表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/2

第一話 あなたの記憶の欠片になりたい~サファイアの少女の物語~




ずらりと大きな本棚が並べられた部屋の中。

古い本とインクの匂い。私はこの空間が好き。

サラサラと紙にペンを走らせる音が心地よい。

机に向かって真剣な眼差しを向けている彼の顔を眺める。

それが、私の日々の日課になった。


あのオークションで私を買い取ったのは考古学者のエレドールという青年。


「僕のことはエレンと呼んでくれて構わないよ」


そう言ってくれたので気兼ねなくエレンと呼ぶようにしている。

初めは何もやることがなく退屈していた私。

そんな私を見かねたエレンは仕事の休憩時間になるといろんな話を聞かせてくれるようになった。

そして、仕事を待つ間は物語の書かれた分厚い本を与えてくれた。

本や物語が好きな私にとっては願ってもない環境に段々と適応していくことができた。


エレンが話してくれる話は童話から逸話、研究内容と様々。

しかし、読書好きの私にとっては興味深い話ばかりだった。

少年と少女がお菓子の家で魔女に襲われて脱出する奇想天外なお話。

泉の女神の伝説に過去に生存していて今もどこかに暮らしているという竜の話。

いくつもの話を飽きることなくエレンは私に聞かせてくれた。


自然と、そうしていくうちに私の心に彼に対する新しい感情が芽生えた。


“尊敬”と“愛情”


今まで人間への興味でしか彼を見ていなかったのを自分でも恥ずかしく思う。

エレンは博識で、不器用ながらも私に精一杯向き合ってくれている。

人間ではない、モノでもない。中途半端な存在の私に。




――――――――――――


「サファイア。少しいいか?」

「どうしたの?」


仕事の合間の休憩時間。

いつもなら今日はこの話をしようと声をかけてくれるエレンだが、今日は何か用事があるらしい。

エレンはいつも仕事で使っている木製の重厚な机に備え付けられた引き出しを引く。

そして、中から小さな布袋を取り出した。


「今日は君にこれを預けようと思ってね。」

「それは……?」


布袋の口を開けて中から金色の細工が美しい鍵を私に差し出す。

その鍵には革紐がネックレスのように括り付けられていた。


「これはうちの屋敷の地下にある書庫の鍵だ。此処の部屋の本はもうほとんど読み切ってしまっただろう? 僕の許可はもういらないよ。好きな本を探してきて自由に読むといい」


