【第8話】目覚め(2)
「そうだ! いいもの見せてあげる。ゲームなんかよりもっと面白くて、だれも見たことがない不思議なもの!」
いまにも倒れそうなほどに頭がぼんやりとしているおれに、サトミが声をはり上げて言った。
「だれも見たことがない、不思議なもの?」
ほんのすこしのぞかせたおれの好奇心を、サトミは見逃さなかった。
「きて! 見せてあげる」
サトミはソファの上にあった赤いチェックのストールを肩に羽織ると、おれの手を強引に引っぱって、部屋からとび出した。
*
満月は、もう館の裏側にいるのだろう。
アーチ形の窓からさしこんでいた月明かりは、いまはもうない。
モノトーンに沈む玄関ホールに、サトミが羽織った赤いストールだけが色づいて見える。
おれはてっきり、むかい側の部屋にでもいくのだろうと思っていたが、サトミはストールをひらりとひるがえし、階段を上がりはじめた。
その足がぴたりと止まる。
「どうしたの?」
サトミはじっと、階段のつきあたりに飾られた肖像画を見つめていた。
「なんでもない……。こっちよ、ついてきて」
足早に階段をあがるサトミは、肖像画から目をそらすようにして、つきあたりの踊り場から左右にのびる階段を右へ曲がった。
おれも、急いであとを追う。
階段を上がると、肖像画の男とはいやでも目が合った。
この人が、サトミのお父さんなんだろうか……?
肖像画の男は、あいかわらずするどい目つきで、おれのことをにらみつけている。
おれはその視線に耐えきれず、そっと顔をふせて肖像画のまえを通りすぎると、すばやく踊り場を右に曲がって階段をかけあがろうとした。
そのとき――。
(オマエハ、ダレダ……)
その声は、おれの背後から聞こえてきた。
低い、男の声。
おどろいてふり返ると、いつのまにか肖像画の男の目が、ぎろりとおれをにらみつけていた。
あわてて目をこすり、じっとよく見る。
肖像画の男は、まっすぐまえを見つめていた。
「ケンヂくん、こっちよ」
階段の上からサトミが呼びかける。
「ゲームのやりすぎだ……」
おれは、ぎゅっと目頭を指でおさえて、階段をかけ上がった。
サトミは二階の右側の壁にならぶドアの、一番奥のドアの前にいた。
この館で唯一、開けることができなかったドア。
ポケットから取りだした鍵を、ドアノブの鍵穴にさしこみながらサトミが言った。
「ここ、ふだんは使っていないんだけど……」
そっとドアをあける。
部屋だと思っていたそのドアのさきには、せまくて急な階段が上へとのびていた。
まっ暗な闇へとつづく階段。
ぎしぎしときしむ音をたてながら階段を上がるサトミの姿が、闇へと吸いこまれていく。
「ま、まって……」
思わずおれは、声を上げてしまった。
「怖がりって言ってたわりには、わりと平気そうだね」
「えっ」
サトミは、はっとしたような顔でふり返った。
「怖いよ。けど、ケンヂくんが一緒だから……」
サトミはそう言うけど、おれのほうがよっぽどびびっていた。
「どうする? やめようか……」
「ち、ちがうよ! サトミが平気なら、おれは全然いいんだけど……」
びびっているのがサトミにバレたんじゃないだろうか?
おれは急に恥ずかしくなって、サトミの横をすり抜け、暗闇に包まれた階段をかけ上がった。




