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月神山の不気味な洋館  作者: ひろみ透夏
第4話 不気味な洋館

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【第4話】不気味な洋館(3)

 

「もうすぐ、ごはんできるよー」


 はずんだ声でサトミが言う。

 なんでそうも簡単に、そういうことが言えるのだろう。


 そりゃあ、ごはんができたのだから、そう言うのはあたりまえだけど、母さんに言われるのとはわけがちがう。


 おれはすぐにゲームを中断させて、立ちあがった。



「手を洗ってくるよ。洗面所、借りていい?」


「あ、まって。いま案内するから」


 サトミが料理の手をとめて言った。


「大丈夫。洗面所ぐらい、ひとりで行けるから」


「そうだけど……。この部屋を出て、階段をはさんだむかい側の一番奥のドアよ。すぐにもどってきてね」


「わかってるって」


 いまにもついてきそうなサトミをおいて、おれは逃げるように部屋をあとにした。

 ひとりになるのが怖いのだろうけど、こんな調子じゃ、トイレのたびに、ついてこられそうだ。




 玄関ホールは、あいかわらず、しんと静まり返っていた。


 二階の天井からつり下げられたシャンデリアの弱々しい(あか)りのなか、時計の針の音だけが、かちりかちりと(ひび)いている。


 見ると玄関のドアのすぐ上に、文字盤のさびついた、古びた時計がかけられていた。



 午後 七時 四十五分。

 まだまだ夜はこれからだ。



 リビングの見慣れた日常から、たったひとつ、ドアをくぐっただけで、不気味な雰囲気が漂う空間にかわる。


 こころなしか、肌寒ささえ感じてきた。


「やっぱり、ついてきてもらっても、よかったかなぁ……」


 ひとりつぶやきながら、ぱたりぱたりとスリッパを鳴らしながら、玄関ホールをよこぎって歩いていると、階段の上から誰かに見られている気がした。


 見上げれば、階段つきあたりの踊り場に飾られた、肖像画(しょうぞうが)が目に入る。


 ここからでは首から上がよく見えなかったが、どうやら若い男の肖像画らしい。

 階段に一歩足をかけて、のぞきこもうとしたとき、サトミの言葉を思い出した。



「早く手を洗って、もどらないと……」 



 おれは(きびす)を返して、洗面所へ向かった。

 正直を言えば、このうす暗い灯りのなかで、だれのものかもわからない肖像画を見るのが、すこし怖かったのかもしれない。


「むかい側にならぶドアの、一番奥のドアね」


 静まりかえった玄関ホールのなか、わざと声を出して歩く。


「ここかな……」


 一番奥の、細長いドア。

 つめで黒板をひっかいたような耳ざわりな音をたてる、そのドアをあけた。


 まっ暗な部屋のなかに手をのばし、灯りのスイッチをさがす。


 あった。これだ……。



 …………っ!!



 声をあげなくて、本当によかった。


 目のまえに大きな鏡のついた洗面台があり、そこにうつった自分の姿に、おれは心臓をにぎりつぶされたかと思うくらい、おどろいたのだ。



 ドアをあけ放したまま、なかへ入る。


「そんな情けない顔するなよ、おれ……」


 鏡のなかの自分に話しかけながら手を洗おうとしたとき、洗面台の奥に、トイレがあるのを見つけた。

 緊張のせいか急にもよおしてきて、おれはトイレにかけこんだ。



 (よう)をたしながら見渡す。

 この洗面所だけで、おれの部屋よりも断然広い。


「こんなに広いと、落ちついて用もたせやしないよ……」


 そんなこと言いつつも、しっかり用をたしてから洗面台にもどった。


「肖像画って生きている人より、亡くなった人が(えが)かれているイメージがあるけど……。だとしたら階段の踊り場にあった、あの肖像画の男も、もう亡くなっているのかな……?」


 しっかりと手を洗って、ポケットから取り出したハンカチで手を拭く。


「しっかし、ごはんよ~なんてさ。新婚さんみたいで、言ってて恥ずかしくないのかな。おれ、どんな顔してごはん食べればいいんだろ。とにかく、ニヤけないようにしないと……」


 顔を上げて、鏡で自分の表情を確認した、そのとき――。




 ……………………っ!!



 今度こそおれの心臓は、ぎゅっと強くにぎりつぶされた。

 だって鏡に、髪の長い女の人がうつっていたのだ。




「うわあああっ!」


「ごめんなさい! おどろいた?」




 ふり返ると、あけ放したドアのむこうに、エプロンをつけたサトミが立っていた。


「だって、あんまりおそいから、怖くなってきちゃったの」



 おれはしばし呆然(ぼうぜん)とサトミを見つめていたが、はっと我に返って、悲鳴を上げたことを思い出し、あわてて言いわけをした。



「ううん、ぜんぜん! おどろいたけど、おどろいただけだから! ぜんぜん、怖くなんかないから!」


「わかってる。怖いのはわたしなの。お願いだから、ひとりにさせないで」



 おれは無言でうなずくと、サトミのあとについて、リビングへ向かった。


 サトミのうしろ姿を見ながら考える。

 鏡にうつっていたのは、サトミだったのだろうか――。


 いや、エプロンなどつけてなかったし、もっと背の高い、おとなの女性だった。




 おれのすぐうしろに立って、おれのことを、じっと見つめていたのだ。



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