雨
雨の日は、客足が鈍る。
本屋の入口に敷かれたマットは、水を含んで色を変えていた。
金崎東吾はレジの奥で、積みなおした文庫本の背を指で揃える。
雨音は、ガラス越しにくぐもって聞こえた。
「これ、ください。」
差し出された一冊の本を見て、ほんの一瞬、指がとまる。
有名なミステリー作家の代表作。漆黒の背景に一輪の赤いバラ。
何度も目にした表紙だった。
理由はない、ただ胸の奥が少しだけ引っかかる。
バーコードを通すと、機械的な音が、狭く蒸し暑い店内に突き刺さる。
それだけで、思考は現実に戻った。
客が出ていくと、店内はまた静かになる。
雨音と、空調の低い唸りだけ。
東吾は小さく息を吐いた。
六月の雨は、しつこい。強くも弱くもならず、ただ同じ調子で降り続く。
店の照明に照らされた窓ガラスに、水の筋がいくつも走っていた。
閉店まで、あと一時間。レジ下の引き出しを整え、レシートの端を揃える。
やることは決まっていて、手は勝手に動く。
ポケットの中でスマホが震えた。
また、一瞬だけ動きが止まる。
それから、何事もなかったかのようにスマホを取り出した。
やっぱり。
草薙律人からだった。
短い文面で
「今日、空いてる?」
たったそれだけ。
東吾は画面を見つめたまま、数秒動かなかった。返信欄を開いて閉じる。
もう一度開いて、今度は時間を確認する。
空いてるかどうかなんて、考える必要もない。
バイトが終われば、特に予定はない。律人だってそれをわかってる。
「何時?」
送信。すぐに既読がつく。
少しして
「迎えに行く」
とだけ返ってきた。
東吾はスマホをポケットに戻した。特に、特別なことは起きていない。
ただ、レジ横の時計を見る回数が少し増えた。
外の雨はまだ止みそうにない。
でも、雨を理由に今日を憂鬱だともおもわなかった。




