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始まった王太子試験

 十ヶ月後。試験期間終了まで残り二ヶ月。この世界の一年は三百六十日、十二ヶ月だった。地球に近い暦だと計算が楽でいい。

 次期王太子を決める試験期間も残り僅かになるも、優劣はほぼ同じで、二王子の間で一進一退の攻防が続いている。

 しかし、自分が出した試験内容で優劣がつきそうだ。



 執務室で、第二王子と第三王子が必死になって書類を捌いている。

 時折、それぞれの側近がミスの指摘を行い、フォローをし、王城内を駆け回っている。

 その様子を宰相と二人眺めていた。試験官だからと用意された王族付の女官の制服を着ているが、王城にいる間はチラチラと視線を感じる。

「う~む。これでどちらが次期王太子に相応しいかが決まる事になりそうだのう」

「他の試験結果を聞いていないのですが、そうなのですか?」

「うむ。ほぼ優劣が無く、どちらも同程度に出来ると言ったところだ。僅差で決まれば遺恨を残すと思っていたが、この状態ならば僅差の結果にはならんだろう」

 この状態と言うのはズバリ『ミスの回数』の差の事だ。

 第二王子と第三王子で、執務ミスが多いのは、意外な事に第二王子だった。

 兄よりも優れた王になりたいと日々猛勉強し、分からない事が有れば、側近や宰相、各大臣以外に、時にはシュルヴィアにまで相談して公務をこなしていた。しかし、真面目で自分を追い詰める癖がネックとなり、第三王子に後れを取っている。

 とは言え、こなしている執務の量自体は第二王子の方がやや多い。しかし、ミスの発生率も高い。

 第三王子の執務の量は、第二王子に比べると少ないが、ミス発生率は低い。

 拙速と巧遅のどちらを取るかで別で議論が発生しているが、現在、巧遅を支持する意見が多い。

 自分としては、『不眠不休の激務に耐えられるか』、『どんな時でも冷静な判断が下せるか』、この二つを見るだけだった。ついでに色んな部署の仕事を手伝わせて、全体の把握と繋がり、仕事の割り振り方、部署同士の調整の仕方を実体験で教えよう。

 そう思っていただけなのに、何故こんな状況になるんだろう。



 四ヶ月前、自分が二人に試験内容を提示した日。王城内で感涙するものが多かったそうだ。理由は試験内容である。

 事前に提示した試験内容は、国王以下正妃と側妃、宰相、各大臣、各部署代表からも許可が下り――もっと早くに自分に試験官をさせればと愚痴がポロリと零れた――二人の王子には執務業務が毎日山のように振られ、側近共々、目の下に濃い隈を作りながらも書類を捌いている。

 当初期間は三ヶ月としていたが、王城内の執務業務が人手不足で滞っている事から、急遽、六ヶ月に(期間最終日までに)伸びた。

 更に、執務をこなしながら、もう二つほど試験をこなして貰おうなんて意見も上がった。鬼かお前ら、手加減しろよ。

 三ヶ月から六ヶ月に期間が延びて、王子二人の瞳から光が消えた。並行して二つほど試験をこなす事になり、王子の視線が自分に集まる。

 自己弁護になるが、自分は反対したぞ。

 文官の殆どが賛同した結果、期間が延びただけなんだから。

 ただ、余りにも割り振られる仕事の多さから王子の側近達より『仕事を振り過ぎ』と苦情が寄せられている。しかし、『正妃と側妃のサボり分が二人に回っているだけ』と教えると、絶句し、瞳から光が消えた。

「王子の仕事を減らしたいのなら、二人の母君に『仕事をしろ』と進言してください」

 そこまで言うと、側近一同は肩を落として項垂れた。

 絶望しているところ悪いが、事実だぞ。

 二人の妃の仲は結構悪く、何か思い通りにならないと揃って職務放棄を起こすから、執務が滞ると文官一同の悩みの種にもなっていた。それでも仕事が回っていたのは、王と第一王子とシュルヴィアが大量に仕事をこなしていたからなんだよね。二名抜けたが。

