【第7話】あやしい人影(1)
一階左側にある一番手前の部屋。
まだ確認していない、この最後のドアは、すでに薄くあいている。
おれはドアの隙間から、ゆっくりと中をのぞいた。
青白い光が、すすけたレースのカーテンをすかして、部屋のなかを照らしている。
そこは、小さな部屋だった。
壁に備えつけられた本棚には、ずらりと本がならんでいる。
窓に面した机と、深々とした座り心地のよさそうなイス。奥には小ぶりなベッドが置かれていた。
部屋のなかに、足を一歩ふみいれる。
そのとき、机の上できらりと光るものが目に入った。
それは月明かりを反射した、銀色の写真立て。
おりたたみ式になっていて、片面には、おじいさんに抱っこされた、おさない少女の写真が入っている。
写真の少女はサトミだろう。ぱっちりとした目もとに面影がある。
もう片面の写真に目をうつしたとき、おれの心臓はどきりと波打った。
そこには若い男が写っていて、それはまぎれもなく、肖像画の男だったのだ。
もしかすると、この男はサトミの父親ではないだろうか? どことなく、となりの写真のおじいさんと、雰囲気がよく似ている。
「サトミのお母さんの写真は……」
部屋を見まわした、そのとき。
ガチャリ。
ふいに背後から聞こえた、ドアの閉まる音。
ふり返ると、あけ放しておいたはずのドアが、いつのまにか、ぴたりと閉じられている。
「きゃああああ!」
とつぜん聞こえたその悲鳴は、壁に備えつけられた本棚越しに聞こえてきた。
この壁のむこうは、リビングだ。
「サトミ……!」
いそいで部屋から出ようとドアに飛びつく。
が、なぜかドアノブは凍りついたように固まって動かない。
「サトミ、聞こえるか! いまそっちへ行くから!」
大声で叫びながら、どんどんとドアをたたく。
しかしドアは、押しても引いても、ぴくりともしなかった。
おれは部屋の奥まで大きく後ずさりすると、ドアに向かって突進した。
部屋の窓ガラスがびりびりと震えるほど、おもいっきり体当たりをしたが、逆におれがはじき返されて部屋のなかにしりもちをついた。
まるでコンクリートの壁にぶつかっているみたいだ。
起き上がって、ふたたびドアに突進する。
なんどもなんども体当たりしたが、やっぱりドアは、びくともしなかった。
「おかしいぞ……。これじゃまるで、この部屋におびきよせられて、閉じこめられたネズミじゃないか……」
もう一度、体当たりしようと後ずさりしたとき、床にのびた月明かりが目に入った。
机に飛びのり、月明かりがさしこむ窓に手をかける。
「……やった!」
案の定、その窓は開くことができた。
大きくあけた窓から、ひんやりと冷たい風が部屋に吹きこむ。
目のまえに、群青色に染められた庭園が広がっている。
おれは裸足のまま窓から外に飛び降りると、冷たい感触のタイルの上を走り、館のわきへ向かった。
リビングの窓から、一刻も早く、サトミの無事な姿を確認したかったのだ。
しかし、館の側面にならんだ窓の内側には、どれもぴったりとカーテンが閉じられていた。
あせる気持ちをけんめいに抑えながら窓じゅうに目を走らせる。
すると一カ所だけ、光の筋がもれ出している窓を見つけた。
カーテンとカーテンの合わさりにできた、ほんの数ミリしかないわずかな隙間。
顔を窓に押しあて、その隙間からなかをのぞきこむと、ほの暗い部屋のなか、テレビの明かりにぼんやりと照らされた、サトミのうしろ姿が見えた。
「サトミ! この窓をあけて!」
ばんばんと窓をたたきながら叫ぶが、サトミはまったく聞こえないのか、部屋のまんなかで立ちつくしている。
「サトミ! この窓を……」
そのときだった。
おぼろげなふたつの黒い人影が、サトミに近づいていくのが見えたのは――。




