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全てが終わったトキ

 吹き飛ばされて無様に地面を転がった。剣で防御したにも拘らず、豪快に吹き飛ばされ、最後の簡易防壁代わりだったコートは効力を無くし、ただの上着と化した。ただし、効力を無くすと引き換えに打ち身以外の負傷だけは防げた。

 転がる最中で、全ての動きが遅く見える。知覚強化し、動体視力を限界まで強化しても、本気になったこの二人の動きをスローモーションで見る事は叶わない。最初の数手は、どれだけ手を抜いていたんだ?

 視界が明滅する。限界まで脳を酷使しているが、まだ終わっていない。

 一パーセントにも満たない、奇跡の呼称が相応しい可能性を引き寄せる為に、まだ動かなくてはならない。

「動かないと」

 まだ、終わっていない。指先を掛けたところで終わらせられない。終わってなるものか。

 でも、足りない。何が足りない? 何が必要? 何が、残っている?

「――ぁ」

 何を言われても、大事にしていた『黒髪』が風で煽られた事で視界が閉ざされた。髪が顔に掛かっただけだが、一つだけ、残っているものを思い出した。

「――霊力」

 自分も仲間も、転生の旅の過程で多くのものを得た。その中で、自分だけが得たものが、まだ残っている。

 残った魔力で剣身に亀裂が入り今にも砕けそうな剣を宝物庫に仕舞い、代わりに魔喰いの大鎌『リッデル』を取り出す。貯蔵していた魔力で、己の魔力を多少回復させてから起き上がる。代わりに剣は宝物庫に仕舞った。

 自分を放置して戦闘はまだ続いている。胸に右手を当て、深呼吸をしてから、霊力の封印を完全に解除する。途端、視界の端、前髪が黒から金色に染まった。

 リッデルの柄を両手で握り、立ち上がる。余分な箇所へ割り振っていた魔力を回して未来視を発動させる。

 落ち着いて視ろ。見るべき未来を視ろ。選びたい未来を、そこへ至る過程を視ろ。

 逸るな。急いては何も得ない。仕損じる原因だ。

 見るべき過程を視て、遠ざかる暴風の源へ走った。己に掛けた強化魔法は解けていないので、暴風の中でも問題無く動けた。吹き荒れる魔法の暴風の中、一言告げる。

「喰らえ、リッデル」

 遠い昔、魔力を奪い取る大鎌を引き取った。機能不全を引き起こしていたこの大鎌を修理した事で、自分の手元にやって来た。いや、順番は逆だったかな。

 リッデルが魔法を魔力に分解して吸収した。

 魔法を撃ち合う術者の二人は、魔法が分解された事で一瞬だけ動揺した。

 その隙を逃さずに縮地を使い、男との距離を一瞬で詰め、背後から左の肩口に最小限の動きで鎌刃の先を突き立てる。

 剣で切り掛かっても防がれたのだ。当然のように刃は断面で受け止められたが、リッデルは『触れた対象の魔力を奪う』事も出来る。皮膚上の魔力を奪い取った事で、刃が男の体に食い込んだ。

「なっ!?」

 男が動揺の声を上げた。相対している少年が大剣を素早く振り下ろし、僅かに身動ぎした男の右腕を肘辺りから切り落とした。

 自分はリッデルの刃をそのまま押し込んで――振り切った。

 男の体が胸の辺りから上下に分れて地面に崩れる。地面に落ちる男の頭を掴もうとしたが、大剣が割って入って来た。掴み損ねた男の胸部から上が地面に落ちた。自分に迫る大剣をリッデルの柄で受け止めると、落ちた物体と自分の間に少年が体を割り込ませた。

「それを回収させる訳には行かん」

「邪魔をするな」

「それはこちらの台詞だが、これがやらかした事を考えれば言っても無駄か」

 少年の言葉は嘆息しているようにも取れるが、自分を見据える目は険しい。

 大剣とリッデルの柄で鍔迫り合うように押し合うが、すぐに膠着状態になった。

 睨み合い、押し合う。長時間続くと思ったが、視界を潰すように『自分と少年が貫かれる映像』が流れた。形振り構わずに体を捻った直後。

「――がっ」

 少年の胸部中央を『背後』から何かが貫いた。背後に軽く跳んで下がる。状況を確認すると、胸部から上だけになった男の右腕の肘から先が槍のように伸びていた。

 槍が引き抜かれて、少年の胸に穴が開いた。けれども、出血する様子は無く、瞬く間に修復された。

「貴様っ」

 少年が背後に振り返る。そこには、体の大部分を無くしているにも関わらず、動いている男がいた。

「ひひ、エグゼスティストの、裁きを受けるなら、ここでっ」

 男が右腕で地面を叩いた。次の瞬間、地面が揺れ始めた。地震と言うには大き過ぎる。立っていられない程の縦揺れだ。僅か一分にも満たない時間で、周囲の地面は隆起し、ひび割れ始めた。