 そんな中、王子二人に執務を山のように振って良いと判明した瞬間、皆挙って『期間の延長を』と署名まで集めて進言して来た。

 裏事情まで話すと、二人の王子とその側近達は皆、その場で膝を着いた。深く絶望していらっしゃる。

 頑張れとしか言えんので、諦めろ。自分も書類仕事はやりたくないからね。



 四ヶ月前のちょっとした出来事を思い返していると、視界の端を、見知った青年と取り巻きが横切った。

 王子二人にやり直しの書類を積み上げ、去って行こうとして、周囲の側近一同に引き留められた。

 しかし、逆に青年に一喝され、全員が肩を落とした。

 王子やその側近にこんな事が出来る紺色の髪の青年は、王や王子以外に一人しかいない。

 去って行くその人物と取り巻きの背を眺め、宰相はひっそりとため息を吐いた。

「陛下も困った決断をされる。文官の手が足りぬと言う理由だけで、エルノ様の処罰内容を変更し、呼び戻すとは」

 そう、今去って行ったのは、廃嫡となり辺境で奉仕活動十年の処罰を受けた、第一王子だ。取り巻きはその側近達である。

 宰相が言うように、人手が足りないと言う理由だけで王は息子を呼び戻した。それも、辺境に向かい一ヶ月も経たぬ内に決まった。

 王の判断を非難する声は当然あるが――王子一人を辺境に速攻で飛ばしただけで、執務が回らなくなるとは誰も思わなかっただろう。シュルヴィアが抜けた事も影響しているかもしれないが――二人抜けただけで仕事が回らなくなると言う異常事態に、非難出来なくなった。王の判断を非難するなら、二人が抜けた穴を埋めろと返されたからだろう。

 自分も口に出さなかったが、それなら最初から廃嫡してから文官として扱えばよかったのにと思った。

 呼び戻された本人は、以前よりも活き活きと仕事をこなしている。婚約破棄や廃嫡に、王位継承権剥奪などの醜聞は完全には消えないが、王子二人の合計の仕事量をほぼミスなく熟しているので、醜聞はほぼ聞こえなくなり、必要な人材として王子として復籍した。

 次期王太子が決まったら、自分と同じ爵位である大公を賜り、文官として勤務する予定だ。 



 見事返り咲いた第一王子とは逆に、妹の評価は地の底に落ちた。当然のようにヴァルタリ家も貶されている。


 ――サンドラが第一王子を誑かさなければ、こんな事にはならなかったのに、文官は未だに陰口を叩いている。

 

 奉仕活動をサボっていたツケか、第一王子が呼び戻された数日後に、野盗に襲われて死亡したと連絡が入った。

 これを聞き、『タイミングが良過ぎないか』と首を傾げた。

 死亡したは事実だろうが、野盗に襲われたとは思えない。そもそも、修道院に入れる価値もないから処刑にするかと、意見まで上がっていたのだ。野盗に襲われた事にした処刑の可能性は十分にある。

 しかし、ただの可能性だ。仮に問い質しても、公表された事が真実であると返されるだけだろう。

 そして、ヴァルタリ家だが、想像以上に酷い状況らしい。

 まず、王都の屋敷は売却となった。母と妹が持っていたドレスや装飾、家具や美術品も併せて売り払いそれなりの金を得たが、何年持つかは不明だ。弟が釈放されるまで持つか怪しい。

 屋敷に務めていた使用人は全員処罰対象だった為、郊外の大衆監獄に五年間投獄で落ち着いた。

 生涯領地から出るなと言う禁止令か、弟の投獄が効いているのか。隣接する領地の貴族から絶縁されたらしい。これを知った領民達は挙って移動を始め、ヴァルタリ家領地は一気に過疎化が進んだ。

 ほぼ没落状態なので、三年以内に返爵するか否かとなった。父は死ぬまで貴族で居続けるだろう。仮に何故と尋ねても、自分の代で没落とか先祖に顔向け出来んと、喚く姿が容易く想像出来る。

 弟も没落予定の家を継ぐのだから、釈放後は必死になるだろう。心を入れ替えて頑張れ。助けないがな。

 母の実家であるホスティラ家も被害を受けていた。

 それもそうだろう。

 ヴァルタリ家は『王国史上最も偉大とされる魔術師』を輩出した(一応)名家だ。ホスティラ家はその名家の凋落の原因を作った娘を生んだ女の実家。しかも、次女と長男を別の男との間に作った淫乱を送ったとして厳しい目で見られている。次女と長男が生まれた過程から『石女と種なしがいる』と噂になった。実際、ホスティラ家は子供が中々産まれない事で有名だったし、今回の一件で信憑性が増した。

