異変の地へ
魔法を使って移動し、朝一で殴り込むのは流石に礼儀知らずの誹りを受けかねないので、適当なところで昼食を取ってから、先触れ無く昼過ぎに正面から乗り込んだ。
イナリ共和国の王城に。
礼儀の意味が無いと思われるけど、厳重抗議でやって来たのでどの程度怒っているかは判別出来るだろう。そもそも、あの女王に期待はしていない。
王城に乗り込むと、自分を抑えに現れたのはギィードだった。
この辺で彼のような褐色の肌の持ち主はいなくは無いが、標高の高い地域に行かねばならない。なので、白人系が多いこの辺では非常に目立つ。
久し振りと片手を上げてギィードに挨拶する。彼は何か言いたげに渋い顔を作り茶色の瞳を細めたが、肩を落とした。色々と考えて諦めたようだ。ガタイの良いヤンキーのような外見をしているが、ギィードは見た目以上に思慮深い。かつての欠点として、考えずに動く癖が有った。この悪癖は頑張って直していたので、今となってはたまにしか出ない。たまにしか出ない事で逆に驚かれるのは……同情するしかない。
遅れてやって来たのは、ギィード以上にしっかりとした体格の茶髪の青年アルゴスだ。
アルゴスの方がギィードに比べて少し背が低い。けれども、アルゴスの外見はギィード以上に骨太で筋肉が付いている。一番でかいのはここにいない医者なんだけど。
二人並ぶと格闘家とラグビー選手のように見える。
そんな二人に捕まり、別室へ連れて行かれて現状の詳細を教えて貰う。
詳細を知った感想は、最悪の一言に尽きた。
遅れてやって来た女王の文句を無視して、二人を連れて城を出る。
目的地は城から大分離れている。移動しながら情報交換を行う。森の中を走る。木々の間を駆け抜けて目的地へ近づくと、徐々に爆音が大きくなって行く。
「……随分と激しくやってんな」
「毎日こんな感じだったの?」
「いや、今日は一際激しい」
「何かが起きているって事?」
「多分な。ま、何が起きているかは分からねぇけど」
ギィードからの説明を受けつつも走る。アルゴスはこの手の説明を不得手とするので喋らない。
何が起きているのか簡単に言うと、探している野郎とそのお仲間らしき連中が、奇妙な連中と毎日争っている。それも、イナリ共和国内で。
「ねぇ、何であの女王はあんた達の名前を出さなかったの? 詳しい事情を説明してくれれば、もっと早くに来たんだけど」
「それは最初から何度も言った。最低でも俺の名前を出せって。管理化身だから、高を括っていたんだろうな」
「あの女王。管理化身の『かの字』も言わなかったよ。そもそも管理化身じゃないから、間違いでもないけど」
「……ほんっとうに悪かった」
「おい、そろそろ着くぞ」
申し訳なさそうな顔をしたギィードが謝罪の言葉を口にした直後、ずっと黙っていたアルゴスが知らせて来た。
「こっちのフォローはいい。自分の身を優先しろ」
「そうだな。ギィードの言う通りでいいぜ」
「別に構わないけど、この面子で治癒魔法が使えるのは、あたしだけだよ?」
念の為、確認を取る。
アルゴスは付与魔法しか使えない。
ギィードはパーティメンバー内でミレーユ以上の魔法戦技量を誇り、男衆の中では一番の腕前だ。欠点は、相性が悪いのか治癒系の魔法を苦手とする。
「装備に気休め程度の回復が付いているだろ? それでどうにかする」
「前にも一回そう言って、死に掛けなかった?」
アルゴスの意気込みを聞き、昔起きた出来事をおぼろげに思い出した。
気合でどうにかなるとか言い、単身で突撃して、終わる頃に血達磨になっていた。治癒系の魔法を得意とするペドロがいたのでどうにかなったが、治療した本人からしこたま怒られていた。
「今回はもっと気を遣う」
アルゴスはキリっとした顔でそんな事を言った。絶対に忘れるパターンだ。
「何か遭ったら、こいつは見捨てる方向で行こうぜ」
「分かった。その方向で行こう」
「冗談だよな? 冗談だよな!?」
ギィードと軽く打ち合わせを終えて、アルゴスを無視する。