 立っていられず、片膝を付いたまま『何の揺れか?』と、一瞬だけ考えたが、答えは少年から得られた。

「揺れ? まさか、朽ちた天樹を裂いたのか!?」

 朽ちた天樹を裂いた。それが意味する事は、ただ一つ。

 天樹が朽ちていても、倒れていなければ世界は滅びない。朽ちていていようが、天樹が裂かれたら、世界は滅びる。

 この男は、己が殺されるかもしれないと言う可能性だけで、世界と一緒に無理心中する準備をしていた。

「ひ、ひひ、備えはしておくもんだ――」

 哄笑を上げる男の言葉を食うように、少年は剣を振るい男の首を刎ねた。だが、生首になって地面を転がるも、男は哄笑を辞めない。

「くそっ」

 悪態を吐いた少年は虚空に溶けるように消えた。男を同胞と呼んでいたから、少年も審判者と呼ばれるなのかもしれない。その事を考えると、世界の滅びに巻き込まれないように、別の世界へ避難したのだろう。

 いなくなった少年の事を忘れて、自分は生首を探した。魔法で空を飛び、隆起して、あるいは割れた地面の隙間に墜ちている生首を探す。程なくして見つけた生首の髪を掴んで飛び、地面が割れていないところに降り立つ。

 地面が激しく揺れている中で、生首となり果てた男の頭を掴み、記憶の読み取りを試す。だが、失敗に終わった。時間が無い中で、男の頭を両手で掴む。

「ちっ、言え! 解除の術式を言え! あたしが欲しかったものを全て奪い取った、解呪方法を言えっ!!」

 情報を少しでも得なければ。その思いから気づけば叫んでいた。

 だが、男は大笑いをした。

「はっ――、ハハハハハハッ! 貴様らに掛けた術は、我ら緑のヴェーダの秘術なり! 解除の術式なんぞ、そもそも存在せぬわ! そう、捧げて霊力を得る術式も! 『この世界樹にいる間』は、不可能なり! ひひ、我らですら、解除の術式を創れなかったのだからな!」

 理解出来ないその言葉を聞いて、男の頭を掴んでいた手の力が抜けた。生首が笑いながら地面を転がるが、気にならない。男の言葉を理解するのに時間が掛かった。

 解除の術式が、存在しない? 創れなかった? 

 それが意味する事は――何だ?

「――ぁ」

 存在しない。ここで入手出来ない。何が手に入らない? それは、ずっと、探し求めていたものが、渇望していたものが、存在しない。

 生首は一頻り笑うなり、前触れ無く塵になって消えた。

「あ」

 手を伸ばしても塵は掴めず、空を掻いた。何も掴めず、自分はその場に座り込んだ。

「あ、ぁ――」

 ここまで、頑張って来たのに、何も得られなかった。

 どうして、得られないのか。何で、得られないのか。

 ぐるぐると、『どうして』と『何で』の二単語だけが頭を占める。

 地面が揺れて、背後から足元に深い亀裂が入った。その亀裂に落ちる。

「あ」

 深い闇の中を墜ちながら、手を伸ばすが何も掴めなかった。

 これまでに積み上げたものが、全て『無意味だった』言われているようだった。

 何も見えなくなり、積み上げたものを崩すように、地鳴りだけが聞こえる。

「――」

 声にならない絶叫を上げている事に気づいて、漸く『全てが無駄だった』事を理解した。

 

 長い年月を掛けて渇望した願いが『存在しない』と否定された瞬間だった。


 茫然としたまま落下を続け、後頭部に強い衝撃を受けて、自分は気を失った。

 その時に聞いた音は、何かが折れる音にも似ていた。



 次に目を覚ますと、知らない女性が至近距離から自分の顔を覗き込んでいた。

 女性が何かを言っているが、聴力に異常が発生しているのか何も聞き取れない。口を動かしているから、喋っている事は確かだろう。女性の顔が遠くなり、背中が柔らかい何かに着いた。プレートを下げた柵が見えるからベッドか? と言う事は、ベッドに寝かされたのか。

 視界に入るものから現状を考える。

 白い天井。剥き出しの白色蛍光灯らしき灯り。金属枠に填め込まれた窓ガラス。窓の向こうの暗闇。ここまで見ると、西暦二千年初頭の地球を思い浮かべた。

 だが、目を凝らしてプレートの文字を見ると、アルファベットに似た、全く知らない文字だった。

 首を動かそうとしたが、固定されてもいないのに全く動かない。仕方が無く手を動かした。

 己の小さい掌と短い指を見て――現状を正しく理解した。

 

