陵辱
由香子が目を覚ますと、そこは先ほど自分がいた部屋とは少し内装が異なっていた。
視界に父の姿を認め、まずは安堵する。
「目が覚めたのか?」
と垂水が差し出す水を受け取り、
「どうして私はお父様のお部屋にいるの?」
と無邪気に問う。
刹那、垂水の手が由香子の帯をほどく。
はらりとはだけたそこから、下着が露になる。
「お父様何を・・・」
またも由香子の喉で悲鳴が凍りつく。
次の瞬間強い衝撃が由香子を襲う。
由香子は垂水に後頭部を殴られ、しばし気を失う。
垂水の指が由香子の胸を弄り、上を向かせ唇を塞ぐ。
ねっとりした不快な感触が鉄の味とともに入り込んできて、思わず声をあげる。
「お父様、やめて!」
行為の後の余韻の中で、宏次の腕に抱かれていた由香子
―――いや美恵子が不意に笑い出す。手元の照明を調整し、自分の正体を明かすと
「・・・ばかねえ」
とつぶやいてよこし、身を離す。
宏次は驚きのあまり声が出ない。
美恵子はさっさと身支度を整え、窓際のソファに腰掛ける。
窓を開けると波音が聞こえ、冷たい風が入ってきた。
美恵子は煙草を一本取り出し、煙を燻らせる。
「どうしてこんなこと!」
宏次が怒りのこもった声で美恵子に問うと
「さあ、どうしてかしら?」
とどこ吹く風の風情で応じる。
徐に鍵を取り出し
「あの人に聞いてみなさいよ」とそれを渡す。
宏次は胸騒ぎ覚え、部屋を後にする。
「由香子!」
宏次は走り出す。
部屋に残された美恵子は、しばらくぼんやりと夜の海を眺めていた。
遠くに点々とかがり火が見える。
それはさながら幻想的で、非現実的な光景だった。
美恵子は思う。
生命とは、本来光を好むものなのに。
美恵子は自分の身体がこの深闇に溶けてなくなるような感覚を覚え、思わず自分の肩を抱きしめる。
由香子への復讐心を抱き、それだけの理由で―――
自分は愛してもいない男に抱かれた。
なぜだか涙がとめどなく溢れ、
不意に美恵子の乾いた唇が
「助けて」
と呟いた・・・。
由香子の見開かれた瞳から大粒の涙が溢れる。
彼女の信じたものが崩れ去る。
垂水の眼は赤く血走っている。
「お前は生来の娼婦だ」
低く耳元に堕ちていく言葉に、心が凍りつく。
―――お前は母親に良く似ている。―――
ふと懐かしむような、愛おしむような視線を由香子に向け、
次の瞬間その眼差しが狂気を帯びる
―――お前の母親は私を裏切って、男と逃げた―――
―――私がこんなにも愛しているのに―――
―――私がこんなにも愛しているのに―――
由香子の華奢な首筋に、手がかけられる。
駆けつけた宏次がその光景を目の当たりにし、絶句する。
そして次の瞬間全身に怒りが込み上げ、相手を睨み付ける。
「私を殺したいか?」
垂水が宏次を一瞥する。
宏次の震える手が、ガラス製の灰皿を掴む。
振るえが止まらない。
「お前にはできまいて」
垂水は低く笑う。
「そうまでして、お前はあれを欲するか?」
―――ならば、お前は私の奴隷になれ―――
宏次は全身が粟立つのを感じ、しばし身じろぎすらできない。
「早く行け、あれを連れて早くここを出ろ!私の気が変わらないうちに」
垂水が後にした部屋の中で、宏次はしばし呆然と立ち尽くした。