色々と発覚して元凶は逝き、新たな日常が来る
パーティーから数日後。
約一年前、王から婚約解消に関する話しを聞いた小広間に再び『被害者』として呼び出された。
小広間には国王を始めとした国の上層部に所属する錚々たる面々が揃っており、もう二度と会う事はないと思っていたヴァルタリ伯爵とホスティラ侯爵までもが混ざっている。二人はユヴァ侯爵を挟むように立ち、怒りで顔を真っ赤にしている。挟まれている侯爵の顔は真っ青だ。
その面々が見つめる先、広間の中央に男が一人いた。
身分の証である紫色のローブや華美な装飾品と衣服は取り上げられ、今は粗末な服装をしている。両腕には魔力の流れを阻害する手枷型の魔法具が着けられて、膝を突いている。
罪人のような――いや、彼は真実、罪人だろう。二つの家を陥れ、王家にまで被害を与えた咎人。
宮廷魔術師筆頭であった男は、宰相が読み上げた罪状に否定の声を上げない。
それもそうだろう。己の目的である『ヴァルタリ家の凋落』が果たせたのだ。ホスティラ家は巻き込まれただけ。現に、己の望みを全てやり遂げたと、実に晴れ晴れとした顔をしている。腹が立つ事この上ない。
罪状を簡単に言うのなら『強姦と国家反逆罪』だろう。この男は一応妻子持ちだし、結果を見ると陰謀としか捉えられない。
正確に言うのなら、『二度に及ぶヴァルタリ夫人強姦』と『サンドラを唆しシュルヴィアからエルノを奪わせ、サンドラを経由でエルノを傀儡にする計画を立てた』が正しいか。
聞いて自分も正直驚いた。宰相に『母の相談相手の男は誰だったのか』と調査依頼をしたのは確かに自分だが、まさか妹と弟の父親がこの男だったとは思わなかった。他の平民の男だったら母と同じ修道院に押し込もうかとは思っていたが。
王の御前で裁判が始まった。
数日前、他国からの使者が帰路に着くと同時にこの男は捕縛された。抵抗もなくあっさりと捕まったらしいが、突然の逮捕に男の実家であり、兄でもあるユヴァ侯爵家は弟の『冤罪』を訴えた。しかし、宰相が提示した証拠と、弟本人の自白が決定的となり、覆る事はなかった。
犯行理由は、虹の位階保持者への嫉妬心。つまり、ヴァルタリ家とシュルヴィアを陥れる事が目的だった。
はっきり言って、大人気無い。
子供を陥れて喜ぶとか、馬鹿馬鹿しい以外に言葉がない。
罪状と犯行理由を知って、シュルヴィアの家族を思い浮かべてしまったのは仕方がないだろう。あの家族も『虹の位階者よりも上になる』事だけを考えて行動し――その結果、破滅したのだから。この男も破滅した。
この男の嫉妬心はシュルヴィアだけでなく、ヴァルタリ家の三代前の当主であるアルバータスにも向いた。
彼もまた、虹の位階保持者で『王国史上もっとも偉大とされる魔術師』と謳われた存在である。王国で魔術師を志すものならば、必ず一度は名を聞かされる。
そんな男が残した家を凋落させる事が出来たらと、策を考えていた時に『中々子供が生まれない事で有名な』ホスティラ家から女が一人嫁いだ。それがシュルヴィアの産みの母である。結婚から五年経ってやっと子供を授かったが男じゃない云々と、父が社交界で触れ回っている事を知り、一つの策が閃いた。
『自分の血を引く子供をヴァルタリ家に育てさせ、シュルヴィアと競争させる。自分の血を引いているのならばアルバータスの子孫にも勝てる筈』
どこで勝てると確信を得たのか不明だが、幻術で顔を誤魔化して、占い師の振りをして母に近づいた。愚痴を聞きながら媚薬入りの酒を飲ませて犯し、身籠らせた。そして産まれたのがサンドラである。
父がまた女だったと、社交界で愚痴っている事を知った。再び顔を幻術で誤魔化し、同じ手順で身籠らせ、産まれたのがトニだった。