 自分はどこかの世界に転生したのだ。

 

 転生先の立場や状況がどうなっているのか分からないが、今の自分は赤ん坊になっている。首が動かないのではなく、首が座っていない赤ん坊なんだろう。そう考えると、先程の女性が至近距離で自分の顔を覗き込んでいた事も説明出来る。

 首が座っていない赤ん坊を抱っこする時は、首を支えて持ち上げるのだ。赤ん坊の頭を二の腕か、曲げた肘に乗っけるようにするんだけど、これが結構重いのよ。

 そんな事よりも、転生したのか。しちゃったのか。

 あの世界は消滅した筈だ。ギィードとアルゴス(あの二人)はどうしたんだろう。世界が滅びる前に別の世界に転移するなりして、逃げていれば良いんだけど。状況が状況だったとは言え、あんな別れ方をしたんだよね。再会した時が憂鬱だ。ギィードからは拳骨を貰いそう。そして何が起きたのか、こってりと絞られそうだ。

 でも暫くは、誰かにも会いたくない。そう簡単には会えないけどね。

 ぼんやりと、真っ白な天井を見上げる。

 目標も、目的も、欲求も、生きる意味も、何もかも。あの男が塵となった時に、全てが消えた。

 ……これからどうしよう。

 やりたい事は無い。何も思い付かなかったが、ルーチンワークにした『思考の癖』のお陰で、当面の行動指針だけは決まった。

 とりあえず、情報を集めよう。

 そう決心すると同時に、消灯時間なのか部屋の電気が消えて、暗い間接照明に切り替わった。気配探知を使用して室内に誰がいるのか調べたら、弱々しい反応から元気一杯な反応まで、一杯いた。どうなってんの、ここ?

 慌てずに、先ず何も聞こえないから耳を治そう。目を閉じて鑑定魔法を使い自身の状態を調べる。異常は無かった。何で?

 落ち着いて耳を澄ませると、徐々に小さな電子音が聞こえて来た。どうやら音が聞こえないのは、一時的だった模様。

 内心でため息を零し、間接照明で淡く照らされた天井を、無心で眺める。

 思考を止めて、微かに聞こえる音を聞き流して、眠気が来るまで、ぼんやりと過ごす。

 思えば、今までこんな風に過ごす事は無かった。 

 ずっと、何かをしていた。考えないように、余計な事を思わないようにする為に。

 余計な事を思い出しそうになり、目を閉じて、思考を止めた。

 


 鳴き声を聞いて、何となく薄っすらと目を開くと、窓から陽射しが差し込んでいた。どうやら眠ってしまったらしい。でも、聴力が正常に戻ったのか、昨日よりも色んな音が聞こえる。

 聴力が正常になったと言う事は、大人が何を言っているのか知る事が出来ると言う事だ。

 昨日とは違う眼鏡を掛けた女性が、プレートの文字を確認してから自分を抱っこする。

「ええと、この子の名前は『リア』ちゃんね」

 女性は自分の顔を覗き込んで『リア』と呼んだ。『リア』が自分の、今の名前なのか。安直だと思ったら、周囲にも自分と同じような赤ん坊が沢山いた。自分を抱っこしていた女性は、呼ばれると自分をベッドに降ろしてからどこかへ去った。遠くから泣いている赤ん坊をあやす声が聞こえる。

 安直な名前と、沢山いる赤ん坊。

 この二点から判る事は、ここは『孤児院』だろう。その可能性が高い。ここが病院なら、付き添いの母親がどこかにいる筈だ。でも、昨日から見ていない。

 しかし、ここが孤児院だと仮定するのならば、自分は捨てられたか、両親を亡くしている、と言う事になる。どちらにせよ、両親はいないのなら気にする必要は無い。

 成長して自力で動けるようになるまで、自分は無気力に過ごした。

 


 何もなせずに全てが終わってしまった。

 これから、何を理由にすれば、良いんだろうか。


 あっさりと短く書こうか、濃密に長く書こうか、悩みに悩んで最終的に二パターンにまで減らしました。実際に書いて、こっちがしっくりと来ると判断してこの結末になりました。

 生き残りのもう片方のパターンは、生首の奪い合いをしつつの戦闘だったので、絵面的にアレだなと却下しました。

 中盤の大事な山場入り口で、色んな意味での転換期なので非常に悩みました。もう少し色々と心理状態を書いた方が良いかなと思いましたが、個人的にはこれで良いと思っています。

 まだ続きます。


 感想欄を開放した時に来るか不明ですが、生首になって脱落した男は、今後、回想以外で登場しません。

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