彼女がいつも短パン姿の理由
「おっはよう、高木クン!」
「あっ待て!」
呼び止める僕を無視して、短パン・体操シャツ姿のミルは校門に向かって走り込んでいく。
慌てて追っかけたが、今日も捕獲し損ねた。
二年生になってから、このやりとりをもう三十回くらい繰り返している。
僕は、生徒会で生活委員長をやっている。
仕事はいたって単純だ。
登校時にわが校の服装をチェックし、校則違反があれば警告カードを書いて服装の改善を求める。
この季節の服装チェックは難しい。
昔は6月1日から夏服に、10月1日からは冬服に一斉に衣替えをしていたらしいが、温暖化の影響で暑い時期が増え、寒暖差が激しい日も多くあり、そのせいで『併存期間』が設けられている。
ゴールデンウィーク明けから5月末まで、10月1日~末までは、夏服、冬服どちらでも可。ただし夏冬の組み合わせは不可。ネクタイやリボンは夏でも冬でもきちんと着けていること。
だから、生活委員による服装チェックの基準は複雑だ。登校時間は、制服着用のNGパターンが図示されたマニュアルを片手にチェックする。
でも。
そのルールを超越しているのが陸上部のミルだ。短パンと半袖シャツ。
「おい高木、あの子なんとか注意しろ。」
生活指導の田所先生が学校の塀に隠れて僕に指令を出す。
「でも先生、ミルの場合、校則違反とは言えないんじゃないですか?」
そう。
生徒手帳には『学校で指定された制服、体操服を着用すべし。ただし、部活動時はこの限りでない』と書いてあり、登下校時に体操服を着てはいけないというルールにはなっていないのだ。
「そうはいってもだな、短パンからスラっと伸びた小麦色の脚、あれはヤバイだろ」
「いや、そんなエロそうなこと言う先生の方がヤバいっす……とにかく校則違反じゃないんだから文句のつけようがないですよ……田所先生が注意すればいいじゃないですか」
「いや、高木の言う通り、校則違反じゃないのに教師が注意すると、校長や教育委員会に言いつけられて俺が刺される……あくまでも、『同じ学校に通う仲間』として忠告して欲しいものだ」
そんなに問題あるなら、校則を変えりゃいいじゃんとも思う。しかし、通学時に彼女だけ浮いているのは確かだ。寒い時は学校指定のジャージを着てくれればいいのだが、真冬でも、短パン・半袖シャツで元気に走って登校している。確かにあの健康を絵に描いたような太ももは目のやり場に困る。僕とミルは同じ二年生だがクラスは違う。同じクラスの男子に聞くと、授業中も体操服姿らしい。
ミルは、根っからの陸上ガールだ。登下校のランニングはウォーミングアップ・クールダウンの替わりだし、昼休みも体育館裏でストレッチをし、放課後になると、他の陸上部員よりも人一倍練習している。グラウンドに残っているのはいつも彼女ひとりだ。陸上部の練習中は、アスリートっぽいランニングウエアを着ている。一年の時に二百メートル走の県の記録を塗り替え、この前の大会で自身が持つその記録を更新した。
陽が傾き、グラウンドが黒い影で覆われるころ、生徒会帰りの僕は、楕円形に描かれたトラックのゴール地点に座り込み、肩で息をするミルを見つけた。彼女もフェンスに手をかけた僕に気づいたらしく、凄い勢いで走り寄ってきた。
「高木クン、今帰り?」
「ああ、生徒会が遅くなって」
「そう……じゃあ、一緒に帰らない?」
「え!? 僕は走らないよ」
彼女のクールダウンにつきあわされてはかなわん。
「アタシも今日は走らない……シャワーして着替えてくるから待ってて。」
彼女は脱兎のごとく走り去り、体育館の中にある更衣室に行ってしまったので、断る間もなかった。
仕方なく体育館の出口で彼女を待つ。
短パンの子と並んで帰るのは目立つだろうなあとドキマギしつつそのシーンを妄想していたところに彼女が現れた。
「お待たせ、高木クン」
「え!? そのかっこう……」
「どう、 似合う?」
チェックの入った紺のスカートに大き目のえんじ色のリボンをつけた半袖の白いブラウス、その上にはベージュ色のサマーベスト……小麦色の腕や脚によく馴染んでいる。
