墓標
宏次は冬の海に佇む。
それは由香子が死に、志郎が死んだ場所。
日の出の前で、あたりは薄暗い。
潅木が頼りなく水面を漂い、やがて波に打ち上げられる。
宏次はそれを拾い、砂浜に三つの墓標を作った。
一つは由香子の為に
一つは美恵子の為に
そして志郎の為に
波が宏次の作った小さな墓標を飲み込み、流していくと
宏次は耐え切れずに嗚咽を上げ、泣き崩れた。
罪とは恐ろしい。
その孕む毒が次々と宏次の大切なものを奪っていった。
若かった頃、運命とは自分で切り開くものだと、
信じてやまなかった。
しかし、今は思う。
運命とはなんと抗い難いものか。
宏次はいま、「許し」というものが欲しかった。
身を裂くほどにそれを欲した。
この世に絶対的な存在があるのだとしたら、
その存在に「お前を許す」と言って欲しかった。
なぜなら、自分の犯した罪の重さはあまりにも重く、
もはや正気を保てないほどにその心を締め付け、苛む。
東の空が明るみ始め、太陽が顔を出す。
宏次はその光景を不思議だとおもった。
宏次には水面に映る太陽の反射の加減からか、
それが水平線上に走る大きな十字架のように思われた。
十字架が赤い。
血の様に赤く、そして輝いている。
宏次はその場に泣き崩れた。
―――許して、どうか、私を許してください。―――
幼い頃に見た、教会の壁画にあったイエスが瞼に浮かび
自分に笑いかけているようだと宏次は思った。