審判者達の再訪 ①
一ヶ月が経過して、――今のところ異変は無い。
二ヶ月、三ヶ月と経過しても、異常は無い。
自分から呼ばない限り、ベーノ・アウ・マルベーノは起きないと言うのは本当なのか、実際に試してみたいが止めた。眠るのは嫌だと駄々をこねられても、面倒だしね。
この三ヶ月間は、平穏だった。時間を見て鎧の修復も行った。
欲しい合金の材料不足で、鎧の修復は途中までになったので、緊急時を想定して原始魔刻印術を使えるだけ注ぎ込んだパワードスーツも作った。見た目はこの大陸の感覚にそぐわないメカメカしい。
見た目を代償にと言う訳では無いが、破格の性能を誇る。
試乗して想定通りの性能を持っている事は確認出来た。
自分が創ったパワードスーツに興味を持ったヒース大佐とフルード大尉に貸し出したら、……揃って真顔になり真剣に議論を始めた。
「設計図を出せ。上に掛け合って予算を捥ぎ取って来る。予算が確保出来たら、リアにはこいつを量産して貰うぞ。それと、別電源で無人機運用と常人運用可能なように改良して貰う」
議論の果てに、ヒース大佐はこんな事を言い出した。
この時は『簡単に予算は下りないだろう』と笑っていた。
けれど、ヒース大佐はどんな交渉を行ったのか、マジで予算を捥ぎ取って来た。その予算を使い急遽三十体ものパワードスーツを作る羽目になった。残業代? 臨時手当? 出なかったよ。
ちょっとした騒動はさて置き。
グーフォ対策の準備で色々と作り、鎧にも手を加えたので、確保していた資材を予想以上に使った。どこかの世界で資材を確保しなくてはならない。
特に、オリハルコンとミスリル鉱石とダマスカス鋼が存在する世界だったら、多少無理をしてでも確保しよう。グーフォ対策で色んな資材を使ったので、残存量が少し心配だ。
そう心に決めた、そろそろ四ヶ月目となろうとしたある日。
「っ!?」
何時ものように登庁して、ヒース大佐を含む大人三人と溜まっている書類仕事の最中に異変を感じた。
何事かと椅子から立ち上がった瞬間、正面の空間が楕円形状に歪んだ。
ヒース大佐とフルード大尉が拳銃を素早く机の引き出しから取り出して立ち、スウィフト大尉は机の下に隠れる。自分は首から下げている道具入れから鉄扇を取り出した。
その楕円形の内部が波打ち、一人の人物が姿を現した。だが、現れた人物は意外な男だった。
刈り上げた空色の髪、金と赤の双眸、顔の下半分を隠す黒いマスクに、体にフィットした黒いボディスーツ。こいつに会うのは実に四ヶ月振りだ。
今にも発砲しそうな空気のヒース大佐とフルード大尉を手で制止して、正面の男に話し掛ける。
「お前、……確か、コリフェーオだったっけ? 来るなって言ったのに、何で来たのよ?」
そう、前回戦闘中に割って入って来たこいつに、情報を渡す条件として『この世界に来るな』と言った。それから、まだ一年どころか四ヶ月程度しか時間が経過していない。
「それは覚えているが、今は緊急事態だ。青のブルゥアのめんどくせぇ奴が部下を連れてこの世界に来ている。俺と一緒に来た二人が、ここから南の沖合で対応しているが旗色が悪い」
「そっちでどうにかしなさいよ」
「連中の狙いは、ベーノ・アウ・マルベーノだ」
「……最悪」
予想外かつ、最悪な事実を告げられて、鉄扇を宝物庫に仕舞った自分は椅子に座り頭を抱えた。
前回、グーフォとの戦闘終了時にコリフェーオは、ベーノ・アウ・マルベーノを『青の中の青が創った』と明言した。
この情報と現状突き合わせると、青のブルゥアの連中は『ベーノ・アウ・マルベーノを回収に来た』と考えるべきだろう。どうやって、この世界にいる事を突き止めたのかは知らないけど。
連中がベーノ・アウ・マルベーノを回収に来たのではないのならば、所属が違うコリフェーオがわざわざ自分のところに来るとは考え難い。
……これは、行くしかないパターンだな。戦場が海上から地上に移動したらヤバいし。
大きく重めのため息を吐いてから、自分は立ち上がった。魔法で姿を消して服を脱ぎ、道具入れから代わりの衣類(黒い膝丈のワンピース)とブーツを取り出して着替える。仕事着とパンプスは道具入れに仕舞った。
着替えが終了したら魔法を解除して、黒いコートを羽織る。
自分の衣類が変わった理由に気づいたヒース大佐が目を瞠る。
「リア? 行く気なのか!?」
「戦闘空域が海上から北に移動したら、大事になります。被害範囲の表現も甚大で済まないでしょう」
「だが、リアが出る必要は有るのか?」
