交渉と決着
大剣の能力の影響範囲は肉体限定だったのか、霊力の封印は解けていない。お陰で、己の体に掛ける魔法について心配する必要は無い。不幸中の幸いだ。
空中でグーフォと交戦する。
最初に剣を交えた時よりも体が動く。何時も以上に体が動くと言うよりも、『動かされている』気がしなくも無いが、大分楽に戦えている。特にありがたいのは、身体強化魔法をどれだけ重ね掛けしても、体への負荷が一切無い事だ。
勿論、これが聖剣状態の祝福を受けている状態なのか判らない。だって、聖剣状態で使うのがこれが初めてなんだもん。
けれど、身体強化魔法を己の体に掛けた瞬間、骨に罅が入り、筋が切れるなどの影響が出る程の、過度な身体強化魔法を己の体に施しても、体への負荷が無い。戦闘終了後にやって来る反動を恐ろしく感じるが、今はこの状態を維持する。
後先を考えない選択だが、今はこれを選ぶしかない。
どの道、グーフォをどうにかしないと、その後のグーフォの行動が分からない。
自分だけを殺して満足し、この世界から去るのか。それとも、技術流出の阻止と言う名目で暴れ続けるのか。
どちらか判らない。
仮に、後者だった場合、記憶を取り戻していないロンが狙われる可能性が有る。グーフォは霊視が使えるので、無いとは言い切れない可能性だ。
ヌルでグーフォの大剣を受け止める。限界を超えた身体強化魔法を己に掛けているからか。グーフォとの腕力勝負で押されなくなった。押されなくなったどころか、こちらが押すようになった。
重ねて発動している、時間を短くする魔法『刹那』を使用しているので、一挙手一投足に至るまで、体全体の動きも速くなっている。まぁ、限界を超えて速く動けるようになったからと言っても、ヌルの剣先がグーフォの顔を掠めたのは僅か一回だ。左の頬に一文字の傷が付いて、血が滲んでも、グーフォの動きに変化は無い。
その代わり、自分が鍔迫り合いからグーフォを突き飛ばす度に、グーフォの顔に少しずつ焦りが見えるようになった。
今まで使用していた霊力は底を尽きたのか。ベーノ・アウ・マルベーノを呼び出して以降、グーフォは一度も霊力を使用していない。大剣の能力も使わない。
グーフォが何を考えているのか分からないけど、そこはかとなく不気味な気配を感じるので、霊力は使えない。何故か解らないが、『霊力を使ってはいけない』と、そんな気がする。
自分が霊力を開放すると、魔法の威力が数段飛ばしで上がってしまう。下級の魔法でさえも、緻密な魔力制御を要求されるので、戦闘中に使う事は殆ど無かった。霊力に関する訓練しようにも、霊視や透視、千里眼などのオン・オフの切り替え程度しか出来なかった。魔力を併用した霊力の訓練を行うと、毎回知恵熱を出して倒れていた。しかも、熱が下がるのに掛かる時間は、最低でも三日だ。
三日間の行動不可能以外にも、霊力持ちである事が発覚すると、色々と悪目立ちして困り果てる事が多かった。更に、単独行動が多かった為、魔力を併用した霊力の訓練の回数は減った。それでも、合間を縫って地道な訓練を重ねた結果、知恵熱を出して倒れる事だけは無くなった。
現在、訓練不足のツケを払っているような状態だが、今は受け入れるしかない。
空中でグーフォと何度も剣を交える。だが、ヌルで突きを放った瞬間、グーフォが後ろへ、大きく飛び下がった。これはただの回避行動ではない。そう判断して、追撃の手を止めた。
突きの攻撃はこれまでに何度も放っている。突きを回避する時のグーフォの対処行動は、剣で払うか、身を捻るかの、どちらかだった。
