儚き恋の終焉
婚約者が浮気している場面に遭遇した。
どこからか浮気を指すのかを判断するのは人それぞれなのでしょうけれど、人気のない温室で半裸で絡みあい、アンアンウォウォ言ってるのは浮気だと思って良いと思うの。
というか逃げるに逃げられない場所で破廉恥な行為を見せつけられている罪のないお花ちゃん達に謝って欲しいと思うわ。
私と違ってヤダー!と思っても逃げられないんですのよ?
花には感情があるというわ。
可哀想だとは思わないのかしら?
「おいおい…」
「……ちっ…」
隣で何とも言えない表情で呟くのは王弟である公爵の娘である私の従兄弟の、この国の第2王子。
兄である王太子殿下を支える為に騎士になると昔から豪語してるけれど、単に身体を動かす方が性に合ってると思っている事を知っている。
まあ、教育の賜物か頭の出来も良いので殿下の将来はきっと安泰なのでしょう。
私とは合わないですけどね。
ふてぶてしいし!
弱みを見せたくない人に嫌な所を見られたと、はしたなくも忌々しい舌うちが漏れるのは仕方ないと思うの。
何も寄りに寄って殿下の前でイヤンな行為に突入しなくても…と思うけれど、後から来たのは私たち。
……悪いのは私なの?
いいえ、いたいけなお花ちゃん達の住む楽園で事に及んだヤツが悪いのは間違いない。
「…っ?アンネリーゼ?!」
「きゃっ!シトロン殿下までっ!!」
「ち、違うんだっ!!」
「きゃんっ!」
焦った婚約者は浮気相手を突き飛ばしって……って、悪魔かおどれは?!
そしてきゃん★とかっていう悲鳴を実際に聞いたのは初めてよ浮気相手の浮子様。
「ちょっと魔が差しただけで、私はアンネリーゼが一番なんだよっ!許してくれっ!」
「そんな…アンネリーゼ様とは婚約解消したって…」
「うるさい!売女は黙ってろっ!」
「きゃんっ!」
焦る余りに何時もの余裕を無くして、浮子様を罵る婚約者…いいえ、何かもう婚約者とか言いたくない。
物凄い勢いで愛情とかが削られていって、ヤツへの愛情ポイントはゼロどころか地面を抉る勢いである。
こんな輩は汚物でいいわ。
汚物の愚行にドン引きする私達王族&高位貴族。
多少の物事には動じない様に教育とされている私たちを此処までドン引きさせるとは……この汚物、中々侮れない。
冗談めいて内心呟いているけれど、実は結構なショックを受けて動揺している私。
せめて心の中でふざけないと何か精神とかが崩壊しそうなの。
「……お前の婚約者って…随分とまあ…いや、うん…」
「……言わないで…既に私の中で暗黒の歴史になろうとしてるから、今はそっとしておいて…」
「……そうなのか?俺、もしかしてリアルタイムで従兄妹殿のメモリアル歴史的瞬間に立ち会ってる…?」
「………そうね……思いっきり鈍器で殴ったら貴方様の記憶も飛んでくれるかしら…」
「そんな危険な賭けに俺を巻き込まないでくれるかな?」
「いや、貴方、眼鏡なんか掛けてないですからね?そんなククイと眉間を指でいじいじしても何もないですからね?脳筋丸出しの顔してインテリ眼鏡なんか装着してないですからね?」
「いやん、俺は真面目よ★見かけで判断しないでヨヨヨ」
わざとらしい大仰な態度で(嘘)泣き崩れる第2王子。
年齢にしては完成されている筋肉を誇るのこの国の王子様のオネェ言葉に癒されるなんて…と敗北感を覚えつつ顔を上げると、ポカン顔の浮子様……このご令嬢……確か男爵家の……いえ、名前は良いわ……は婚約解消してると思っていたからチョメ子(初対面がチョメチョメしてる場面だったから)で良いでしょう…が此方を見ていた。
「あー…まあ、そうね。チョメ子様、ちょっと此方に来て下さいな」
「え?ちょめ…?」
怒ってないわよと微笑を浮かべながらチョメ子様にコイコイと手招きすると、おずおずと近づいてくる。
騙され同士後で話をしようと思いつつ、未だ泣き崩れた振りをしつつも休んでいる第2王子の足を踏みつける。
「痛いっす」
「お黙りなさい。ブライアン様、上着を貸して下さるかしら?」
「は!………え、ちょめ……?」
「申し訳ないのですけどホラ、チョメ子様の制服が………幾ら同意の元でも、この後どうやって帰るつもりだったのかしらねぇ」
立ち上がった第2王子にピシャリと言い放ち、第2王子の側近の騎士候補である伯爵令息から上着を借りる。それをチョメ子様の肩にそっと被せてあげた。
「ちょっ、私の話も聞いてくれ!」
「貴方とは話す事など何もないわ…」
ううん、そういう訳にもいかないって事は理解してるのよ。
幾ら百年の恋が冷めたといっても、形式上はまだ婚約者なのですもの。
不本意ながら話しあいをしなきゃならないのは知ってるわ。
だけど今は混乱の真っただ中だから勘弁して欲しい。
そう思って言ったのに。
「嫌だっ!絶対に婚約破棄なんてしないからな!!」
叫びながら突進してくる汚物。
それはそうと、さっさと身嗜みを整えたらどうなのかしら…風邪引くわよ…と、何処か冷めた頭で思っている私。
「………殿下?」
「俺は見てない。というか、これは正当防衛だ」
「………有難うございます」
これで大剣でも持っていれば完璧だと思える様な形相で迫る汚物の姿に蒼白になるチョメ子様の視界を自らの体で隠した伯爵令息の横で、第2王子が防音魔法を展開しながら独り言の様に呟く。
彼や側近の者自らが手出しする気は無いらしい。
というか、完全に私のしたい事を読んでいる。
流石ミカンを一口で食べられると豪語するだけの事はある。
「いやぁああああ!!近づかないでぇぇぇ変態ぃぃぃ!!」
「ぐふっ?!」
絹を裂くようなと評されるであろう声で叫びながらヘッドバットをかます。
「きゃーー恐いぃーーーっ!」
「ぎゃあ?!」
脳を揺らされた汚物がよろめいた所を腕を掴み、そのままジャーマンスープレックスを披露し、腕ひしぎ逆十字固めで拘束する。
悶絶している汚物を前に、私は立ちあがる。
ふと第2王子を見ると、子供の様にキラキラと目を輝かせて私を見ていた。
ふっ、愛い奴め。
最新の技も捨て難いけれど、此処は伝統的な技で締め括ろうじゃ有りませんか。
「……ニードロップ」
見栄えの良い派手な技とは裏腹に、沈痛な響きで技の名を呟くと私は地面を蹴った。
こうして。
汚物の肋骨と共に、私の淡い初恋は儚く砕け散ったのでした。
強い女の子が好きです(違う)
恋愛ジャンルにするかコメディジャンルにするかめっちゃ悩んだ。