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#003 黎明の初陣

 地上へと躍り出た純白の巨人、アンファング。その目の前には、研究棟の残骸を取り込み、さらに巨大化した二機と、それをも凌駕する山のようにそびえ立つ一機が立ちはだかっていた。

『警告。敵性オブジェクトより高エネルギー反応。飛翔体を検知』

 小さい方の一機が、その身体の一部を炸裂させ、無数の結晶破片をショットガンのように撃ち放った。

「くっ……!」

 咄嗟に操縦桿を倒す。その瞬間、アンファングは機械とは思えぬ動きを見せた。巨大な機械がステップを踏むのではない。まるで巨大な肉食獣が、全身の筋肉をしなやかに連動させて、弾道を予測したかのように身をかがめ、サイドへ跳躍したのだ。

「きゃっ!」

 その生物的な挙動は、コックピット内の彼女を激しく揺さぶった。スーツに包まれた豊かな胸が、たわわに、そして激しく上下に揺れる。シートに押し付けられた臀部も、衝撃でぷるんと震えた。恐らく前にいるパイロットが僕でなければ、興奮して戦闘どころではなかっただろう。

「自己の身体を弾丸に……!なんて非効率な…でも、あれがシリコンベースの生命体だとしたら、周囲の物質を取り込んでいくらでも再生できるっていうこと!?」

 彼女が叫ぶ。

「ダメです!この機体は非戦闘用……装甲がもたない!」

 僕もそう叫んだその時、もう一体の小さい方が、傍らに転がっていた大型クレーン車に接触した。すると、その腕は見る見るうちにクレーンのアームのような形状へと変形していく。

「まずい……!彼らは情報を食べて、進化するタイプです!このままじゃアンファングのデータも……!」

「……そうだ、ありました!研究棟の西側外壁!そこに併設されたウェポンラックがあるはずです!」

 スラスターを全開にした。再び凄まじい加速Gが二人を襲う。

「ひゃんっ……!」

 彼女は短い悲鳴を上げた。またしても彼女の柔らかな身体が激しく揺すぶられる。

 アンファングは敵の弾幕の中を、まるで猛獣が獲物を狩るかのように、滑らかな動きで駆け抜けていく。そして、壁面から現れた長大なライフルと刀剣をその手に掴んだ。

『ウェポンコネクター接続。実験的荷電粒子収束ライフル ツェルニク・プロジェクター及び指向性ヤーン=テラー効果応用 近接戦闘用劈開剣を認識しました』

「シミュレーション通りにはいきませんよ……!」

 僕はライフルを構え、大きな方へと狙いを定めた。この世の生物の動きや考えは、未だにAIの予測できない範疇にある。ましてやそれが正体不明の生物ともなれば尚更だ。いくら武器を持っていようとも、当てられるかどうか……

「私が機体のアンカーを制御するわ!あなたは照準だけに集中して!」

 放たれた光の槍が、その巨体に直撃する。しかし、表面の結晶体が砕け散っただけで、その奥にはまだ何層もの装甲が残っていた。

「装甲が厚すぎる……!並の運動エネルギーでは内部まで届かない!」

 傷ついた巨大な一機は、その巨大な腕をダイヤモンド以上の硬度を持つ刃へと変形させ、アンファングに襲いかかる。

「ライフルじゃ間に合わない!」

 ライフルを捨て、劈開剣を抜いた。アンファングはそれを構え、突進してくる相手を迎え撃つ。

 ガキンッ!

 金属同士がぶつかる甲高い音。だが、アンファングの動きは明らかに素人そのものだ。

「くっ……!動きが読まれてる……!」

「スラスターのベクトルを同期させて!私がアクチュエーターの収縮タイミングを予測制御する!あなたは思考に集中して!」

「お願いします!」

 僕は全てを託した。すると連携は化学反応を起こしたかのように精度を増していく。僕が剣を振るう意志を固めると、彼女が最適な機体バランスを瞬時に作り出す。物理と化学、異なる分野の天才が、一つの脳のように機能し始めた。

 巨大な一機の薙ぎ払いを、アンファングは猫のようにしなやかに身を沈めて回避する。そのたびにコックピットは揺れ、彼女の身体もまた甘く揺れた。

「んっ……!」

 最小限の動きで懐へと飛び込んだアンファングは、がら空きになった胴体へ、劈開剣を突き立てた。

 抵抗は、なかった。まるで熱したナイフでバターを切るように、不可視の刃が積層装甲を貫き、中心部にあるだろう核を破壊する。

 巨体から光が失われ、その結晶構造が連鎖的に崩壊を始めた。轟音ではなく、無数のガラスが砕け散るような甲高い音を立てて、それは砂の山へと変わっていった。

 その光景に、残った小型の二機は、まるで嘆くかのように共鳴音を発したかと思うと、大型の一機の残骸にわずかに触れ、何か情報を回収するようにして、夜の闇へと撤退していった。

 やがて、戦場には静寂が戻った。アンファングは、片膝をつき、荒い呼吸のように冷却ファンを高速回転させている。

「はぁ……はぁ……」

「……終わった、の……?」

 コックピットの中、僕たち2人は、汗だくになりながら、ただ荒い息を繰り返すだけだった。ぴっちりとしたスーツは汗で肌に張り付き、彼女の豊満な曲線をさらに強調している。

「……あなたがいなければ、無理でした」

 絞り出すように言った。いつもの天才の面影はなく、ただ日頃の運動不足のツケを払うことになった少年の情けない姿を晒していた。

「……あなたこそ。私、ただ言われたことをしただけだから」

 彼女もまた、力なく微笑んだ。「でも、あれは一体、何だったのかしら……」

「わかりません。ですが……」瓦礫と化した研究棟と、結晶の砂の山を見つめた。「また、来る。きっと、来ます」

 交わるはずのなかった二つのベクトル。それが今、巨大な鉄の腕の中で、確かに重なり合った。

 東の空が、わずかに白み始めていた。

 それは、彼らにとっての平穏な夜の終わりと、これから始まる過酷な運命の始まりを告げる、「黎明」の光だった。

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