これまでとは違うグーフォの動きへの対処方法は、ヌルを正眼に構えて、グーフォの出方を窺うだけだ。
一方、これまでとは違う行動を取ったグーフォは右手で大剣を持っているが、目を閉じたまま構えらしい構えを取らないまま、空中に佇んでいる。
目に見える動きは無い。霊視を使い、グーフォが霊視を使用しているか確認を取るも、霊力を使用している様子は無い。
『おい、お前の霊力を寄越せ』
突然ヌルから変な要求が聞こえて来た。内心で首を傾げて、要求の内容を理解し、まじまじとヌルを見てしまった。
……お前に霊力は不要だ、ろ? あれ? 待て待て。霊力を得たのは、こいつが封印されてからそれなりに長い時間が経過してからの事だ。でも、こいつに霊力が必要とか、そんな話は知らない。
『霊力は進化を齎す力だ。お前の膨大な量の霊力を食らえば、我が力も強化される』
「今は要らない」
ヌルの要求を一刀両断してから、視線をグーフォに戻した。
グーフォは未だに微動だにしていなかったが、急に、かっと、目を見開いた。同時に、グーフォの大剣が形状を変えた。
大剣の剣身が三つ叉になり、左右の刃の根元が百八十度動き、刃先が後方に向いた。刃先が後方へ向いただけでなく、今度は刃の根元が伸びて、刃の背中同士が接合し――大剣の形状が完全に変わった。大剣の形状が変化すると共に柄も伸びた。
グーフォが持つ武器は、二つの剣を柄頭で接着したかのような、槍にも似た形状の武器だ。大剣の全長の、およそ二倍の長さを誇る武器なので、間合いは槍と同じだろう。
グーフォはどこかに視線を投げ掛けたが、すぐに正面を向いた。
一方、グーフォの武器を見たヌルが感心の声を上げた。
『ほぅ。猟犬の武器はグラーヴォ・カイ・ランツォだったのか』
「あの武器を知っているの?」
『知っているとも。我が誕生したあとに量産された欠陥武器だからな』
ヌルの言葉を聞き、思わず渋い顔になった。
魔法を分解・無力化する能力を持った武器が『量産品』って。しかも、『欠陥武器』かよ。随分と辛辣な評価だな。
『ふん。霊力保持者でなければ、真価を発揮せぬ武器など、欠陥品で十分だ。そもそも、お前は例外として、霊力保持者が簡単に見つかる筈も無いだろう』
ヌルに指摘されて、『確かにその通りだ』と頷いた。
それなりに永い転生の旅で、様々な人生を経験し、多種多様な人と出会っているが、霊力保持者に遭遇した経験は数える程度しかない。
けれど、使い手を選ぶ武器は『使いこなせた場合』に限るが、非常に強力だ。グーフォが持つ武器も、この例に当てはまるのだろう。
グーフォの構えが槍と同じものに変わった。構えたグーフォの姿を見て、自分は『こいつは槍も使える』と判断した。グーフォは無造作に左足を前に出し、極端な半身になっただけだが、直感がそう囁いている。
自分とグーフォは、互いにじりじりと距離を縮め、ほぼ同じタイミングで跳んだ。
間合い的に、不利なのは自分の方だ。魔法で加速する事も忘れない。
だが、グーフォと激突する直前に、割り込むように雷が降った。
「「っ!?」」
想定外の第三者の割り込みに、自分とグーフォは同時に後ろに跳んで下がった。
現在、青天下で戦闘を行っていたけど、雷雲は発生していない。そもそも雷雲が発生したら、どれだけ離れていても音が聞こえる。青天下でも、雷鳴が聞こえれば落雷が発生した事例はある。でも、今回は雷鳴を聞いていない。
自然現象でないのならば、考えられる可能性は『人為的な現象』だ。
最大の問題は『誰がこんな事をしたのか』だけど、その答えとなる人物はすぐに降りて来た。ただし、降りた位置はグーフォの傍だ。グーフォの仲間か?