 現在、石女呼ばわりされている母を修道院に送ったが『次期王太子妃を虐待するとか、どう言う教育を施した?』と叩かれている。

 ホスティラ家は魔術命な為、元々紳士淑女教育に力を入れていない。そのツケが今になって出て来た。

 社交界から一気に爪弾きに遭い、縁談も見直しと言う形で断られている。

 ちなみに、縁談は自分のところにも来たが、丁寧に断った。同席した宰相に『常識がないのか、恥を知れ!』と一喝され逃げるように去った。それでも諦めていないのだから、流石母の実家と感心する。

 自分に縁談を持って来た事を宰相があちこちにバラして回った為、どんどん窮地に追い込まれているらしい。

 勝手に自滅しそうなのに何故バラしたのか。一度宰相に聞いたら黒い笑顔を向けられたので何となく理解した。

 ホスティラ家、終わったな。裏で一体何をしでかしたのよ。

 お仕置きが宰相からのお説教で済んだのなら、心を入れ替えていい子になりなさい。ならなかったら地獄を見るぞ。



 ここにいない人達は一先ず忘れよう。

 現在、試験官に就いているが、やる事はほぼ存在しない。どうやら、王城で保護する為のただの名目の模様。給金は慰謝料の追加分らしいし。

 超が付くほど暇になったのだ。どれほど懇願されても、書類仕事だけはやらないが。

 その暇な時間に何をやっているのかと言うと、書庫でヴァルタリ家の三代前の当主について調べていた。許可は取ってあるぞ。

 この当主は自分と同じ虹の位階を持つ人物で、当時は数百年ぶりに見つかったとちょっとした騒動になったらしい。

 この情報を聞き、奇妙な点に気づいた。何故見つかったのだろう、と。

 魔術師の位階は全て認定試験を受ける必要が有るが、虹の位階だけ認定試験がない。故に、史上最年少で位階を手にしたと言った話も存在しない。ただ、十歳の時に魔術の適性を調べる鑑定時に『何か』が出ると、この位階が自動的に授けられるのだ。

 ヴァルタリ家に栄光と破滅を齎したこの位階は一体何なのか?

 知る為に、この当主について調べているのだ。

 そんな訳で、今日も書庫に向かい、百年ほど前の書物を読み耽っている。

 本を閉じ、当主について得た情報を整理する。紙に書き出したいが我慢だ。


 ・三代前の当主は名前を変えていた。変えた理由は不明。変える前はアルベルトと名乗っていたが、ある日を境にアルバータスと名乗る。

 ・幼少期から不可解な言動が多く、謎の単語や用語を多く呟いていた。

 ・使用する魔法も、アルバータスと名乗るようになってから一変し、幼少期から使用していた魔法の使用を止めた。

 ・当時バラバラだった位階を複数ヶ国共通に変更を進言し、国際基準を作った。


 これらのことから、この当主についてとある一つの可能性が浮上する。

 この当主、自分と同じ『転生者』だったんじゃないか? 

 アルバータスは確か英名の筈だ。

 そして、謎の単語も、『フィッシュアンドチップス』、『パンケーキ』、『パスタ』、『コンクリート』、『ティラミス』、『オペラ』、『オタク』とこの世界には存在しないようなものばかり。やたらと料理名が多いのは、前世で食べていたから何だろうね。故郷の味かな? 

 余談だが、パスタとティラミスはこの世界に存在しない。この世界のチーズは冷蔵庫が存在するのに何故かハード系しかない。フレッシュ系チーズは生産者しか口に出来ず、市場にも出回らない。マスカルポーネとか、クリームチーズが有ればティラミスやチーズケーキが作れたのに。残念だ。それと個人的に、何故オタクと言う単語を知っているのか、本人がいたら是非とも問い質したい。

 本を棚に戻す。

 アルバータスについて、これ以上調べても情報は出て来ない。

 分かった事は、転生者である可能性が高い事。自分と同じように何かしらの要因で記憶が戻っている。そして、複数の前世の記憶持ちである可能性が高い。

 地球出身が、この世界とは違う魔法が存在する世界に転生し、更にこの世界に転生した。

 何ともまぁ、自分に似ている。違いは、転生の回数か。

 肝心の、虹の位階についての情報はなかった。

 しかし、アルバータスとシュルヴィアがこの位階を得た状況は『見つかった』から与えられている。この事から『転生者に与えられる位階』ではないかと言う仮説を立てた。真偽は不明だけど。