跡取り息子が産まれたと喜ぶ父を見て冷笑していたらしい。自分の血を引いていないと教えたらどれだけ絶望するかと、優越感を覚えて内心高笑いしていた。が、シュルヴィアが十歳の時に受けた鑑定結果で『虹の位階』を授かり、国王指名で王太子と婚約した事を知る。その途中でサンドラもトニも『魔術関係問わず、シュルヴィアに劣る』事を知って策を練り直した。
その練り直しの策が『サンドラがシュルヴィアからエルノを奪う』事である。魔術で劣るのなら、別の事で優秀と証明すれば良いと考えたそうだが、叩き付けられた婚約破棄と、婚約者と両親からの無責任な言葉に、我慢の限界に達したシュルヴィアが自殺し状況が変わった。
エルノ王太子は、シュルビアの婚約関係の解消し、廃嫡、サンドラと共に辺境送り。
この時まで、サンドラが不正合格していた事は知らず、聞かされて己の血を引いていながら情けないと、落胆したそうだ。
身辺調査で発覚した、ヴァルタリ夫人の不倫と次女長男の真実はこの男にも聞かされている。聞いて焦らなかったのは、己の術に絶対の自信を持っているからだろう。しかし、その自信を覆す魔法具が存在した。国宝であり普段は宝物庫に入れられていた為、男も存在を知らなかったらしい。この魔法具が最後に使用されたのは今から二百年ほど前と古い。その時は、娼婦に身籠らせた子供を『髪と瞳の色が違う事を理由に拒否した』公爵相手に使用された。髪の毛一本有れば調査可能なので、王の御前でその魔法具を使用した調査が行われ――公爵の子供である事が判明した。
王の手を煩わせた罰として、公爵は子供と母親を引き取れと命じられた。当然二人は愛人と庶子扱いとなるので『冷遇するな。面倒を見ろ。途中で殺すな。やったら処刑だ』と念入りに脅された。
髪の毛を使用した遺伝子調査を可能とする裁判用の魔法具で信用性は高い。元は王の実子である事の証明に使われていたらしい。
今回はサンドラとトニの『父親であるか』の調査の為に使用された。
父親候補の特定が良く出来たなと感心するが、宰相から『こいつだけ聞き流していたから怪しいと目を付けていた』と言葉を貰い、男の詰めの甘さに呆れた。普段からヴァルタリ家の粗捜しに夢中で、宰相から注意を受けてもシュルヴィアを貶す事を止めなかった男が、ヴァルタリ家の醜聞を『聞き流したら』怪しまれるでしょうに。嫉妬で身を亡ぼす阿呆だからか?
時を遡り回想している間も、裁判は続く。進行は宰相だけど。王は相変わらず空気だな。
ヴァルタリ夫人強姦については『結婚しているにも拘らず、男と密室で二人っきりになる夫人も馬鹿で常識が身に付いていない。ある意味自業自得』と軽く流された。常識云々の辺りで、一瞬、ホスティラ侯爵に視線が集まり、居心地を悪くさせた。今後常識を教えるようにすればいいんだから、是非とも頑張って欲しい。
もう一つの国家反逆罪については荒れた。
ユヴァ侯爵家も罰するべきか否かで割れたが、当主の弟以外に今件は誰も関与していない上に『自分を当主に据えない家など潰れてしまえ』と暴言をこの場にいる全員が聞いた為、処罰対象から外れた。
完全な単独犯である事は明確になり、無期投獄か、犯罪奴隷落ちか、極刑の死刑かで割れた。
特に『極刑を!』と声高に叫んでいるのは、正妃の兄公爵だ。そう言えばこの人、甥っ子に異様に甘かったな。短期間とは言え、甥が辺境に飛ばされた原因だから異様にブチ切れている。今すぐにでも殺したいと、剣呑な雰囲気を漂わせている。
裁判は荒れに荒れたが『身分剝奪、戸籍を出生時まで遡って除籍した上で処刑』で落ち着いた。