「コリフェーオ……っ! 邪魔をするなと言った筈だぞ!」
自分の推測は正解だった。
グーフォが傍に降り立った人物の首を掴んで怒鳴っている。グーフォが胸倉を掴んでいない理由は、単純に服装にあった。
現れた人物は両腰にポーチを吊り下げているが、服装は体にフィットしたボディスーツだったからだ。遠目に見ても筋肉質である事が判るボディラインがハッキリと出ている。
グーフォの傍に降り立った空色の髪を短く刈り上げた人物は、こちらに背を向けているが、多分男だな。グーフォの頭一つ分以上も背が高い。
物凄い剣幕でコリフェーオと呼んだ人物に食って掛かっていたグーフォだったが、突然、ギロリと自分を睨んだ。
「あ~、待てグーフォ。睨むんじゃない。これはレージョ・カイ・プーノの決定だ」
「……何だと?」
コリフェーオはグーフォを窘めた。だが、続いた言葉を聞いたグーフォは怪訝そうな顔でコリフェーオを見上げた。
「歴代の青の中の青が創り上げた神剣の中で、最高傑作と言われているベーノ・アウ・マルベーノだ。俺も聖剣状態は初めて見るが、魔剣状態で暴走されたら面倒だ。取引してから引くぜ」
コリフェーオの言葉を聞き、グーフォは不服を隠さずに悪態を吐いた。
自分はコリフェーオの言葉を聞き、ヌルを正眼に構えて警戒した。
コリフェーオが零した言葉から察するに、こいつは自分以外の奴が魔剣状態のベーノ・アウ・マルベーノを所持しているところを見ている。こいつが聖剣状態を見るのは初めてらしいが、真に受けるのは止めよう。
判明している事は、コリフェーオはグーフォの仲間で、グーフォと同じく審判者である可能性が高い。
ここに至るまで、コリフェーオは自分に対して、ずっと背を向けたままだ。文句を言い募るグーフォを、コリフェーオは自分に背を向けたまま宥めているが、迂闊に攻撃を仕掛ける気は起きない。
少しでもグーフォを『背が低い』とか、『子供っぽい』とか、『弟分に見える』などと思っただけで、グーフォが睨んで来るのだ。
それに、先程の割り込み攻撃の気配は一切感じ取れなかった。これが意味する事は、コリフェーオの攻撃の前兆が感じ取れないと言う事だ。
あの二人には手を出さずに、好きなだけ喋らせて、少しでも有益な情報を得る事に集中した方が得策だ。
けれども、自分の思惑を阻むように、コリフェーオがこちらに振り向いた。言っていた取引を始める気か?
「さて、取引を始めようか」
「何を対価に取引を始める気?」
こちらに向き直ったコリフェーオは少し変わった見た目をしていた。
これまで自分に背を向けていたから判らなかったが、コリフェーオは顔の下半分を覆う黒いマスクを身に着けていた。感情が唯一読み取れるコリフェーオの双眸は金と赤の二色だっだ。俗に言う、双眸異色と言う奴だな。
自分はコリフェーオに取引の対価を求めた。コリフェーオは対価を求められる事が解っていたのか、虚空から一振りの剣を――グーフォとの戦闘で弾き飛ばされて、どこかに行ってしまった神剣を取り出した。コリフェーオの背後で、神剣を見たグーフォが驚きを露わにして息を呑んだ。
コリフェーオが神剣を回収していたと言う事は、何時からかは判らないが、大分前から自分とグーフォの戦闘を見ていたと言う事になる。
コリフェーオは右手で神剣を逆手に持って掲げてから言い放った。
「対価はこれの返却でどうかな?」
「待て! それは回収すべきものだろう!」
「確かにそうだが、レージョ・カイ・プーノには取引に使う事に対して承諾を取り付けている。シュアルの野郎が持ち出した禁忌の数が合わないと聞かされた。調査しようにも野郎は既に死んでいる。そこで、レージョ・カイ・プーノは『こいつを取引材料にして、被害者に直接聞けば何か判る』と判断した。グーフォ、上の決定だ。文句はあるか?」
「くそっ」
グーフォは悪態を吐いてから、不承不承と言った感じで引き下がり、大剣を元の形状に戻してから虚空に消した。
これ以上の戦闘が起きないのならば良いが、コリフェーオの取引に応じるべきか少し悩む。
