【第1話】竹内サトミ(3)
今日は土曜日だ。
おれは午前中で授業が終わる土曜日が、一週間のうちで一番大好きだ。
いまやっている掃除さえすませば、まだ太陽がきらきらと輝いているうちに、このうす暗い教室から解放される。
そして午後はまるまる、大好きなサッカー部の時間。
梅雨もあけて、きょうは久しぶりにすっきりと晴れている。
おれは教室の窓から上半身を投げ出して、黒板消しをはたきながら、抜けるような青空を見上げていた。
「ユキリンのやつ、きょう、ずる休みしたんだぜ!」
いつのまにかとなりにいたタカシが、雑巾をぶんぶんとふりまわしながら、吐き捨てるように言った。
ユキリン?
一瞬、誰のことかと思ったけど、すぐに思い出した。
同じクラスの大友ユウキだ。
タカシは、ユキリンというニックネームを、クラスじゅうに広めようとしているのだが、いまのところ使っているのはタカシだけだ。
ちなみに大友ユウキ本人も、そのニックネームは認めていない。
「なんでそんなこと、わかるんだよ」
「なんでって……。おまえ、きょうファイナルクエスト3の発売日だぞ。あいつ、いっつもすばやく手に入れて、一番早くクリアしたって自慢するじゃないか」
「そうだっけか」
だれが一番早くゲームをクリアするかなんて、おれにはどうでもいいことだ。
しかし、ふだん自慢話ばかりしているタカシにとって、他人の自慢話を聞かされることは、たまらなく苦痛なのだろう。
「ならおまえも、学校を休んで買いに行けばよかったじゃないか」
とたんにタカシが、しゅんとして肩を落とした。
「おれ、いま金欠なんだ。月末のこづかい日まで、とても買えやしないよ……」
それはおれも同じさ。
そうこたえようとしたとき、背中ごしに、かん高い怒鳴り声が聞こえてきた。
「ちょっと竹内さん! ぼさっとしてないで、さっさと埃まとめてよね!」
この声は、女子たちのリーダー、佐々木ヒロミだ。
「いつまでたったって、掃除が終わらないじゃない!」
ふり返れば、教室のうしろに、ほうきを手にした女子たちが集まっていた。そのなかで竹内サトミは、ひとりしゃがみこんで、ちりとりに埃をまとめている。
「言われるまえにやってよ。気がきかないんだから……」
集まっていたほかの女子たちも、ヒロミに倣うようにサトミにきびしい目をむけていた。
「それが済んだら、もとの位置に机をもどしてね」
「イスも全部降ろすのよ」
「ついでにゴミも捨ててきてね〜」
次々と女子たちに仕事を押しつけられても、竹内サトミは文句ひとつ言わず、にこにこと微笑みながら、うなずいている。
「なあケンヂ、おまえも買うんだろ、ファイクエ3。なあ……」
背中に話しかけるタカシの声を、おれはうわの空で聞いていた。
竹内サトミを、ずっと見ていたんだ。
楽しげにおしゃべりをする女子たちとは、まったく別の次元にでもいるかのように、サトミはたんたんと頼まれた作業をこなしていた。
教室のまえにまとめられた机を、がたがたと引きずりながら、もとの位置へもどし、汗ばんだ額をハンカチでふきながら、次々とイスを降ろしていく。
不満そうな表情ひとつ、浮かべることもない。
ただ、別の次元で楽しそうに笑っている女子たちを見たときだけ、とても寂しげな目をしたのを、おれは見逃さなかった。
ゴミ箱をかかえて、サトミがひとり教室を出ていく。
おれは急いであとを追うと、サトミの手からゴミ箱を取り上げた。
「えっ、なあに……」
おどろいたサトミが、目を丸くしておれを見た。
「おれだって一応、掃除当番だからさ」
目も合さずにそれだけ言うと、おれはゴミ置き場へ走った。