 書庫を出て借りている貴賓室に戻る道中、廊下を歩きながら更に考える。

 転生者の扱いについての情報が存在しないので、隠して置いた方が良いだろう。

 過去、転生した世界のように『国の発展の為に、異世界の情報を寄こせ』と言われると非常に面倒だ。何せ、悪用したがる人間がどこにでもおり、どの情報が悪用されるか分からない。

 漫画とかで稀に有る『未来もしくは未知の情報を渡して、世界情勢を一変させてしまう』をリアルにやる訳にはいかない。責任を取れとか言われると、どの情報からどこまで悪化したのか把握出来ないから、責任も取れない。

 良かれと思って情報を渡して世界に異変を齎すのなら、死んでも渡さない方が良いだろう。

 少なくとも、自分はそう考えている。

 思考を中断させるような大きな足音が正面から近づいて来た。音源を見て、内心ため息を吐く。

 近付いて来たのは、紫色のローブを羽織った壮年の男。左耳のイヤリングには大粒のクラック水晶(らしい鉱石)が付いており、光が当たる角度によっては虹のような色が見える。イヤリング以外にも幾つかの同じ装飾品を付けており……台座が金な為、若干目に痛い。

 中年オヤジはワザと、大仰にこちらに気付いて声をかけて来た。

「おや? 殿下方の試験官たる御仁が、こんなところで何をなさっているのですかな?」

 周囲に聞こえるようにわざと大き目な声で嘲るように言ったなこいつ。相変わらず、ウザいオヤジだ。

「書庫で調べものをした帰りです。許可は取っておりますので、問題はない筈ですが?」

 問題有るのかと、言い返せば、男の見下し笑顔に皹が入った。すぐに取り繕う辺り、効果はないんだな。

 宰相への報告が一つ増えたな。何度宰相から地獄の説教を受ければ気が済むんだか。

「で、殿下方が忙殺される原因だと言う自覚はないのですかな?」

「何を仰っているのですか?」

 絞り出すような非難の台詞に、憐みを込めて返す。

「ご存じないのですか? 提示したのは私ですが、期間が六ヶ月に延長したのは『人手が足りなくて困っている、文官の皆様が延長を希望する署名を提出した』からです。私は反対しましたが、並行して残りの試験を行うのが良いと陛下に進言したのは、宰相閣下を始めとした他の試験官の方々です」

「っ!?」

 表情筋がピクピク動いている。知らなかったのかよ。アンタ、宮廷魔術師筆頭だろ。何故知らないんだよ。

 いや、どうでも良い事と判断して、聞き流していた可能性も……これが正解そうだな。

「許可を頂いた宰相閣下の元に行かなくてはなりませんので、これにて失礼いたします」

 宰相の名前を出した瞬間、サッと顔を青ざめさせた男を放置し、一礼してから足早に去る。

 ウザいオヤジが背後で何か言っていた気もするが、聞き取れなかったので無視した。

 それにしても、何であんなにも権力に弱いオヤジが、宮廷魔術師筆頭何だろう?

 大体、王太子の婚約者だったシュルヴィアに『こんな子供が何故虹の位階持ちなんだ!?』とすれ違うたびに嫌味を言う大人げない馬鹿。位階があと一つ下だったら、速攻で解雇にしたのに(宰相談)。

 

 魔術師の位階だが、上から『虹・金・銀・紫・黒・白・緑・青・黄・赤』の十個が存在する。

 この内、認定試験で得られる位階は金まで。虹は既に述べた通り自力で得られるものではない為、金が最高とされている。

 妹がかつて持っていた『白の位階』は中の中と言う位置づけだ。それでも、合格条件は非常に厳しい。

 先のオヤジの位階は着ていたローブと同じ色の紫だ。ローブの色は所有する位階を示し(金と銀の位階は、紫色のローブに金か銀の刺繡が入る)、公の場では着用が義務付けられている。

 ちなみに、シュルヴィアのような虹に位階持ちは、ローブではなく特殊加工された虹色のイヤリングを着ける。大きい上に、イヤリングとしては重いので公式行事以外では身に着けない。


 先のオヤジの家は侯爵家でホスティラ家を連想させる魔術師の家系だ。現当主は真っ当な人だけど。

 不正合格はしていないか、ちょっと心配になって来た。

 その後、宰相の元に向かい『懲りない方ですね』と軽く世間話をすると、宰相の眉がピクリと跳ね上がった。同時に腹の胃の辺り擦っている。

 日和見王の宰相だからか、気苦労が多い人なんだよね。とある調査も頼んでしまったし。

 胃薬を差し入れる訳にもいかないので、労うしか出来ない。

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