手元に未使用の神剣があるとは言え、使用済みの神剣が手元にあれば、未使用の神剣の存在を隠す隠れ蓑になる。未使用の神剣の使いどころが決まっていない以上、使用済みの神剣は手元にあった方が役に立つ。
何より、取引に応じる事で、何かしらの情報が得られるかもしれない。
けれど、神剣がそのままの状態で返って来るか怪しいし、コリフェーオが襲い掛かって来ないとも限らない。
損得勘定をした結果、コリフェーオに『こちらが出した条件を受け入れるのならば取引に応じる』と回答した。
コリフェーオに出す条件の内容は、『取引を行う前に神剣の返却をする』事、『取引を終えたら即刻この世界から去り、向こう数百年はこの世界に戻って来ない』事、『質問を受け付けるのは今回限りで、緑の派閥のものに自分に接触しないよう勧告する』事の、三点だ。
コリフェーオは、自分が出した条件を聞き、一つ目は予想していたのか無反応だった。だが、二つ目と三つ目を聞き、無反応だったコリフェーオの眉がピクリと動いた。コリフェーオと共に聞いていたグーフォは、胡乱な視線を自分に向けた。
「一つ目は想定内だ。だが、二つ目と三つ目は意味が分からない」
「あたしは、この世界でやる事が残っている。やる事をやっている最中に、あんた達に邪魔されたくないだけ。勧告は、接触禁止と言っても、愉快犯が多い緑の派閥の連中は守らないでしょ?」
尤もらしい言い訳を口にするが、脳裏に浮かぶのは『記憶を取り戻していないロン』の姿だ。転生の旅が始まった原因が自分にあるのならば、存在だけでも隠し通したい。
「……どこで派閥の情報を得たのか教えてくれるのならば、取引に応じる」
「黒のニーガ、だっけ? 襲い掛かって来た半死半生の審判者の男を、返り討ちにしてから記憶を引っこ抜いた時に知った」
「随分と強引な手段を持っているな。――良いだろう。神剣を返却する」
頷いたコリフェーオは神剣を自分に向かって投げた。自分は神剣を風属性の魔法を使って手元に手繰り寄せ、霊視を使って神剣状態を確認した。異常は無い。
顔を上げるとコリフェーオから質問が飛んで来た。
質問内容は……意外な事に、自分に掛けられた術についてだった。
自分に掛けられた術。それは、自分に掛けられた呪いの事だろう。
そう判断し、コリフェーオに『術か呪いか分からない』と前置きしてから回答した。
「『回数制限の無い転生』、『対価を払って得る霊力』、『特定条件を満たさないと発動する不死性』か。思っていた以上に多いな」
「? 対価を払って霊力を得る方法は、審判者が進んで広めていたんじゃなかったの? そんな話を人伝に聞いたけど、違うのか」
「ははっ、調べる事が増えるとは思わなかったな」
コリフェーオは笑い声を上げて天を仰いだ。その横で、グーフォは霊力を得る方法を知っていたのか、眉を顰めていた。
二人の反応を見て得た情報は少ない。それにしても、霊力の取得方法が禁忌に相当するとは思わなかった。広めた奴は何を考えていたんだ。
一頻り笑っていたコリフェーオが顔を正面に向けると同時に、グーフォの肩を組むようにして彼を確保した。
次の瞬間、瞬きの間に二人の姿が消えた。
目下最大の危険は無くなったが、ここは犯罪組織が拠点としている土地だ。早々に立ち去らなくてはならない。
地面に降り立った自分は、神剣を宝物庫に仕舞い、己の体に掛けていた身体強化魔法を慎重に解除した。魔法を解除した事でやって来かねない反動を想定して、遅滞発動で治癒魔法も発動させた。
そのまま、十分程度待ち続けて、反動が来ない事を確認してから、鎧と待機させていた魔法は解除した。
ここでヌルも、第一形体に戻して仕舞いたい。でも、仕舞った瞬間、疲労が押し寄せて来る可能性が高い。ヒース大佐達が自分の帰りを待っているから、ここで休む訳にはいかない。
帰還に向けた行動を取る前に、空を見上げた。
時間はまだ午前中と言えるが、太陽の位置は大分高い。
……グーフォとの戦闘開始が朝だったから、数時間も戦い続けていたのか。今、ベーノ・アウ・マルベーノを仕舞ったら、確実に倒れるな。
口から漏れそうになった憂鬱な息を呑み込み、自分はここに来た時とは違い、空間転移魔法で庁舎屋上へ帰還した。




