SS ある夜の話2
部屋に、再び静寂が戻る。
紅茶の香りだけが、かすかに漂っていた。
『……アルトリウス』
低く、穏やかな声。
ラグナが、銀の尾をゆるやかに揺らす。
『お前の心は、これまでにないくらい穏やかに満たされているな』
アルトリウスは、少しだけ驚いたように瞬き、そして頷いた。
「……うん。
とても楽しい時間だったよ。
だって、あんな……」
自分でも意外なほど、素直な声音だった。
思わず、くすりと笑みが零れる。
わたわたと慌て、涙目になっていたリゼアの姿が、脳裏に浮かぶ。
訓練場で死闘を繰り広げた、あの凛とした剣士と、同一人物とは思えない。
訓練場で剣を交えたあのときの彼女は、鋭く、隙のない強さを纏っていた。
刃を向け合い、互いの命を賭ける覚悟で踏み込んできたあの瞳。
あまりにも鮮やかな落差に、胸の奥がくすぐったくなる。
「リゼア……不思議な子だ」
静かに呟く。
「一緒にいると、とても落ち着く」
ラグナが、低く笑った。
『あの子はいい子だ。それに……』
細められた深い森の瞳が、月光を映す。
『お前たちの魔力の親和性は、とても高い。
見ているこちらも穏やかになるくらいにな』
アルトリウスの心臓が、ひとつ大きく鳴った。
「そっ、か……」
胸の奥に、あの死闘の感触が蘇る。
斬り結び、ぶつかり合い、限界まで高め合った時間。
彼女になら、斬られてもいいと――ほんの一瞬、思った。
背中を預けるに足る実力。
真正面から向き合える強さ。
そして、今日。
なぜか話してしまった、己の出生――エルハイムの秘密。
(……ああ、そうか……)
それは、初めての感情だった。
――信頼。
そしてアルトリウスは、思い出す。
優しい言葉。
柔らかな声。
涙を滲ませながらも浮かべた、あの美しい笑み。
(僕が……誰かを信じ守りたいと……思える日が来るなんて……)
胸の奥が、わずかに熱を帯びた。
戸惑いと、照れと、説明のつかない感情が入り混じる。
アルトリウスはゆっくりと立ち上がると、窓を開けた。
夜風が、静かに流れ込む。
冷たい空気が、火照った頬を静かに撫でていく。
遠くで、夜の虫が鳴いている。
胸の内側に芽生えた、名づけようのない感情。
ラグナは何も言わず、ただ静かに佇んでいた。
アルトリウスは夜空を見上げると、そっと息を吐いた。
穏やかで、静かな――新しい感情の芽吹きとともに。




