【第1話】竹内サトミ(1)
「出かけるときはしっかり戸締まりするのよ。最近、このあたりもぶっそうになったんだから。それから火のもとだけは気をつけてね。ねえ、聞いてるの? ケンヂ!」
食器を洗いながら、母さんが怒鳴っている。
それでもおれは返事をしなかった。
きょうは早く起こされて、ちょっと機嫌が悪いのだ。
土曜日は部活の朝練が休みだから、いつもより遅くまで寝ていられるというのに――。
「それから、せっかくひさしぶりに晴れたんだから、洗濯物干していくからね。学校から帰ったら、ちゃんと取り込んでおいてよ。梅雨があけたからって、また、いつ雨が降りだすか、わかったもんじゃないんだから……」
すっかり冷めたトーストと目玉焼きを見つめながら、ミルクと砂糖をたっぷり入れた珈琲をすすった。
ぬるい。
「留守中の食事は、冷蔵庫のなかに用意してあるからね。レンジでチンすればいいんだから……。わかったの? もう、ケンヂったら!」
きょうから両親が泊まりがけの旅行へでかける。
一週間もまえから、しつこく一緒に行こうと誘われてきたけれど、六年生にもなって親と一緒に旅行だなんて、恥ずかしくてたまったものじゃない。
おれはそのたびに『絶対に行かない』と、首を横にふってきた。
「おまえも一緒にくればいいんだ」
広げた新聞に目をやりながら、今度は父さんが言った。
「小学校なんか一日くらい休んだって平気だろ。そのために高い月謝をはらって、有名な進学塾にやっているんだ」
返事なんかしない。
そう心に決めていたはずなのに、父さんのその言葉には、思わず反論してしまった。
「塾でサッカーは教えてくれないだろ」
すると父さんは、ばさりと新聞を閉じて、おれをにらみつけて怒鳴った。
「勉強をしろ、勉強を! サッカーなんかどうでもいい。来年は、私立中学の受験なんだ。塾だけは絶対にさぼるなよ!」
結局、玄関を閉める直前まで、両親は小言を言いつづけながら出かけて行った。
ようやく、家のなかに静寂がおとずれる。
なんであんなに口うるさい両親から、おれみたいに物静かな子どもが産まれたのだろう。
派手なあくびをしながらリビングへもどると、おれはソファに寝転んだ。
「毎日毎日、やかましく言われつづけていれば、だれだってうんざりして、口数も減るってものか……」
時計を見上げると、まだ七時まえ。
いくら一緒に朝食をとるのが我が家の決まりとはいえ、遊びに行く者の時間に合わせて、留守番する者も早起きしなきゃならないなんて不公平だ。
おれはもう一度、ソファで眠りについた。
✴︎
「だからさ、真夜中に迎えにくるんだよ!」
阿部タカシの声は、あいかわらずでかい。
クラスメイトたちがおどろいたように、おれたちに注目したあと、けげんそうに眉をひそめて、またおのおのの話題へもどっていった。




