。だが、俺は楽しかった。


 色とりどりの、男のファッションとはまた違うひらひらした柔らかい布。明るい色や暗い色が星の数ほど明滅するコスメコーナー。顔なんてひとつなのに、よりどりみどり好きに選べて心が躍った。


 女と服、女とコスメを見比べて選んだものたちは、さんざん時間をかけただけあって女にとてもよく似合った。それらを身に着けた女はどこに出しても自慢できる最高のいい女に仕上がった。たぶん俺が隣を歩いていなければ、すぐさま誰かに声をかけられていたことだろう。


 それくらい美しくなれる服やメイク道具だったのに、女はすべてを置いて出て行ってしまった。


 勿体ないことをするとも思うが、女は恋の終わりと同時にすべてをリセットするという。仕方が無いことかもしれない。


 ゴミ袋に次々詰め込んだ女の遺物はかなりの量で、男の一人暮らしの一番小さなゴミ袋ではひとつに収まり切れなかった。ゴミ出し日に出していいのは一袋のみ。大きなゴミ袋を買ってこようかとも思ったが、たぶんこの一回だけのゴミ捨てのために10枚も入ったゴミ袋を買うのももったいない気がする。どうしようかと悩みながら持ち上げた女のワンピースの手触りが良くて、着てみようかという気持ちになってしまった。


 突然女装に目覚めたわけではない。本当に、単に手触りがよかっただけなのだ。すべすべしてゆったりすとんとした被るだけのそのワンピースは、夏にはありがたいほど涼しそうな感じがする。別に外に着て行くわけではないし、寝間着代わりに使えるかもと、ほんの出来心でTシャツを脱いで被ってみた。


 女が着ていたときより少し短くなった裾から出た足は筋張っているが、女より細い。ノースリーブから出た肩はごつごつと硬そうだが、女より細い。胸なんかあるわけないからぺったんこだが、腹回りも女より細い。くるりと鏡の前で一回転してみれば、女と同じように裾がふわりと広がった。


 悪くない。


 女の髪は長かった。あの髪が風になびくさまは綺麗だった。


 ウィッグ被ってこのワンピースでくるってしたら、あの綺麗な光景再現できるんじゃね?


 すぐ通販サイトでロングのウィッグをぽちった。


 外に出るつもりはない。家の中でウィッグ被ってワンピース着てくるってしたかっただけだ。だからメイクはするつもりはなかった。


 結局大きなゴミ袋は買わないまま、小さなゴミ袋に少しずつ、お気にのワンピ以外の女の遺物を混ぜ込んで捨てるつもりでいたが、作業ははかどらなかった。


 一回着てみて、似合わなければ捨てられるんじゃないか。


 素顔だから似合わないだけで、化粧してみれば似合うんじゃないか。


 シャドウの色が似あわないだけで、色さえ合えば服も似合うんじゃないか。


 化粧の技術が未熟なだけで、練習すれば可愛くなるんじゃないか。


 気がつけば女が置いて行った物よりも、コスメや服が増えていた。


 そして物が増えるごとに人に見せたいという気持ちが湧き上がってきた。


 女よりもこの服を着こなしている自分を。女よりも可愛らしくメイクしている自分を。


 きっと外に出れば女よりもモテるだろう。ひとりでいれば、こぞって男たちが声をかけてくるだろう。


 実際男たちは声を掛けてきた。ひとりでカフェにいたって待ち合わせかもしれないのだ。可愛くなければそうやすやすと声をかけようとは思わない。街角に立っていたのならなおさら。彼氏と待ち合わせかもしれないのだ。それなのに声をかけようなどと、それは思わずかけたくなるほど可愛いという証明ではないか。


 相手がいるわけでもない勝利に心の中でガッツポーズをしながら、声をかけられるたびに笑顔で逃げる。


 だが優位性というものは誰かに認められてこそ満足を得られる。


 女より俺の方が綺麗だ可愛いモテるということを見せつけたい。女の着ていた服で。女が使っていたコスメで。



 女は出会ったときのようなTシャツにストレートのパンツという色気も素っ気もない格好だった。こちらに気づいたようだが、もちろん無視した。そう時間もかからずに男に声をかけられた。黙って頷き、誘われるまま肩を抱かれる


 振り返って女に微笑みかけた。


 お前はこの服を着ていても俺以外の男に声はかけられなかっただろう。お前がこのメイクしていたときに俺以外の誰かに可愛いとか言ってもらえたか?


 女は呆然としていた。


 気が済んだ。




 部屋の中で声を出し種を明かす。ブチギレられたらホテル代払って土下座でもするかと。


 しかし男は一瞬呆気に取られたものの「そんなに可愛かったら、俺、イケるよ」とあっさりと言う。


 気分がアガった。


 口でしてやったら「上手だね、そこら辺の女より全然上手だよ」と褒められ、ますます気分が良くなった。



 

  おわり

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