森の中の開けた場所に出る。同時に前方に障壁を張り、安全確保を行う。展開完了と同時に、ビチャリと、生々しい音を立てて何かが障壁にぶつかってずり落ちた。障壁に赤黒いものが飛び散り残る。地面に落ちた物体を注視すると、人間の上腕だった。
「おい、これって……」
地面に転がる物体の正体を知り、アルゴスの顔が引き攣る。ギィードも険しい顔をしている。
だが、状況は自分達の事を無視して進み、地響きと共に今度は立っていられない程の強い地震が発生した。転倒を防ぐ為に、三人揃って片膝を着く。同時に暴風が吹き荒れた。
「クッソ。次から次へと、どうなってんだよ」
暴風が巻き上げた土埃のせいで、周囲の状況は全く分からない。障壁を展開したままでいる為、土埃まみれになっていないだけありがたいと思うしかない。その間に再び地響きが鳴り、今度はバキバキッと、何かが『折れる音』が響き渡る。
「やべぇっ」「ククリ、障壁を維持しろ!」
男衆の切迫した声が聞こえる。念の為に三人で伏せて、障壁を重ねて展開して維持に気を配る。
「っ!? やばい。耳を塞いで!」
だが、全ての障壁を砕く勢いの『何かが迫っている』と、直感が訴えた。霊視による明確な映像が見えた訳では無い。これまでに培った経験から来る直感だ。
耳を塞ぎ、空間遮断障壁を三枚展開した直後、轟音と共に視界が白く染まり、障壁ごと纏めて吹き飛ばされた。
吹き飛ばされて地面を転がった。障壁の中だから、二人の打ち身以外の負傷は無い。寝転がったアルゴスの腹の上に座ったまま、周囲を見回す。
「……大丈夫か?」
「何とか。助かったよ」
障壁の中で揉みくちゃにされたが、アルゴスが咄嗟の判断で抱き寄せてくれたお陰で、地面に叩き付けられるも大事には至っていない。アルゴスを肉布団と言うか、普通に下敷きにしてしまった。こいつはたまにこんな気遣いが出来るから、文句が言い難い。アルゴスの腹の上から退いて、彼に打ち身を癒やす魔法を掛ける。
「ギィード、無事?」
「どうにかな。しかし、障壁が無かったら周りみたいになっていたかと思うと、ゾッとするぜ」
ギィードは隣で上半身を起こして、自分と同じく周囲を見回している。顔が引き攣っているから、障壁が無かった時の事を考えているらしい。周辺には折れて砕けた木々が散乱している。下手をすると、あれの仲間入りをしていたかもしれない。
「アルゴス、どう?」
「おう。大丈夫だ」
確認を取れば、打ち身が完全に癒えたらしいアルゴスがサムズアップして答える。
全員の確認を済ませると、慎重に爆心地に向かう。
爆心地に歩いて近づくが、今度は何も起きないが、離れた場所では未だに土埃が立ち昇っていた。
木々が砕かれ、地面に深いクレーターが穿たれた。大地が抉られた際に発生した土埃が収まると、発生地点の状況が判明した。
クレーターの中央で見覚えの在る、金髪の男が片膝を付いていた。左腕は、肘から先が無くなっていたが出血はしていない。肉が焼け焦げた臭いが微かにしたから、断面を焼くなりして、強引に止血したのだろう。更に内臓を傷つけているのか、足元に血溜まりが出来上がっていた。
そこへ静かに、大剣を担いだ一人の少年が灰銀の長髪を揺らして歩み寄る。目元に布を巻いているので、少年の顔を視認する事は出来なかった。布に認識阻害系の何かを仕込んでいるのかもしれない。
「流石、我らの同胞だった男だ。この一撃を受けて、まだ生きているとはな。正直に言って驚いたぞ」
「ケッ、よく言う……」
「我ら緑のヴェーダは、同胞を迎え入れる際に『禁忌を犯さぬ』誓いを立てさせる。それを犯したのならば、即座に切り捨てる。それが掟だ。レージョ・カイ・プーノの決定に従え」
「エクゼスティスト風情が」
「黙れ。貴様は何時になったら、禁忌を犯した事を理解するのだ」
少年は大仰に嘆息を零してから、肩に担いでいた大剣を振り上げた。少年が何をするのか、それを瞬時に理解した自分は飛び出そうとした。だが、ギィードとアルゴスに両腕を取られて押し戻される。そのままギィードの肩に担がれて、これまで来た道へ連れて行かれる。
