SS ある夜の話3
同じ頃。
アルトリウスの部屋を辞したリゼアは、自室へと戻り、静かに灯りを落とした。
けれど、柔らかな寝具に身を沈めても、胸の奥に残る余韻が波のように揺れ、なかなか眠りは訪れなかった。
──あの、トーナメント戦の後。
夕刻、部屋に戻った彼女のもとを訪れたのは、姉のエフィだった。
「お、お姉さま……?」
不意の来訪に目を丸くするリゼアへ、エフィは穏やかな微笑を向けた。
「リゼア。今日の戦い、素晴らしかったわ」
その声は、誇りと、どこか安堵を含んでいた。
「お姉さま……見ていらしたのですか?」
「ええ。イリシャの戦いも、すべて」
一拍の沈黙の後、エフィは静かに問うた。
「……ねえ、リゼア。
あなたは、アルトリウス殿下の戦い方を、どう思って?」
その問いに、リゼアはひゅっと息を呑む。
やがて、静かに言葉を紡いだ。
「……とても、孤独な戦い方だと」
エフィの視線が、わずかに揺れる。
「あの力は……求めて得たものではなく、必然的に背負わざるを得なかったのだと……感じました」
言葉を探すように、ゆっくりと紡ぐ。
瞳に、柔らかな光が宿る。
「アル様は、お優しい方です。
あの魔力は……とても温かかった。
本来、人を傷つけることを望まない方なのでしょう。
だから……どうか、これからは、そのお心のままに歩める道であってほしいと……思っています」
その真摯な言葉に、エフィは目を見開いた。
「……リ、ゼア……」
胸の奥で、そっと呟く。
(ああ、やはり……。
あの方の孤独に触れられるのは、もしかしたら、あなたなのかもしれないわ……)
「お姉さま?」
「いいえ。なんでもないの。
ただ、あなたを労いたかったのと……」
エフィは小さく首を振り、微笑んだ。
「リゼア。あなたもイリシャも……私を超えたわ。
本当に見事な戦いだった。それを伝えたかったの」
リゼアは目を見開いた。
「お姉さま……っ!」
誇らしさと、戸惑いと、喜びが入り混じる。
その声は、かすかに震えた。
姉は静かに頷き、しばし他愛ない言葉を交わしたのち、静かに部屋を出ていった。
──そして、今。
ベッドに横たわり、リゼアは小さく寝返りを打つ。
(お姉さま……何を言いたかったのかなぁ……。
何か、言いかけていた気がするけれど……)
天井を見つめ、ゆっくりと目を閉じる。
瞼の奥に、翠の魔力が蘇る。
深い森のような、優しく、包み込むような温もり。
(エルハイムの、力……)
自然と、口元に淡い微笑が浮かぶ。
「行ってみたいな……アル様と、ラグナ様と……。
いつか……連れて行って、くれる……か、な……」
小さな呟きは、夜の闇に溶けていく。
やがて、思考はゆっくりとほどけ、深く、静かな眠りが、彼女を優しく包み込んだ。
*
――数年後。
ヴェルデン王国辺境伯ギルノード・クラヴィス、並びにノーザリア王国宰相クラウス・ベルトラム同席のもと、アルトリウス・キース・ノーザリア第四王子殿下と、リゼア・クラヴィス辺境伯令嬢の婚約の儀が執り行われたことは、王家の文書にも新しい。
その報は、ヴェルデン、そしてノーザリアの両国に瞬く間に広がり、驚きとともに、温かな祝福をもって迎えられた。
そして──
後に訪れたエルハイムの地でもまた、盛大な祝福があったという。
それがどのような光景であったのかを知るのは――王家でも一部の者と……銀狼のみ。
お互いを思いやる二人。
その優しさに溢れた膨大な魔力は、ノーザリアの魔核を成長させると共に、末永く魔脈を潤したという。
その力は収穫を促し、新たな魔石を生み出し、ノーザリアは、これまでにないほど豊かな国へと成長した。
かつて大地がひび割れ、飢餓に覆われた痕跡は、もうどこにもない。
人々の顔には笑顔があふれた。
吟遊詩人は、”幸せの国”ノーザリアを、高らかに詠う。
これは、ある夜、胸に灯った静かな想いが、やがて確かな絆となり、未来へ結ばれていったという、両国に語り継がれた、幸せの物語。




