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精霊たちと話せるので〜SS ある夜の話  作者: 高梨美奈子


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SS ある夜の話

時間軸としては、ep.575 「横断交流5」の夜の話です。

その夜。

静まり返った学院離宮の回廊に、かすかな足音が響いた。

窓の外には、淡い月光だけが漂っている。


リゼアは、ひとり、アルトリウスの部屋の前に立っていた。


幾度も逡巡し、引き返し、また戻り――。

冷え切った指先を握りしめ、ようやく扉を叩く。


ほどなくして、内側から足音が近づいた。


「……はい?」


扉が開き、驚いた表情のアルトリウスが現れる。


「え……? リゼア、さん?」


「夜分に申し訳ありません。アル様。

どうしてもお聞きしたいことがありまして……今、よろしいでしょうか?」


思いがけぬ訪問に、彼は一瞬言葉を失った。

だが、やがて頷くと、扉を大きく開く。


「……わかった。

どうぞ、入って。廊下は冷えるから」


「……申し訳ありません。

失礼いたします」


部屋の中は、穏やかな灯りに満ちていた。


「どうぞ。

熱いから、ゆっくり飲んでね」


差し出された紅茶から、白い湯気が立ち上る。


「申し訳ありません……。

いただきます」


リゼアは、冷え切った両手で、そっとカップを包み込んだ。

その温もりが、じわりと掌に広がる。


「……あったかい……」


やがて、頬にゆっくりと血色が戻っていく。

アルトリウスは彼女の正面に腰を下ろすと、口を開いた。


「……何か、あった? 

今日の試合のこと?」


「……はい」


リゼアは小さく頷く。


「とても、変なことをお聞きするかもしれません。

ご気分を害されたら、申し訳ありません」


そう言うと、深く頭を下げる。


「……え?」


困惑するアルトリウスをまっすぐ見つめ、リゼアは口を引き結ぶ。

そして、静かに言った。


「アル様。

あの時、アル様の中に、何か、別の力……魔力ではない何か……が、視えたのです」


その瞳は真剣だった。


「アル様の力に寄り添うような、そして、守り、導くような……大きな力でした。

あんなことは初めてで……。

あ、あの、すみません、私、変なこと言ってますよね……」


語尾が次第に小さくなり、リゼアは俯く。


しばしの沈黙。


「そう……」


アルトリウスの声は、柔らかかった。

そして、少し困ったように微笑むと、視線を宙へと向ける。


「……だって、さ。ラグナ。どうする?」


リゼアは、はっと顔を上げる。


「え? ら、ぐ……? え?」


その瞬間。

低い声が脳内に響いた。


『構わん』


淡い光が、部屋を満たす。

光の中から現れたのは、巨大な銀狼。


月光を宿したような毛並み。

夜空を映したような、深く澄んだ双眸。


リゼアは息を呑み、言葉を失う。

銀狼は静かに座し、彼女を見つめている。


「あ、あ……あなた、は……」


口をぱくぱくと動かすリゼアに、アルトリウスは眉を下げた。


「リゼアさん、驚かせてごめんね。

僕の守護獣で――ラグナと言うんだ」


そして語られる出会いの経緯。

己の出生――エルハイムでの出来事まで。


リゼアは静かに聞き入っていた。


「……そう、でしたか……」


アルトリウスは少し首を傾げる。


「驚かないの?」


リゼアは頷くと微笑んだ。


「最初は驚きましたが、お話を伺って落ち着きました。

あの澄んだ、見たこともない美しい魔力の謎も解けましたし」


そう言うと、彼女はラグナを見上げた。


「そうでしたか……ディオリア様と同じ、守護獣様でいらっしゃるのですね」


「ディオリア様のことを知っているの?」


「はい。辺境伯領の者は皆知っているかと。恐らくゼンウェールの者も」


そう答えた後、今度は彼女が首を傾げた。


「あ、あの、ラグナ様のことは皆さん、ご存じないのでしょうか?」


アルトリウスは頷く。


「今のところ、知っている者は限られているんだ。

国王陛下と王妃殿下はもちろんだけど、あとはカナ様、レイナルト殿下、セオ、ユリアン。

ミリア様とサラ様も知ってる。

それに、クラヴィス辺境伯と……エフィさん」


父と姉の名が出たことに、リゼアはわずかに目を見張る。


「そうですか……」


その様子に、アルトリウスは、少しだけ茶目っ気を滲ませる。


「あーあ。

それにしても、ずいぶんいろいろ話しちゃったなぁ。

これはほとんど、国家機密的なことだったりするんだよね」


その一言で、リゼアの顔色が変わる。


「わ、わ、私っ、だ、誰にも言いませんから!」


慌てふためき、身を乗り出す姿に、アルトリウスは思わず吹き出した。


「冗談だよ。大丈夫。君を信じて話したんだからさ」


半分涙目のリゼアが、かすれた声で言う。


「アル様ー……ひどいー」


ラグナが、静かに鼻を鳴らし、くつくつと笑う。


しばしの穏やかな歓談の後、やがてリゼアは立ち上がった。


「今日は……突然お訪ねして申し訳ありませんでした。

……本当に、ありがとうございました」


柔らかく微笑み、頭を下げる。


夜の廊下へと消えていくその背を、アルトリウスは静かに見送る。

部屋には、まだ紅茶の香りが残っていた。


夜は、深く、穏やかに更けていく。

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