「ちょっと、何してんの!?」
「そりゃ、こっちの台詞だ!」「何する気だよ!?」
「でもっ」
「でもも、何もねぇ! どんだけヤバいか、見ただけで解るだろ!?」
ギィードに怒鳴られたが、その言葉の意味が解らない程に己を見失ってはいない。言われた言葉の意味を理解して、自分は唇を噛む。
……理解はしている。やっと戦闘と呼べる程度の力は付いた。それでも、勝つには遠い。しかし、現状は予想と想像を遥かに超えている。
一度撤退した方が良いのは解る。どう考えても異常事態だ。
でも、今まで何の為に――
「ごめん」
「あぁ?」
「独りで行くよ」
「はぁ!? って、おい、待て!」
魔法を使いギィードの肩から浮き上がる。即座にアルゴスが飛び上がった。その手も掻い潜って、少し離れたところに転移する。
「我儘なのは分かっている。でも、今行かないと、今までが何の為だったか、分からなくなるの」
「「……」」
無言になった二人の目を真っ直ぐに見て、本心を告げる。
今行かないと、今までの積み重ねが消えてしまう。何の為に努力して来たのかと、思ってしまう。
「今までの目的が消える。目標を無くす。あたしを繋ぎ止めていた望みが消えるのは、耐え切れない」
改めて二人に頭を下げて謝る。
「ごめん、行かせて。ここであたしが逝く分には構わない。女王の言葉を考えると、天樹が朽ちている以上この世界は長くない。手伝っても延命処置にもならないから、女王に何か言われても、二人の好きにすればいい」
二人に言い残す言葉を言い、返事を待たずに転移する。視界は一瞬で切り替わり、先程いたクレーターの傍に降り立つ。クレーターの中央には誰もいない。
代わりに遠くから、戦闘と思しき破壊音が聞こえて来た。
羽織っていなかった、何時もの黒コートを羽織る。音を頼りに走って移動しながら、どの武器を使うか考える。
使える手札は多くても困らないが、逆を言うと選択肢を増やした事になり、今度はどれを選べば良いのか悩んでしまう。
少し考えて、手にしたのは万刃五剣の一組だ。少しでも情報を得る為に、これにした。
戦闘の破壊痕を頼りに移動していたが、戦闘音が急に遠くなった。移動方法を魔法に切り替えて、木々よりも高く、空を飛んで移動する。ここから先を走って移動するには、砕かれ、折れて地面に倒れている木々が障害物として転がっていて邪魔だし、何よりも遅い。走れば追い付くと思っていたが。
戦闘音を頼りにそれらしい方角へ進み、やっと見つけた。
状況は先程よりも更に進んでいて、男の左腕は肩口にまで短くなっていた。
相対している少年は、男を殺すだろう。
男がこのまま殺されたら、どうなる? 情報が手に入らなくなる。それだけは困る。男を助ける気は無い。だが、あの少年が男を殺したら、転生と霊力関係の情報は手に入らない。そもそも、入手出来るか謎だ。
それでも、実行するしかない。
手にしている剣の柄を両手で握り締め、己に身体強化系の魔法を掛けてから突撃する。
男と少年の間に割って入るように介入し、二人を引き離す。返す刃で男に切り掛かったが、背後から回り込むような動きをした大剣に阻まれた。自分は剣を押すが、少年は大剣を手前に引き寄せる。押し合うのではなく、押すと引くで力の均衡が生まれる、奇妙な鍔迫り合いに近い形で膠着した。
男は目の前で起きた予想外の出来事に、一瞬だけ呆然としたが、すぐに背後へ飛び退った。即座に空間転移魔法を使って男の後ろに移動し、がら空きの背中に剣を振り下ろす。
「っ!?」
だが、手に返って来た手応えは、まるで硬い何かを切り付けたようなものだった。身体強化の魔法を掛けていなかったら、手首を痛めるどころか、骨折する。現に、剣を握る手が反動で痺れて、握力が抜けた。慌てて魔法で癒やす。
前回この男に攻撃した時に使用した武器は、審判者が創り上げた武具の一つだった。アレに準じるものでなければ、攻撃そのものもが通らないのか?
