傘
閉店の時間になると、店内の照明が少し落ちた。
東吾はシャッターを下ろし、鍵をかける。
外に出た瞬間、湿った空気が肌にまとわりついた。
雨は相変わらず、同じ調子で降っている。
店先の屋根の下に、人影があった。
黒い傘を持って、壁にもたれている。
スマホを見ていた律人が、顔を上げた。
「おつかれ」
それだけ言って、軽く手を上げる。
東吾は小さく頷いた。言葉は、
それで足りた。
律人は傘を少しだけ傾けて、
「入る?」と短く聞く。
断る理由はない。
東吾は黙って、その中に入った。
肩と肩の距離が、自然と近くなる。
雨音が、傘の布を打つ。
駅までの道は、覚えている。
何度も一緒に歩いたから。
律人は、特に何も話さない。
東吾も、何も言わない。
それが、楽だった。
信号待ちで立ち止まると、
律人が無意識に傘を寄せる。
その動きに、意味はない。
たぶん。
電車は、混んでいなかった。
座席に並んで座ることもなく、
ただ同じつり革につかまる。
揺れに合わせて、距離が少し縮まる。
触れそうで、触れない。
律人の家の最寄り駅で降りると、
雨は少しだけ弱くなっていた。
「このまま、来る?」
問いかけは、確認というより形式的だった。
「……うん」
返事は短くて、
それ以上の意味を持たせなかった。
アパートまでの道を、また並んで歩く。
足音が、濡れたアスファルトに吸い込まれる。
東吾は、前を見ていた。
隣にいることを、特別だとは思わない。
ただ、
この距離が、途切れなければいい。
そう思ったことに気づかないまま、
律人の家の灯りが見えてきた。