エレンからの思いもしないプレゼントに、私は思わず目を輝かせた。


「……いいの? 本当に?」

「ああ、もちろん。喜んでくれるか?」


不器用な彼が初めて見せてくれた優しい微笑みに、私の心はギュッと締め付けられる感覚に襲われる。

思わず机越しに向かい合う彼の首元に腕を回し、そのまま抱きしめる。


「ありがとう、エレン……! 何よりもうれしいプレゼントだわ!」


抱きしめた彼の温度は温かく、自分と違う事を思い知らされる。

それでも、エレンが私を思って贈ってくれたこの宝物を大切にしようと思うのだった。


ただ、私にはもう一つ欲しいものがある。


「ねぇ、エレン。プレゼントを貰ってさらにお願い事をするのは我儘すぎるかしら……?」


おずおずと彼の顔を窺ってから回した腕の力をキュッと少し強める。

私の不安そうな顔にエレンは静かに笑みを溢し、首を横に振る。


「君が我儘を言う事なんて今まで一度も無かったじゃないか。気にせず言ってご覧?」


彼に迷惑を掛けたくなくて今まで一度も言えなかった言葉。

私の中に芽生えた彼への気持ちを胸に絡めた腕を解いて視線を真っ直ぐ合わせると、口を開く。


「私に、名前を付けてほしいの。私だけの、あなたがつけてくれた名前が欲しい。」


あっけにとられた顔をして数秒の沈黙。

沈黙の後いつも物静かな彼にはそぐわない明るい笑いが部屋の中を包んだ。


「こんな堅物でセンスのなさそうな僕に名前を付けて欲しいのかい? サファイア、君は本当に面白い子だね。」


エレンはそうだな、と呟いてからぼそぼそと色々な名前を羅列したあと沈黙する。


「……はは、やはり僕にはあまりセンスがないようだ。それでも君に似合う綺麗な名前を考えたから聞いてくれるかな?」

「もちろん。エレンが付けてくれた名前ならどんな名前でも嬉しいわ。」


恥ずかしそうに頭を搔くエレンに微笑みながら答える。

すると、彼は私の手に握られた鍵を首に掛けてから真っ直ぐ目線を合わせて名前を呼んでくれた。


「サフィール。君の名前はサフィール。」

「サフィール……。」


サファイアを連想させるようにつけてくれた私だけの名前。

彼の名前と似た響きを持つそれに、大いに胸が躍った。


「すまない、こういうのは慣れていなくてセンスがね……。サフィと呼びやすいと思ったのだけどどうだろう?」

「とても素敵な名前……、私には勿体ないくらい」

「そんな事はないよ。君の美しい輝きにピッタリだと思ったんだ……まぁ、センスはいまいちかもしれないけど」


照れくさそうに頭を掻くエレンの手を握り、私は心からの笑顔を贈る。


「本当にありがとう、私……この名前を大切にするわ。ずっと、ずーっと大切にする」


エレンは照れながらも今までで見たこともないくらい優しい表情をした。

そして、握られた手を握り返して微笑み返してくれる。


「あぁ、サフィ。これからも改めてよろしく頼む」



――――――――――――



エレンに名前を貰ってから、穏やかな日々が続いていた。

地下の書庫で気になった本を見つけては彼の仕事中にそれを読み進める日々。

仕事の休憩も以前とは変わった。

前は一方的にエレンの話を聞くだけだったのが、いつの間にか、コーヒーを淹れて二人で今読んでいる本の感想を言い合うものに変わった。

興味深く気になった本の内容について質問をすると、エレンはいつも嬉しそうに教えてくれた。

熱中しすぎて時間を忘れ、慌てて仕事に戻る彼を見るのも楽しかった。


エレンの集めていた本は古い本が多く、歴史や教養もそれから学ぶことが多かった。

しかし、書庫で埃を被っている本は無くどの本も大切にされているのが目に見えて分かる。

―――――私も同じように大切にされている。

名前を貰ったあの日からそれが確信できて心が温かくなるのを感じた。




――――――――――――



幸せな日々を過ごす中で最近特に気になることがある。

仕事の休憩時間。たまに“出掛けてくる”と留守番を頼まれることがあった。

でも、最近はその留守番の頻度が上がった気がする。

これといった来客もないので、本を読みながらエレンの帰りを待つのも苦にならなかった。

ただ、最近はその帰りを待つのが寂しいと思うようになってきている。


(早く帰ってこないかな……。)


そう思うものの、こんなに良くして貰っているのだからと我慢する日々。


「……サフィ、休憩にしよう。コーヒーを、お願いできるか?」


「えぇ、少し待っていて? 今準備するわ」


本に栞を挟み、サイドテーブルに置く。

そして立ち上がりポットとカップを用意しようと彼に背中をみせたとき。


ガタン、ドサッ……、何かが倒れる音が背後から響く。

血の通っていない私でも感じる血の気の引く感覚。

恐る恐る後ろを振り返ると、倒れた椅子と床に横たわるエレンの姿。


「……ッエレン!!!!」


倒れたエレンの顔色はあまりにも悪く、青白い。

どうして今まで気づかなかったのだろう。

後悔の念が押し寄せる中、彼に駆け寄り胸に耳を当てる。

心臓は動いている。手を握ると冷たいが息はある。


「エレン……、今お医者様を呼ぶから……!!!」


机の引き出しを開け、病院の連絡先がないか確認しようとする。


引き出しの中、そこにはまだ新しい、貰ったばかりであろう薬の瓶が数個。

中には錠剤の薬が詰められていて一つはもう半分ほど飲まれている。

そして薬の瓶の隣に病院への連絡先が書かれたメモが置いてあった。


部屋の壁に備え付けられた電話で病院に連絡すると、交換手がすぐに病院へとつないでくれる。


『はい、どうされました?』


「エレンが、エレドールが倒れて……、お医者様を、お願いします、助けてください……っ!」


『考古学者のエレドールさんのお宅ですね。分かりました。これから先生が伺いますのでお待ちください。』


ガチャリ、と電話の切れる音。お医者様が来てくれる安心感で気が抜けそうになる。

それでもエレンの意識は戻っていない、まだ安心できる状況じゃない。


お医者様が到着するまでの間、私はエレンの手を握り神に祈り続けた。


(お願いします、エレンを助けてください……)