なんと、彼女はウチの高校の制服を着ていたのだ。
「いったい、どうしたの?」
「えー! 生活委員長様のご指導に従っただけだよ」
そう言って彼女は屈託のない笑顔を見せた。
「うそうそ、今までずっと着てなかったから、最後に一度着ておきたくてね」
「……最後って?」
「ねえ、『放課後デート』、つきあってくれない? 一度してみたかったんだ」
「ええ!」
小走りに校門に向かうミルを僕は必死で追いかけた。
学校のそばにあるショッピングモールに入り、まずは雑貨屋に寄り、リップクリームの買い物につきあう。
その後、ゲーセンでクレーンゲームに挑戦し、ウサギだかカバだかわからないピンクの大きなぬいぐるみを二つゲットし、二人で分け合った。
ミスドでドーナツと飲み物をテイクアウトし、近くを流れる川の土手にある公園に向かった。
ベンチに並んで座り、ほとんど沈みかけた夕陽を眺めながら、ドーナツを食べる。
「アタシね、二学期の途中だけど、来週、転校するんだ」
夕陽の切れ端が街並みのシルエットに消えるころ、彼女はぽそっとそう言った。
「え、こんな時期に?」
「うん、母親が再婚してね、仙台に引っ越すんだけど、一緒に来て欲しいって。」
「転校ってそんなに簡単にできるもんなの?」
「今度結婚するだんなさんのツテとかでね、編入試験受けさせてもらって、受かっちゃった。」
「そうだったのか……」
「だから、この制服、もう着れないでしょ。そういえば冬服は入学式の時に着たけど、夏服は着てなかったなあって思って。」
そう言って彼女は半袖のブラウスの襟を触った。
「で、でも、そんな大事な日に何で僕を誘ってくれたのかな?」
「だってさ、生活委員長のキミがアタシに一番制服を着て欲しがってたじゃん。見せびらかしてやりたかったんだ」
そう言って、彼女は謎のウサギカバのぬいぐるみでボクの顔をポンと殴り、大事そうに抱いた。
今まで知らなかったが、ミルの家は割と近かった。高校に入る時、この街に越してきたそうだ。
夕暮れの交差点で僕らは別々の道に進む。
「高木クン……じゃあね」
「あの、ひとつ聞いていい?」
彼女は振り向いた。
「?」
「あのさ、何でミルはいつも体操服を着ていたのかな?あ、走るのが好きだっていうのは知っているけど」
あははと彼女は笑う。
「パパ……前のお父さんがね、小学校の運動会の時『ミルは本当に走るのが得意だね、それに体操服がよく似合う』ってほめてくれたんだ」
「そうなんだ」
「だからパパ、どっかで見ていてくれてるかなあって……だから、陸上も頑張ってる」
「これからも走り続けるんだろ?」
「もちろん……でもね、朝、これから君と追っかけっこができないと思うとちょっと寂しいな……すごく楽しかったよ」
そんな会話を最後に僕らの放課後デートは終わった。
翌週からは、体操服で登校する生徒はいなくなった。
彼女は『制服を着て放課後デート』をしたかっただけで、その相手がたまたま僕だっただけだ。
僕は自分にそう言い聞かせた。
◇ ◇ ◇
「ねえ、渋谷でデートしない?」
休日の朝、僕の妻が切り出してきた。
「え、また!?」
「うん、今日は仙台の高校の制服」
彼女は編入先の高校でもほとんど制服を着ず、体操服だったそうだ。といってもさすがに冬はジャージだったらしいが。
「いい加減、そういのは眺めるだけにしといたらどうかな?」
「えー、だってほとんど新品みたいなもんだから、もったいないじゃん」
高校の時からほとんど体形が変わっていないとかで、今でも毎日十キロ走っているだけのことはある。さすがに今はジョギング用のウエアを着用している。
でも、今は通っていない高校の制服を着て歩き回ってもいいものだろうか。
「あなたも着てみればいいじゃない……制服」
「持ってるわけないだろ! だいたい持っていても入るわけないし……」
こうして、たまに休日の制服デートにつきあわされ、そのたびに警察官に呼び止められるのだ。




