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南の国の女王様

 それから更に半年後。菊理となって二年が経過した頃。

 王国に珍客がやって来た。珍客と言っても『滅多な事ではやって来ない』と言う意味での『珍しい客』だ。

 珍客の名は『イナリ共和国』の女王様だ。

 イナリ共和国はここから南の方にある三十以上からなる島国で、馬車で片道二十日近くかかる程に遠い南の国だ。南の国と言っても『亜熱帯気候の南国』ではない。確かに、この国よりも幾分暖かい気候ではあるが『南に位置するだけ』の国だ。この世界で南国と言うと大体の人は『イナリ共和国の気候』を思い浮かべるレベルで名前は浸透している。

 しかし、共和国と名乗っている癖に閉鎖的で友好関係にある国はない為、孤立している事でも有名な国だ。自給自足は出来ているので『孤立している』と言うよりも『孤高を保っている』と言うべきか悩む国だ。ちなみに我が国との友好はない。

 更にこの国、共和国だが絶対王政で『次代の王は指名制』だ。そして、嘘か真か『現女王は三百年以上生きている』と言う話しがある。

 その三百年以上生きている女王様が、何故かこの国にやって来る。

 縁のない他国の女王がやって来る――しかも、押しかけに近い――事になり、城内は大騒動だ。

 受け入れ準備に誰もが『何の目的でやって来るのか』と首を捻っている。自分もその一人だ。



 迎えた女王様の来国日。

 厳戒態勢の中、やって来た使節団が静々と進み、入城した。

 国のトップ同士の形式的な挨拶を交わし、夜会まで休憩となった。なったんだけど、

「お初にお目にかかります。シュルヴィア・ヴィレン大公」

 眼前で優雅に一礼する、白金に輝くティアラを頭に乗せた女性を見て、ため息を吐きたくなった。

 エメラルドブロンドの長い髪は結い上げておらず、大部分が背中に流されている。髪の一部はファンタジー系の物語でよく見かける『エルフ』のように長い耳に掛かっている。容姿もエルフを連想させるほどに整っているので、現実味のない女性だ。

 髪と同じエメラルドグリーンの気の強そうな瞳と視線が合う。いや、自分は先に一礼したから、ここで頭を下げなくても良いんだけどね。

 席を勧めながら、逃げたいと内心で嘆息する。

 何故なら、この女性こそがイナリ共和国の女王なのだ。

 神経が磨り減る事この上ない。それは、お茶を並べる侍女も同じだ。相手が女王と言う事も有り王妃付きの侍女が、給仕を行っている。

 何故こうなったか? 無論、イナリ共和国女王たっての希望だ。

 相手が王妃なら分かるが、な・ぜ・か、自分が指名された。

 会談発生は予測可能だったので、国賓用の一室でコルセット無しで着れるドレス(借りもの)に身を包んで一対一の茶会形式で会談の対応をしている。

 意味が解らん。

 無茶振りをしている自覚は有るらしく、謝罪の言葉は発せられたが、会談を希望した本当の理由は不明だ。

 お茶と茶菓子が並べられたが、イナリ女王はどちらにも手を付けない。こちらを、不愉快と感じる程にじっと見つめて来る。

 視線を返しても反応はない。仕方がないと、口火を切った。

「歓迎の夜会まで時間が余りありませんので、無礼承知で率直に尋ねさせて頂きます。私に何用ですか?」

 侍女が身を固くしたのが衣擦れ音で判ったが無視する。他国の王に向かって使う言葉ではないのは分かっているが、不快な視線から『個人的に歓迎していない』事を伝える必要が有ると判断したのだ。

 話を振ったが、女王は自分を見つめるだけで、怒りもせず、口を開かない。

 真顔のままで何を考えているのか分からない。

 出されたお茶に口を付け、互いに無言の時間を過ごす。

 視界の隅で侍女がオロオロとしているが、ここは我慢して欲しい。

 カップのお茶が半分になった頃、何かに納得し、微笑んだ女王が漸く口を開いた。

「やはり貴女は、アルバータスと同じなのですね」

「意味が解りません」

「ご冗談を。彼と同じ位階保持者である事が何よりの証拠です」

「何の証拠でしょうか?」

 カップのお茶を飲み干し、侍女にお代わりを所望する。侍女は顔を引き攣らせながらも新しいお茶を入れる。

 だが、過度の緊張が元で今ここで倒れられても困る。女王が何を言うか分からないので、ポットを置いて下がるように指示を飛ばした。侍女はホッとした顔で部屋から退出した。

 それを確認してから、再び女王が口を開く。

「貴女が転生者である証拠です。異世界の記憶を持ったままこの世界の住人として生を得た人間。それが、貴女でしょう?」

「随分と、突拍子もない事を仰るのですね」

 率直にあれこれ言う女だ。何かしらの確信を持ってここにやって来た事は解る。でもね。面倒事の匂いがぷんぷんするのよ。はっきりと断ろう。

「何を企んでいるのか存じませんが、私は貴女方の助けになるような事は一切やりません」

「……世界が滅びるとしても、やらないと言い切れるのかしら?」

 そっち方面か。となるとこの女、管理化身か、近い人間だな。

「はい」

「なっ!?」

 女王が絶句して驚いている。どうやら当たりだったようだ。

「はっきりと何度でも言い切ります。職務範囲を超えて行動し、協力を強要するような方の助けはしたくも有りません。どうぞ、御自身の仕事を果たして下さい。それとも、貴方の配下が無能極まりない、と言う訳でもないのでしょう?」

