3.甘々の拷問と偽りの日々
あれは拷問だった。
エリシアが覚悟していた拷問ではなかっただけで……。
「あれは拷問という名の……甘い……」
顔を真っ赤にしたエリシアは首を振る。
とても、口には出せそうにない。
「ああ、もう!」
エリシアは、いてもたってもいられなくなり駆け出すと、どこかの部屋にたどり着いた。
「ここは、洗濯室ね」
胸の奥に残る妙な高鳴りと、さっきの『拷問』を思い出しそうになるのを振り払うためなにかに集中したかった。
「よし、洗濯でもやりましょう」
決意を固めると、エリシアは山積みになったシーツを取り上げた。真っ白な布を抱えながら、洗濯板に向かおうとしたその時。
「奥様! なにをなさっているのですか!」
突然の声にエリシアは、肩をビクッと跳ね上げた。振り向くと、同世代の女性が息を切らして立っていた。
「奥様が、こんなことを為さる必要はございません。どうかお手を汚さないでくださいませ! 私が旦那様に叱られてしまいます」
その言葉に、エリシアは思わず固まった。ノイハルトが叱る? 想像しただけで先程の『拷問』の記憶が蘇り、顔が一層熱くなる。
「でも、私は……」
そこでようやく自分が令嬢に成り代わっていることを思い出した。
ノイハルトには、バレているが、どうやら召使いたちにも、真実を伝えてはいないようだった。
(……落ち着いて、令嬢の役を演じないと……!)
「あなたは?」
エリシアがあらためて尋ねると、女性は一礼して答えた。
「メイドのマリアンでございます。奥様」
奥様といわれると、体中がムズムズする。
そうこうしているうちに、エリシアの手からシーツは取り上げられてしまった。
「そのようなことは、私たちがやりますから」
「そういう、わけには……それに来たばかりで不安でノイハルト様以外にもお話し相手が欲しくて……」
「ああ、そういうことでしたら」
マリアンは私のために椅子を用意してくれた。私を座らせると、自分は洗濯を開始しながらおしゃべりを始めた。
「敵国の方と聞いていたので、私たちもどのような人が来るか不安でしたが、自分で洗濯をなさるような庶民にも理解があるんですね」
「ええ、まあ」
いつもは戦闘訓練を行った後、自分で洗濯など家事全般を行う正真正銘の庶民なのだから当たり前である。
「でも、良かった。準備が全部無駄に終わって」
「準備?」
「奥様がいらっしゃる前は、旦那様は奥様が逃げることがあれば、地下牢に閉じ込めておくようにとのことでした。奥様がいらしてからは、どんなことがあっても手出しをするなと」
「それは……」
ノイハルトは私の力量を正しく理解している。
目の前にいるマリアンの首を素手で折ることなどたやすい。
本気で逃げ出そうとすれば、この家にいるノイハルト以外は止めることはできないだろう。
もちろんそれは、母国での処刑を意味する。ノイハルトは、それがわかっているからこそ、私に屋敷で自由にさせているに違いない。
「旦那様は、誤解されやすいですが、とても優しい方です」
きっと、それにノイハルトは、メイド達の身の安全も案じているに違いなかった。
「そう……ですね。とても優しい方だと思います」
少し意地悪……にはちがいなかったが、敵国で聞いていたように冷酷無比とは少し違うことには、もう気づいていた。
「旦那様は、無口な方でしたが、奥様が来てからすこし饒舌になった気がします。きっと奥様は、旦那様にとって、とても大切な方なのですね」
「……っ!」
その言葉にエリシアは、またしてもキュンと胸が締め付けられる。けれど、それがどういう意味なのかまだ上手く考えられなかった。