そう思い、霊視を発動させる。すると、全身を魔法で防護している事だけは解った。それ以外の事は全く分からない。本当にどうなっている?
「うわっ」
霊視を使った一瞬の隙を狙った攻撃として、男の手刀が眼前に迫った。頭を振って回避し、同時に空間割断する魔法を剣に付与し、剣を手前に引いた。肉を断つ手応えが返って来た。
このまま切ると、意気込んだところで、頭上から強い光が接近して来た。急いで男から距離を取る。一方、男も光の着弾地点から逃れるように、飛び込み前転の要領で前へ逃げる。
一拍の間を空けて、光が地面に着弾した。棒を砂に突き立てるように、光は音と振動を立てずに地面を穿ち、クレーターを作った。ここに来る前に見たクレーターはこうして作られたのか。
それ思うと、想像を超える威力に顔を引き攣らせた。けれども、剣の刃を僅かに濡らす赤い血が視界に入り、剣の機能を起動させる為に集中する。何か情報を得られないかと思ったが、解析出来たのは男が使用している『防護の魔法が自分が使用しているものに近い』と言う事だけだった。
他にも情報が欲しいところだが、頭上から影が差した。そんな時間は与えないと言わんばかりのタイミングだ。最後空間転移魔法で男の背後に移動して切り掛かった。阻むように障壁のようなものが展開されたが、剣に付与している魔法は『空間割断』だ。紙を切るように障壁を裂く。
けれど、今度は真横から大剣が差し込まれ、男の背中に到達する前に止められてしまった。
さっきから、何度も邪魔が入っている。その全てを少年が行っている。と言うか、空間を断つ攻撃に耐える剣って何?
いや、今は少年の事よりも目の前の事に集中しよう。
このあとも何度か男に切り掛かったが、全て少年に邪魔された。けれど、解った事が在る。ここは一度下がろう。下がるついでに少年に吹き飛ばされるも、空中で体勢を直して足から着地する。
切り付けて判った事だが、この男の皮膚は硬かった。剣で切れないってどうなってるの? 魔法で強化しているのか。前回は審判者が作った武器だったから、攻撃が通ったのか? でも、空間割断系の魔法を付与したら切れた。単純に硬いだけか? それを言ったらこの少年の剣は何製だよ?
色々と考えたいけど、その前に少年に尋ねる。
「敵の敵は味方って、考えは無いの?」
「貴様が狙っているのは、こいつが使用した禁忌に関わる情報だろう? 情報の流出は避けねばならん。故に、貴様も排除対象だ」
少年の言い分を聞いて自分も敵認定されている事を知った。
となるとこの状況は、少年には有利だけど、自分はちょっと不利だな。
少年の敵は自分と男。自分の敵は男のみ。男の敵は少年と自分。
歪な関係図だが、有利なのは少年のみ。最も不利なのは自分だな。多分一番弱いだろうし。直感だけど、これまでに出会ったどの敵よりも、この少年は強い。通用するか怪しいけど、搦手を始めとした策を使って出し抜かないと目的は果たせない。身体強化魔法を重ね掛けして剣を構え直した。
僅かな睨み合いの末に、三人同時に動いた。
歪な混戦が始まる。