「部下の侮辱は聞き捨てならないわ」

「何故、怒るのです? 私に要請している時点で、御自身の配下を自ら侮辱しているでしょうに」

「それは……」

「部下が無能ではないのなら、私に協力要請をしないで下さい。自力でこなして下さい」

 女王が返す言葉に困まると会話が途切れた。

 自分は喋って喉が渇いたのでお茶を飲み、茶菓子に手を伸ばす。クッキーが美味しい。

 喉を潤したら、仕上げに入るか。

「最後になりますが、国力を用いた圧力を掛けて、私に仕事をさせようとは思わないで下さい。やられたら私は行方を晦まします。この国に未練は有りませんので」 

 はっきり言うと、女王は目を細めて無言になった。

 これ以上話す事は無いと判断して、呼び鈴を鳴らした。

 やって来た侍女に夜会までの時間を訊ねると、そろそろと、返事が有った。

「……ここまでのようですわね」

「ええ。諦めて頂けると、とてもありがたいです」

 直球で言っても、女王は人目が有るからか眉一つ動かさなかった。

 諦めてないな。

 夜会の準備で去った女王を見送る。

 もう一波乱有りそうだな。迷惑かけるようだが、宰相に相談して置こう。



 結論を言おう。諦めの悪い女王だった。

 そして、宰相に相談しておいて正解だった。

 国交のない閉鎖的な国の要求を呑む国がある訳に無いでしょうに。正直に言って、イナリ共和国と国交が悪化してもウチの国に損はない。ましてや、押しかけ同然で来た、印象の悪い連中の要求なんか聞く訳無いでしょう。

 宰相の見事な手腕で何事も無く帰って貰ったが、あの女王は何かやらかすと、宰相から忠告を貰った。

 そのやらかしは手紙と言う形でやって来た。

 しつこく何度も手紙を自分宛に送って来る。ここまで来ると最早嫌がらせレベルだ。手紙の内容は全て同じなので、全く同じ内容の返事しか書いていないが。

「ま、いっか。やる事やろう」

 管理化身からの仕事要請は受けたくもない。すっぱりと記憶から消し、やりたくても出来なかった『人探し』を行おう。



 時刻は深夜。

 王都近くの森に転移し、探索用の羅針盤を使用する。王城内の借りている部屋で行わないのは、単に見られた時の、他者への説明が面倒だからだ。

 探索の結果、『この世界にいる』事が判明した。

 誰に会えるかは、会えば判るだろう。会うまでのお楽しみ、と言う奴だ。

 だが、一つだけ問題が発生した。

「何で南にいるのよ……」

 そう、何故か『南方』にいるのだ。タイミングが悪いにも程が有る。

 状況が好転する訳でも無いが、灯りを消したままの自室に戻る。ベッドやソファに腰を下ろさず、室内をウロウロと歩き回る。しかし、妙案が出て来る筈も無く。

「う~ん……寝るか」

 考えても解決策は浮かばない。寝れば思考が一度リセットされるだろうと思い、寝る事にした。

 翌朝。

 朝食後にお茶を啜っていた時に、『南西か南東に行くと言えばいいんじゃね?』と閃いた。

 大変アホっぽく思えるが、良さげに思える。

 イナリ共和国の位置を考えて、南西にするか。

 国名を思い浮かべたからか、ふと、イナリ共和国女王の手紙の内容を思い出した。

『(前略)火急の事態につき、助力を得たい。至急、来国されたし』

 来国されたしじゃねえよ。

 意訳でも無く、こんな風に書かれていた。

 これが日を置かずにやって来る。もはや嫌がらせのレベルだ。

 今日もやって来たが、持って来た宰相が困惑している。何故宰相が侍従の真似をしているのか。

 疑問を脇に置いて、どうしたのか尋ね、回答を聞いて眉を顰めた。

「見た事無い言語で書かれた手紙ですか?」

 女王の名で別人の筆跡の手紙が来たらそりゃ怪しむ。現時点で、あの国に自分の知人はいない。

 宰相に手紙を見せて貰い、思わず二度見した。

 ……手紙は何と、日本語で書かれていたのだ! しかも差出人は、これから会いに行こうと思っていた尋ね人二名。連名で署名されているので、本人で間違いない。

 手紙の内容を繰り返し読み、額に手を当てて対処方法を暫し考え、息を吐いた。

「これまでの抗議を兼ねてイナリ共和国へ向かいます」

 これは向こうへ行く為の建前だ。

 本音は手紙の内容を確認するのが目的。

「本気か?」

「はい。これ以上嫌がらせの手紙を送られても困ります。来て欲しいみたいですので、ついでに断交も宣言しましょう。必要な書類は何か有りますか」 

「……国交が有っても旨味の無い国だが、抗議一回で嫌がらせが止まるのなら断交は少し早いな。他国に何が起きたと要らぬ勘繰りを受ける」

「分かりました。では厳重抗議に収めます。明日にでも出発します」

 宰相の言い分も納得出来るので、女王に平手打ち一つで我慢しよう。

 魔法を使って移動するから一人で行くと言い張り、渡されそうになった旅費を辞退して、見送りも断った。

 ささっと荷物を纏めて、翌日。日が昇るよりも前に出発した。


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