最終話 報告
厚い雲は消え去り、空が燃えるような赤と紫に染まる夕暮れ時。
荒んだ牢獄の床には、乱れた衣服と短刀が転がっていた。
皓月は衣をはだけたまま、机に向かって黙々と筆を走らせている。
その首筋には、激しい葛藤と愛憎の跡が刻まれていた。
【報告】
昨夜、北狼軍の精鋭による大規模な奇襲が発生。報告者は重傷を負うも、軍営の献身的な援護と手当てにより、辛くも生還いたしました。
この奇襲において、将軍は鬼神の如き武功を発揮し、敵軍の大半を殲滅。
その活躍ぶりはすでに辺境の民すべてに広まり、将軍への信頼は揺るぎないものとなっております。
この高まった民意を鑑みますと、今将軍を処断することは、国内の混乱を招き、却って陛下の威光を損なう結果となります。
よって当初の密命である将軍の抹殺を、即座に行うことは見合わせます。
しかしながら、報告者はこの数日で将軍からの絶大な信頼を得ることに成功いたしました。
今後数年をかけ、報告者は軍内部に深く介入し、必ずや将軍の命を奪い、密命を完遂いたします。
陛下の御世の安寧のため、長期的戦略をもって任務を続行したく、ご裁可を賜りますよう伏してお願い申し上げます。
*
「────陛下はよほどお前のことを信頼しているらしい。この先何年かかるやも知れぬ曖昧な任務を、あんな報告書一枚で承諾するとは」
凛華は穏やかな日差しの中で、額の汗をぬぐいながら言った。
「私は生まれてこのかた、陛下の期待を裏切ったことがありません。それに、“すでに将軍は篭絡済み”と申し上げましたから」
涼しい顔で答える皓月。その言葉には一切の迷いがない。
「“篭絡済み” ……か」
上品な唇からつむがれた、何ともあけすけな言葉に凛華は苦笑した。
それにしても、あの皇帝がこれほど深い信頼を置く人間が、自分の他にもいたとは。予想外の事実に凛華はわずかな嫉妬心さえ覚える。
「ところでその報告……本当に“偽り”なのか?」
間髪入れず放たれた問いに、皓月は手を止めた。
「……」
凛華は思う。
『皇帝の期待を裏切ったことがない』という彼の深い忠誠心は、ほんの一時も揺らぐことなく、今この時でさえ続いているとしたら?
あの夜、身を挺して凛華を助けたのも、その後の苦痛に満ちた葛藤も、全ては凛華を篭絡するため。彼の組み上げた緻密な作戦の内だったとしたら───。
皓月の真の目的は、まさに報告書へ記したとおり、数年かけて軍の内部に介入し、いずれ凛華の息の根を止めることではないのか?
「さあ……どうでしょうか」
皓月は足元に生える小さな苗を見下ろしながら、唇の端を上げる。
そして手にしていた鍬を、再びふり下ろした。
「ふふっ」
それはそれで面白い、と凛華は笑いながら、ともに固い土を耕した。
【完】
お読みいただきありがとうございました。
文字数1万字以内の短編を目指してましたが、どうしても収まらず……といった作品です。
今後もこのような短めの連載作品をいくつか書いていきたいと思います。
もし気に入っていただけましたら、ブクマやリアクション感想評価★などいただけると大変ありがたいです。
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