「連中の狙いは私の所有物です。仮に、こいつに所有物を渡したとしても、手元に帰って来ず、そのまま持ち逃げされる可能性も高いです。そうなると別の意味で困るので、渡す訳にはいきません」
「経緯がアレとは言え、信用が無いのは事実だな。……借りるのは無理だけどよ」
ヒース大佐に出向く理由を告げた。コリフェーオは『さもありなん』と言わんばかりの反応を見せ、小声で何かを付け足した。
自分はコリフェーオが付け足した言葉の意味が気になり尋ねようとしたが、遮るようにヒース大佐が再度疑問を投げ掛けて来た。
「リアが行く理由は分かったが、着替える必要は有るのか?」
「……それを言うのなら、単独行動禁止命令を解いてくれませんか?」
「すまん」
ヒース大佐は自分から目を逸らした。
実はこの四ヶ月間、再び単独行動禁止命令が出てしまい、衣服の買い足しなどが出来無い状況だった。
四ヶ月以上も前、グーフォの襲撃時に、仕事着を一着駄目にしている。元の数が少ないので、現在着ている仕事着を駄目にしたら、買い足さなくてはならない。
「就業中に済みませんが、行って来ます」
三人の大人に頭を下げて、コリフェーオの尻を蹴り飛ばし、現場へ続くゲートらしいものを再度開かせて通った。
コリフェーオと一緒にゲートを通り抜けた。
空気が澄んでいないと見えない丸い水平線を観賞する暇も無く、遠くに見える雲よりも更に高い高高度から二人で一緒に自由落下した。
自分が風属性の魔法を使って落下速度を落とすよりも先に、コリフェーオが魔法を使い、風の球体に包まれた状態で、滑空するような移動が始まった。
コリフェーオは風属性の魔法が得意なのか。魔法が発動する前兆が全く感じられない。
「目的地はここからもう少し先だ。その間に説明する。この世界に来ているのは青のブルゥアに所属する審判者十人だ。その内一人がグーフォと同じ剣を持っている。そのせいで、微妙な膠着状態に陥った。グーフォともう一人が、二人でどうにか凌いでいる」
「良く抜ける気になったわね。あたしを呼びに行かないで、撤退すれば良いのに」
「ベーノ・アウ・マルベーノの情報を持っているのが、俺らだから狙われたんだ。撤退しても追われる。それに、派閥の代表に報告したら『お前にもう一度会って来い』みたいな事も言われた。撤退しても、もう一度この世界に来たんじゃ何度も狙われる。だから、対処する事にしたんだ」
「連中はどうして、探さないであんた達を襲う事にしたのよ? それ以前に、あたしが前にベーノ・アウ・マルベーノ使った時に、青の連中は来なかったわよ?」
「世界間の移動距離を考えろ。俺らがもう一度ここに来るまでに、どれだけの時間が掛かった? 世界ごとに時間の流れが違う事もある。短時間で世界間を移動出来る手段が無い以上、遭遇する可能性は低い」
「世界と世界を移動する際に掛かる、時間と距離と、移動手段か」
自身がいた世界から、別の世界へ移動する際に掛かる時間と距離について考えた事は無かった。
自分の場合は、二つの魔法陣を繋いで、転移魔法で一瞬で移動していた。点と点を繋ぎテレポートの要領で移動していたし、そもそも世界と世界の距離とか考えた事も無かった。距離を測る方法とかが無かったから、距離について考える切っ掛けすら無かった。
世界ごとに時間の流れが違う事は知っていたけど、こうして考えると、自分の移動方法は異質だな。
「青の連中と遭遇しなかった理由について、納得はしたな?」
別の方向に思考がはまり掛けるも、コリフェーオの言葉が聞こえて来た。意識を迫る戦闘に向ける。
「納得はしたけど、あたしは審判者じゃないから攻撃が通るか怪しいよ?」
「対策はこっちで用意してある。間違っても、ベーノ・アウ・マルベーノは出すな」
「それ以外の武器を使えって事か」
コリフェーオから使用する武器の指定を受けた。どんな武器を使用すれば良いのか考える。指示通りに、ベーノ・アウ・マルベーノを使うのは駄目だろう。
今回の戦闘でベーノ・アウ・マルベーノを使えば、『自分が所有者だ』と相手に教えるようなものだ。コリフェーオの指示通りに使用は出来ないし、何よりアレを起こしたくない。
コリフェーオの指示に従い、使用する武器の取捨選択を行って行く内に、グーフォと初めて遭遇した戦闘で使用した武器を思い出した。
万刃五剣は刃の部分に亀裂が入り、危うく破損するところだった。何より、審判者だったあの男を切る事が出来なかった。
でも、その次に使用した武器――リッデルは、あの男の切断を可能とした。
……そう言えば、リッデルは聖結晶と一緒に引き取ったけど、あの二つは一体どこで入手したものだったんだろう?
