【第9話】逃走(2)
「来たんだ……」
天井を見つめたまま、サトミがこわばった表情でつぶやく。
「この上、わたしの部屋なの。……ケンヂくん、早く逃げて!」
「だめだよ! 一緒にどこかへ隠れよう!」
おれはサトミの腕をつかんで、リビングのドアから玄関ホールへとび出した。
と、同時にドアの開く音が、吹き抜けを通して聞こえてきた。
低い足音が、二階の廊下を移動しているのがわかる。
おれは足音をさせないようスリッパをぬいで裸足になると、サトミに耳打ちした。
「ここから階段のまえを走って、むかいの部屋に隠れるんだ。行くよ!」
サトミの手を引いて、いっきに玄関ホールをかけ抜ける。
ほんの一瞬、階段を見上げたとき、踊り場のあたりに黒い人影を見たような気がしたけど、おれはそのままむかい側の壁までいっきに走り、一番手前にある観音きのドアをあけ、食堂のなかにすべりこんだ。
ドアにもたれかかりながら、考える。
この食堂に逃げこんだところを、見られてしまったかもしれない……。
長いテーブルの上に置かれた銀の燭台が、うっすらと白みはじめた外の明かりをうけて、にぶく光っている。
「もう夜が明け始めている……。館のなかに隠れるより、外に出たほうがいいかもしれない。太陽の光にさらせば、あんな幽霊、消えていなくなっちゃうよ!」
おれはぐるりと食堂を見まわして、左側の壁にあるドアをあけた。
思ったとおり、ドアはとなりの厨房とつながっていた。
おれはそのドアをあけ放したまま、サトミと食堂のテーブルの下に隠れた。
「もしあいつがこの食堂に来たとしても、あけっ放しのドアを見れば、おれたちが厨房に隠れたと思って厨房へ行くはずだ。そのすきに玄関まで走って、外へ逃げよう!」
不安そうにうなずくサトミと強く手をにぎりあいながら、ふたりでじっと息を殺す。
カツン……。
低かった足音が、硬い足音に変わった。
階段から、大理石がしきつめられた玄関ホールに降り立ったのだろう。
行き先に迷っているのか、しばし沈黙の時間がつづく。
サトミの手をにぎる、おれの手にも汗がにじむ。
カツン……。カツン……。
ふたたび玄関ホールに鳴り響いたその足音は、無情にも、じょじょにこちらに近づいてきた。
サトミの肩が震えている。
おれはサトミの肩をぎゅっと抱きよせながら、目のまえのドアを見つめた。
きしんだ音を響かせながら、まるで風にでも押されたかのように、静かに、ゆっくりと、観音開きのドアが開いていく。
思わず叫びだしそうなサトミの口を押さえ、ドアを見つめる。
足音が食堂のなかに入ってきた。しかし、姿はまったく見えない。
足音だけが、おれたちが隠れているテーブルのわきを、ゆっくりと歩いている。
その足音が、ふいに止まった。
そこは、あけ放しておいた、厨房のドアのまえ。
やがて足音は、となりの厨房に移動していった。
やった! うまくいった!
押し殺した声で、サトミにささやく。
「いまのうちに、この食堂から逃げ出そう」
サトミは、おれの手をぎゅっと強くにぎり返して、うなづいた。
「いち、にの……さん!」