屋敷の呼び鈴が鳴り、お医者様が部屋に到着するまでそう長い時間は掛からなかった。

それでも私にとっては今までで一番長い時間を過ごしたように感じた。


私の力では運べず床に横たわっていたエレンをお医者様はベッドに運んでくれ、彼の胸に聴診器を当てる。


お医者様はふぅ、と息を吐き私に向き直る。


「君がエレドールさんの言っていたサフィールさんだね」


「どうして私の名前……、あっ……」


私はここでようやく気付いた。

彼が休憩時間に出掛けていたところがこのお医者様の病院だったということに。


「サフィールさん。君は彼の病気のことを聞かされていなかったようだね。驚いたかい?」


「はい、急に倒れて、それにいつもそんなことは何も……」


はぁ、とため息をついてお医者様は、聴診器を耳から外し胸のポケットに仕舞った。


「彼はもう長くない。こうなってしまっては持って今晩だろう。」


「そんな、どうにかならないんですか!?」


「治療は続けていたけれど効果がなくてね。最近はもっぱら、薬でごまかすだけだったんだ。鎮静剤は打ってある。じきに目を覚ますだろう」


「最後によく話をするんだよ」そう言ってお医者様は、うちを後にした。




――――――――――――



静かに寝息を立てるエレンの寝顔を見ている。

“本当に彼が病に侵されているのか?”

そんな疑問が脳裏に浮かぶが薬の量、お医者様の言葉で事実だと確信せざるを得ない。

いつから病に侵されていたのか、自分を迎え入れる前からなのか。

それは目を覚ましたエレンに聞く以外方法はない。

もしも、つらい痛みに耐えながらも私に普段と変わりなく自然に接してくれていたと思うと……。

申し訳なさと自分の不甲斐なさで胸が苦しくなる。

自分がエレンの病と痛みをすべて肩代わりできるのであれば……。

無理な話ではあるが眠っているエレンが目を覚まさないまま永遠の眠りについてしまったら。

想像するだけで寒気がする。まだ何も伝えたいことを伝えきれていない。


エレンの手を再び握ると、診察を受ける前と比べると手に温かみを感じる。

まだ彼が生きているという事実に、安心から涙が溢れてきた。


「エレン、私……、まだ一緒にいたい。こんなに早く居なくならないで……」


大粒の涙が私の手を伝って、エレンの手に染み込む。

すると、ピクリとエレンの手に反応がある。


「エレン……?」


「……サフィ、泣かないで」


弱々しい力で私の手を解くと、優しく指で目の縁をなぞり、涙を拭いてくれる。


「僕はね、自分がもう長くないと悟って君を引き取った。そして自分の後継者として研究や本の楽しさをこれから先の長い人生の中で伝えていってほしいと思っていたんだ。でも……」


「でも?」


「サフィ、僕は君を愛してしまった」


目の縁をなぞって、涙を拭ってくれていた手は、私の青い髪を愛おしそうに撫でる。


「だから、サフィ。君も僕と同じ気持ちでいてくれるなら、僕のできなかった事を……」


「エレンッ!!!」


「お願いだ。サフィ、僕から君への一生に一度のお願い」


弱々しくなってしまった彼の声は、それでも信念の篭った強い力を感じた。


「……約束するわ、貴方のやってきたことは、私が伝えていく」


「ありがとうサフィ、君はずっと僕の大切な宝物だ」


「私も、ずっと貴方のことを忘れないわ。エレン、愛してる……」


私の言葉を聞いたエレンは安心したように瞳を閉じる。

月明かりに照らされている彼の寝顔は美しく見えた。

手を握ると弱々しくも握り返してくれる。それだけで安心した。



何度か目の柱時計の鐘がボーンボーンと鳴り響き、朝日が昇るころ。

エレンの握る手の力はゆっくりと抜けていく。

段々と冷えていく彼の体の温度に、人の命は長くはないと思い知らされる。


それでも……


「愛していた、いえ。これからもずっと愛しているわ。エレドール」


私の瞳から零れる涙が朝日に反射して眩しくて、彼の顔がよく見えない。

冷たくなった亡骸に今までできなかった口づけを一つ落とした。







まったり執筆していたら一週間経ってました

時間が経つのって早いなぁと思うこの頃です


一人目の少女のお話はいかがだったでしょうか?

他の四人の少女たちのお話も随時マイペースに更新していきますので

ゆるゆるお待ちいただけたらと思います


ブックマーク、感想、本サイトと共にSNSのフォロー引き続きよろしくお願いします!


☆☆☆☆☆を★★★★★にして応援していただけると嬉しいです。



それでは第二話でまたお会いしましょう!



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