非常に昔の事なのでうろ覚えだが、リッデルは数百年以上もあの国の宝物庫に収められていた。
建国時から存在する魔喰の大鎌の出所を知る機会は無かった。
聖結晶は地中から小さなものを一つだけ見つけた。でも、あの大きさの聖結晶は一体どこで入手したものなんだ?
地中から掘り出したとしても、大き過ぎる……いや、今はコリフェーオの指示内容に沿った武器の取捨選択をすべきだ。
少し考えて、やっぱりリッデルを選んだ。殺し損ねたあの男を切った実績がある。
宝物庫から大鎌のリッデルを取り出すと、コリフェーオが目を瞠った。
「えっ!? ちょっと待て! お前、何でそれを持っているんだ?」
「国が滅びそうだから引き取って欲しいって言われたんだけど。それよりも、魔喰の大鎌について知っているの?」
どうやらコリフェーオは、何一つ情報が無いまま自分の手元にやって来た武器の情報を持っているらしい。情報が欲しかったので素直に入手した経緯を言った。
「嘘だと言って欲しいぜ。……青のブルゥアは各世界の協力者に、『青の中の青が作った習作を贈っている』んだ。そいつもその内の一つで、大きさが違う完成品の正式名称は『アヴィーダ・セルポ・ランツォ』だった筈だ。習作と完成品の見た目と名前は同じだから、間違いない」
「何でそんな情報を持っているの?」
「青のブルゥアの代表、歴代の青の中の青が作った武器はベーノ・アウ・マルベーノを筆頭に、厄介なものが多い。例えそれが、習作であろうともな。だから、どこの派閥も情報の収集を欠かさない。アヴィーダ・セルポ・ランツォは大鎌と槍の二つの形状を持ち、対象を魔力に分解して吸収する」
「魔法を分解吸収するんじゃないの?」
「習作はな。完成品は切った対象を魔力に分解吸収する」
切った対象を魔力に分解吸収する。これは、ベーノ・アウ・マルベーノの魔剣状態の時と同じ効果だ。生産元が同じだから、技術が継承されている可能性は高い。
「青のブルゥアは武器を作る事に特化している派閥なの?」
「違うな。あそこは『世界樹存続の為に世界の総数を半分にまで減らせば、世界樹は持ち直すかもしれないから、とりあえず減らしてみよう。その減らし方は世界の自滅を誘発させる方向で』って言う思想を持った奴の集まりだ。世界樹にとって必要な世界ならば、どれ程人格に問題のある住人が住む世界であろうとも自滅はしない。逆にどれ程優れた世界であっても、些細な要因で自滅にひた走るようなら、その世界は世界樹にとって不要な世界だった。そんな考えが根付いている」
「自滅を誘発させる要因をばら撒いておいて、本当に自滅したら住人が悪いって事? 悪質過ぎない?」
コリフェーオから得た情報を聞いて『悪質』だと思い、一瞬だけ、聖書の一幕を『蛇と知恵の実』について思い出した。
知恵を持っていなかったアダムとイヴに、蛇が知恵の実を食べるよう唆した一幕だ。
蛇に唆されて知恵の実を食べた二人は、神の言い付けを守らなかった事を理由に、楽園から追放される。
この一幕を知った自分は『アダムとイヴが楽園から追放されたのは、自業自得なのか?』と思った。
だって、『そこいらに生っている木の実を食べるな』と言っているも同然だし、そもそも近づけないようにしろよ。何で、『これは食べるな』って、口頭注意で済ませてんの?