刑の執行日程は僅か一日で整えられた。正妃の兄公爵が『甥の為だ。血を吐いてでもやる』と頑張って日程調整をした。
そして、刑執行日。
自分は行かなかった。自分の顔を見たら、罪人が罵声を浴びせて来る事は容易に想像出来ると、宰相からも止められた。行かなくてもいい理由を考えていたので非常に都合が良かった。
宰相に聞いたところ、頬を赤く腫らした状態で引き立てられたそうだ。クロヴァーラ大公に喧嘩を売って殴られたらしい。刑の執行に問題はないと判断され、そのまま執行された。
推測でしかないが、大公が怒るとしたらサンドラ絡みだろう。
サンドラも実の娘だしね。育ての親は違うが。
実の娘で思い出したのだが、この男も一応妻子(息子が一人)持ちだった。
妻子は『冷遇も厚遇もされていなかったが妻子としても扱われていなかった』事が判明し、兄であるユヴァ侯爵が弟の息子を当主とした分家を興させる事にした。弟の所業を止められなかった事に責任を感じているらしく『責任を持って後見を務める』と宣言した。どこまでお人好しなんだよ。
更に数ヶ月後。シュルヴィアとなってから一年半程度の時間が過ぎ、待ち望んだ日がやって来た。
位階認定の合格発表の日である。
虹の位階保持者であるだけで狙われた一件から『この程度の実力は有ると示した方が身の安全に繋がる』と宰相を説き伏せて、自分も位階認定試験を受けたのだ。ユヴァ侯爵の弟のような人物が他にもいないとは限らないしね。
試験内容は実技と筆記に分かれており、合格点数は位階事に分かれているが、両方合格点を出して試験合格となる。合計点で合格ではない辺り、偏りが有っては駄目なのだろう。そして、叩き出した結果で位階が決まる。なので『〇〇の位階認定試験を受けたい』と言っても受けられない。結果に応じて位階が得られると言う形だ。だから『金の位階認定試験を受けたぜ。落ちたけど』と言った類の話も聞かない。
実技では『術の安定・精度』を見られて、筆記は理論よりも術を使う過程で『何が危険で違法であるか』を熟知していなければならない。
この試験内容から、実技は意図的せぬ暴走を未然に防ぎ、筆記では法律を守る事の大切さを知れと言う事なんだろう。
自分も実技はともかく、筆記試験で非常に苦労した。何しろ幾つかの法律を丸暗記し、術者としての倫理を覚えなければならない。自分に倫理がないとは言ってはいけない。
結果発表は宰相の手元に届いたそうなので、本日王城に存在する宰相の執務室にお邪魔した。
自分の手元に届かなかったの何故と問いたいが、宰相がある意味後見人と化しているので文句は言えない。
で、執務室に到着すると、宰相から紫色のローブが手渡された。広げると、所々に金の刺繍が入っている。
おおう。一番上の金に受かりましたか。筆記試験が微妙に心配だったが、合格出来て良かった。良かったが、紫色の生地に金の刺繍って、改めて見ると派手だなぁ。
自分の場合、これまでの公式行事類はイヤリングだけを付けて参加だったが、今後はこのローブも着なきゃならんのか。
……派手だなぁ。前宮廷魔術師筆頭に近い格好だ。今になって気づくとか、間抜けだなぁ。
そんな事を思い、宮廷魔術師筆頭の座が未だに空席のままになっているのを思い出した。
自分は辞退した。自分が持つ位階が原因で騒動が起きたから、二度も起こす訳にはいかない。
ローブを入っていた箱に戻し、仕事の邪魔をする気はないので、箱を持って執務室から辞した。
持って行った理由? 持って行かないと『王が直接授けたい』とか妙な式典を開かれそうで怖いからだよ。
部屋に戻り、ローブとイヤリングを身に着けて鏡の前に立つ。
……想像以上に派手だ。
式典類での着用は宰相と相談してから決めよう。
心に固く誓った。