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月神山の不気味な洋館  作者: ひろみ透夏
プロローグ 不可解な空間

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2/25

【プロローグ】不可解な空間(2)

 

 足をケガしないよう、今度はすり足でゆっくりと進み、あすなろの木にたどりついた。

 間近(まぢか)で見るあすなろの木は、思った以上に大きく、たくましい。


 でも……。



「太い(みき)にくらべて、枝は細くて、やわそうだな。こんな木、のぼれるかな……」


「ねえ! ケンヂくん、いまどこお?!」


「いま、木をのぼってるとこ!」



 いまさら、あきらめて帰るなんて、かっこ悪くてできない。

 おれはあすなろの木の幹にしがみついて、上を見上げた。


「とりあえず、あの一番下の枝まで、ざっと三メートル。あそこより上は枝がたくさん生えているから……」


 太い幹を両腕と両足でしっかりとかかえこみ、地面から足をはなした。


「よし。この木肌(きはだ)、ざらざらしているから、すべり落ちずに、なんとかのぼれそうだぞ」


 手と足、交互に力をこめながら、上へ上へとむかう。

 ようやく最初の枝に手をかけると、鉄棒でけんすいをするように、いっきに体を引っぱり上げて、枝の上に腰をおろした。


 ふう……。


 と、一息ついて見上げれば、次の枝は、もう手をのばしたさきにある。

 ここまでくれば、あとはジャングルジムみたいなものだ。

 おれは得意になって、すいすいとあすなろの木をのぼった。


 しばらくすると、竹林(たけばやし)のてっぺんから、とつぜん頭が抜けだした。

 ぐんと視界がひろくなる。



「へえ。けっこう見晴らしいいじゃん、ここ」



 目のまえに広がる、竹の葉の草原。

 その草原をすべるように吹く風が、汗ばんだ顔をひんやりとなでる。


 あすなろの木を見上げれば、幹はまだ上へ上へとのびている。しかし、このさきはのぼらないほうがいいだろう。幹から生えた枝が、もうずいぶんと細くなっているのだ。


 おれは幹にしがみつきながら、ぎしぎしと音をたててしなる枝の上で、慎重に立ち上がった。



「うわあ……」



 竹林は、この一本のあすなろの木をさかいに終わりをみせ、そこからさきは、急な山肌(やまはだ)をくだる斜面に杉林(すぎばやし)がつづいている。


 そして眼下(がんか)には、宝石箱をひっくりかえしたような街の光が、一面に広がっていたのだ。


 満月は西の空の低いところにあるから、あと数時間で夜が明けるはず。

 それでも週末ということもあってか、手前にある住宅街の(あか)りは、いまだぽつぽつと輝き、線路のむこうには、きらびやかな街の灯りが広がっている。


 まるで打ちよせる波のように、光りの群れが、この山のふもとに(せま)ってくるように見えた。



「ケンヂくん!」


 サトミの声に、おれは(われ)に返った。


「いっけね。あんまり景色(けしき)がいいもんだから、目的を忘れるところだった」


 サトミのいる屋敷(やしき)のほうへふり返ると、懐中電灯のまぶしい光が目に飛びこんできた。


 おれは大きく手をふり、その手で自分の右側を指をさした。

 懐中電灯の光を反射する、奇妙な空間があるところ。


 まぶしかった光が、ついっと移動する。



 そのときだった。


 とつぜん光が、何もないはずの空間で反射したのだ。




 思わず息をのんだのも、無理はない。

 その『()()()()()』は、おれのすぐ目のまえにあったのだから。


 ガラスのように透きとおる巨大な物体の一部が、懐中電灯の光に照らされ、ゆるやかなカーブを(えが)輪郭りんかくを、ぼんやりと暗闇に浮かび上がらせている。


 手をのばせば、さわれそうなその物体に、おれの顔がうつっていた。



「なんだよ……これ」



 そっとのばした指先が、透明な物体にふれる。

 まるで水にでも触れたかのように、物体の表面に波紋(はもん)が広がった。

 うつしだされたおれの顔が、ゆらりゆらりと揺れている。


 気のせいだろうか?

 にやりと笑ったように見えるその口もとが、かすかに動いて見えたのは――。


 のぞきこむように、その口もとを見つめていたとき、おれはたしかに聞いたんだ。



(オマエコソ、ダアレ……?)



「…………!」



 驚きと恐怖で、全身に稲妻(いなずま)のような衝撃が走る。

 おれは枝から足をふみはずし、うしろへ倒れるようにあすなろの木から落下してしまった。


 まっさかさまに落ちながら、頭のなかでは、ただただ、物体にうつしだされた自分の顔と、その口から(はっ)せられた不可解(ふかかい)な言葉が、壊れたレコーダーのように、くりかえし、くりかえし、再生されていた。



(オマエコソ、ダアレ……?)

(オマエコソ、ダアレ……?)

(オマエコソ、ダアレ……?)



 なんだよ、いまの……。

 でも、あの声、どこかで聞いたような……。



 ふっと目のまえが暗くなる。

 深い深い闇のなかへ、意識が落ちていく。



 おれ、ここで死ぬのかな……。

 なんで、こんなところにいるんだっけ……。

 そうだ。サトミに()まりに来るようにさそわれて……。




 そして……。





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