何で簡単に手に入る場所に、そんな大事な木の実が生っているんだよ。誤って食べたらどうするんだよ? 食べられたくないのなら、別の場所に移せよ。
楽園で愛玩動物みたいな扱いを受けている奴に、『食べてはならない試練』とか要らんだろ。
蛇みたいなのが二人に簡単に接触出来る時点で、『知恵の実を食べるな』って注意を本当に守らせる気があったのか怪しい。そういや、蛇ってどうなったんだろう?
聖書の一幕を知った際の感想を思い出した。
青のブルゥアの行動は支離滅裂と言うか、滅茶苦茶だな。
「アイツらは本気でそう思っているんだよ。あと少しで着くが、その鎌は仕舞え。青の連中に一生目を付けられるぞ」
「他に審判者に通じる武器は持っていないよ。あたしが作った武器は通じなかった覚えがある」
「その辺はこっちでどうにかするから心配するな」
「それって、錨の槍が刺さったから、鍵の神剣に連なる武器でも貸してくれるの?」
「錨なら確かに使えるが出すな。鍵の神剣は『普通の人間が使う』事が前提で、『普通の人間以外では正しく機能しない』武器だ。審判者が使っても選定の義は止まらない」
「……そうだったの?」
再びコリフェーオから、意外な情報を聞かされて驚く。知らない事が多過ぎるな。
「あれは選定の儀を止める機能に、神剣の性能の大部分が持って行かれたせいで、審判者を殺す機能は一度だけに限定された。その一度だけの機能も、連なる武具を全て鞘に納めて、機能を限定しないと起動すらしない」
何だか、ややこしいな。
鍵の神剣は人間が使う事が前提の武器で、連なる武具を全て集めて神剣の鞘に納めて、機能が限定された状態で起動しないと、選定の儀を止める事は出来ない。
言われて思い出すと、確かに選定の儀を止めた人物は、職業が聖騎士などであっても、人間だった。
これを考えると、その世界の住人に『もう一度、世界の未来を決めさせる』って、意味になる。
それはそれとして。
「それにしても、随分と口が軽いけど、そこまで部外者に喋っても良いの?」
コリフェーオの口の軽さが気になったので、単刀直入に尋ねた。
「ベーノ・アウ・マルベーノがお前に『正しい知識』を与えるかどうか怪しいからな。間違った知識を基に行動されて、こっちに迷惑が掛かっても困る。いいか? 審判者は、『高純度の魔力の塊』か、『同じ審判者』か、『審判者が作ったもの』でなければ傷付ける事も殺す事も出来ない。魔法の無駄撃ちは控えろ。こっちが渡す武器を使え」
「それって、魔法の付与も意味無いの?」
「微妙だな――着くぜ。準備しろ」
コリフェーオの言う通りに、遠くから戦闘音と思しき音が聞こえて来た。
「コレが終わったら、協力の対価として色々と教えて貰うから――逃げないでよ」
「分かったから、殺気を抑えろ。こっちも本命の用事を済ませない内は帰れない」
良し。コリフェーオから言質が取れた。
戦闘が終わって忘れているようならば、蹴り飛ばしてでも思い出させよう。
正面に意識を向けると、遠目に戦闘風景が見えて来た。
正面に意識を向けると、遠目に戦闘風景が見えて来た。
二対十で戦闘中だと聞いていたが、改めて人数を数えると大分減って、二対四になっていた。自分とコリフェーオが加われば、一対一が四つになる。
「あそこまで人数が減っているって事は、ユカリもグーフォも無茶をしたな」
コリフェーオが顔を顰めた。だが、自分は『ユカリ』と言う名に興味を持った。
「ねぇ、ユカリって言うのは?」
「あとで紹介する」
コリフェーオに拒否されたが、戦闘中に判る事だろう。
そう判断して、自分は戦闘に集中する事にした。




