【第10話】羽化(5)
「父さん、母さん……。いきなりいなくなっちゃって、ごめんなさい……」
と、そのとき、そっと誰かに背中を抱かれた。
ほんのりとあたたかい体で、やさしくおれを包んでいた。
目をあけてふりむく。
それはサトミだった。
朝日に照らされてきらきらと輝く、透けるほどにうすいストールをまとったサトミは、羽化したばかりの蝶のようにきれいで、神々しくさえ見えた。
「この空を飛ぶことができるストールはね、お母さまのなの」
サトミがやさしく微笑みながら、そのストールをおれの体にも巻いた。
「ケンヂくんが光のなかへ入ったとき、お母さまが、わたしの肩にかけたのよ。
お母さまも、本当はこの街で暮らしたかったんだって……。
わたしとお父さま、そしておじいさまやこの街のひとたちと一緒に……」
街が大きくなっていく。
商店街も、踏切も、一本道も、ひょうたん池も――。
「お父さまも、わたしが成人するまで、この街にいることを許してくれたの。
ありがとうケンヂくん。約束どおり、ちゃんと守ってくれて。
……ケンヂくん、大好き」
きらきらと輝くストールが、まるで蝶のはねのように左右に広がる。
さなぎから蝶へと羽化したおれたちは、まだ心もとない軌跡を描きながら空を舞い、ゆっくりと故郷の街へ降りていった。
* * *
「……ヂくん、ケンヂくん、ケンヂくん」
目をあけると、目のまえにサトミの顔があった。
にっこりと微笑んで、おれの顔をのぞきこんでいる。
ぼんやりとあたりを見まわすと、そこは木漏れ日のさしこむ、竹林のなかだった。
「大丈夫? どこも痛くない? ケンヂくん、あすなろの木から落ちたまま、ずっと気を失っていたのよ」
「あすなろの木から、落ちた……?」
頭のすぐそばに、太いあすなろの木の幹があった。
すっかり青くなった空に向かって、一直線にのびている。
おれは体をおこすと、そばにすわっているサトミに言った。
「おれは平気。そんなことより、サトミは大丈夫なの? おれのせいで、両親と別れちゃってさ」
「えっ?」
「だからその……。こっちの星でひとりで暮らすことになっちゃっただろ」
「こっちの……星……?」
「おれ、約束するからさ。サトミが成人して、両親が迎えにくるその時まで、サトミのこと、ずっとずっと、守っていくよ!」
不思議そうな顔でおれを見つめていたサトミは、とつぜん、はじけるように笑いだした。
「だって、ほら。この竹林の上に浮かんでいた円盤に乗って、本当は昨夜、故郷の星へ帰るはずだったじゃないか」
「ケンヂくん、怖い夢を見ていたのね」
涙を流しながら笑っているサトミは、そう言って地面の土をつかんだ。
「これを見て。ここ、おじいさまのタケノコ畑だったの。秋になったらワラをしいて、その上に土をかぶせるのよ。すごくしめっていて温かいでしょ?
ケンヂくんの予想どおり、竹林の上だけ光が反射するのは、夜になると、ここから蒸気がのぼって霧が出るためなの」
おれはわけがわからずに、ぽかんと竹林を見上げた。
「うそだろ……。あれ、ぜんぶ夢だったの?」
サトミはやさしく微笑みながら、おれを見つめていた。
「ありがとうケンヂくん。約束どおり、ちゃんとわたしを守ってくれて……」
そして、おれの背中をやさしく抱きながら、夢でも聞いた言葉を言った。
「ケンヂくん、大好き……」
その肩に、木漏れ日をうけてきらきらと輝く、透けるほどにうすいストールがかかっていたけど、おれはもう、なにも聞かなかった。




