剣から与えられるものは祝福か、それとも呪いか
グーフォと戦っている最中、不意に、師匠の言葉を思い出す。
――お前が持つのは、戦いの才能ではなく、創り生み出す才能だ。武芸の技を教えても、お前は使いこなせん。
師匠の言う通りだった。過去の人生で何度か、特定の流派の体術を学ぶ機会はあった。
でも、どう言う訳か、技を覚える事は出来ても、実戦で上手く使いこなせなくて、色んな人から落胆された。事前に『使いこなすのは無理』と言ったにも拘らず、『何故なんだ』としつこく責め立てられた。理由が分かるのなら、自分が知りたいよ。
――お前には武芸の才能が無い。だから、お前に教えるのは、全ての基礎となる技術だ。技術を体得せよ。それだけが、お前に体得出来るものだ。
師匠の下で学んだ技術は非常に役に立った。技が使いこなせなくても、技術が使えるお陰でどうにかなった。
――お前が持つ、創り生み出す才能を活かせ。敵を確実に殺す道具を作れ。敵を殺す好機を作れ。それらを生み出す為に、経験を積め。それが、お前に出来る事だ。
師匠の言葉を愚直に守り続けて、道具を作り続けて、経験を積み上げ続けて、今の自分がいる。
出来る事が増えても、誰かに褒められても、喜ばなくなったのは何時からだったか。ここまで経験を積み上げないと、何一つ出来ない自分が嫌になった。
「……?」
師匠の言葉を思い出していた僅かな時間に、グーフォに対して小さな違和感を覚えた。小さな異変だけど、戦闘中に感じた以上、『勘違いか、否か』は確認すべきだ。
危険な行為だが、神剣を横に寝かせ左手を添えて、振り下ろされた大剣を受け止める。押し込まれないように気を付けながら、至近距離でグーフォを観察する。
……霊視を、使っている?
小さな違和感の正体は、『霊視』だった。『何故?』と疑問を抱き、『霊視で得られるものは何か?』と思考を回す。
霊視を使用する事で得られるものは――情報だ。
何の情報を得ようとしている? 自分の情報か? 鎧の情報か? 神剣の情報か?
神剣の上を滑らせるように大剣を横に流して、グーフォの間合いから離脱しながら、どれかと考える。
グーフォが唯一警戒心を剥き出しにしたのは、神剣だけだ。
ならば、霊視で神剣を調べたと見るべきか。
グーフォもまた、自分と同じように距離を取った。広がった彼我の距離は目視で十メートル程度。
互いに様子見をするように動きを止める。攻防が止まった時間に、『何故、今になって』と、もう一度同じ疑問を抱く。
今になって、神剣を調べる意味は何か?
――正直に言うと、自分は神剣について詳しくない。
神剣に関わる情報は持っている。でも、それだけだと思考が回ったところで、ふと気づいた。
……そう言えば、役目を終えた神剣について何も知らないな。
神剣は管理化身を殺す為の剣だ。真価を発揮する為には、色々と必要だが、役目を終えた神剣については情報が無い。
死にぞこないの審判者の頭から、魔法を使って情報を引っこ抜いた事はある。得た全ての情報には目を通したけど、役目を終えた神剣に関する情報は無かった。
それは何故か? もしかして、役目を終えた神剣は――
「成程」
グーフォの呟きを聞き、ハッとする。意識を正面に戻せば、グーフォが苦虫を嚙み潰したような顔をしていた。
「霊視を使わねば判別不可能とは言え、こんなところで『役目を終えた神剣』を向けられるとは思わなかったぞ」
遂にグーフォにバレた。けれど、霊視を使わないと判別不可能なのか。初めて知ったよ。
ならばと、両手で神剣の柄を握り直す。
現在使用している使用済みの神剣を『わざと破壊させて』グーフォの油断を誘い、未使用の神剣を取り出し、動揺を誘う戦法が使えるかもしれない。
動揺させてもどこまで通じるか怪しいし、そんな隙があるか怪しい。
グーフォが右手一本で振り回している大剣の切っ先を自分に向けた。同時に、自分が今まで、攻撃魔法を一度も使っていない事実に気づく。
余裕が無かったとは言え、何故、攻撃魔法を一度も使わなかったのか。
疑問について考える暇は無い。
十メートルもあったグーフォとの彼我の距離が、一瞬で縮まった。
反射的に剣を盾のように構え、直後に振り下ろされた大剣を受け止めた。
このままでは押し潰されると錯覚する程に、重い衝撃が襲い掛かって来た。歯を食いしばって耐えて、肉体の限界ギリギリまで身体強化魔法を掛ける。
「残念だったな。役目を終えた神剣は『審判者を傷付けられない』のだ」
グーフォが大剣を押し込む力を強めた。神剣の腹に左上腕を添えて、神剣を盾のように使用して大剣を受け止めている。けれども、力負けしているので、目の前に大剣の刃が少しずつ迫って来る。
「その剣で俺は殺せぬ。だがその剣を、何時までもお前の所有物にする訳にはいかん」
力負けして押される。魔法で腕力を限界まで強化しているにも拘らず、グーフォの力押しに勝てない。
これ以上、腕力を強化したら、今度は腕の筋が切れる。筋が切れるだけならまだ良い。最悪、骨にまで影響が出る。そうなったら、剣を振り回せない。
どうするか考えた瞬間、グーフォの大剣が金色の靄を纏い始めた。
この金色の靄の正体は知っている。これは霊力だ。だけど、どうして今になって霊力を使うのか?
疑問の回答は、己の体の異常で判明した。
……身体強化魔法の強化率が落ち始めた? どうして?
これまでの戦闘で、この大剣が鎧を掠めても、こんな事にはならなかった。
何が起きているのか。考えられる要因は霊力だ。グーフォは霊力を大剣に纏わせた。これから考えられる事は一つ。
グーフォが持つ大剣は霊力を得ると、『魔法を強制的に解除する』もしくは、『魔法に使用している魔力を霧散させる』などの能力を保有している。そう見るしかない。
気になるのはその効果範囲だ。
全身の魔力の流れを調べる。強化魔法が解除されつつあるのは両腕のみ。両足はまだ大丈夫だ。
魔力を使用して使うスキルの一つ『縮地』を連続で使い、近くの建物の裏を通り、グーフォと距離を取った。グーフォから離れた事で、徐々に進んでいた強化魔法の解除が止まり、状態が元に戻った。
大剣に触れていなければ、魔法は解除されない。
馬鹿の一つ覚えのように距離を取った、と言うよりも逃げた。千里眼と透視を保有しているグーフォが相手では、隠れても意味は無い。
壁に背中を付けて、息を整えがなら、あの大剣の対策を考える。
霊力を使用しているから、霊力で対抗するのが良いんだろうが、確証は無い。けれど、他の対策は思いつかない。
呼吸を整え、魔力を循環させて、体力を回復させる。
現時点で神剣の取り換えは出来ない。グーフォの台詞を考えると、自分が現在使用している神剣を奪いに来るだろう。下手をすると、未使用の神剣が奪われる。それだけは避けなくてはならん。
破壊されても困らない武器は使い捨てのみだが、その手持ちは少ない。
ではどうするかと思考を回した瞬間、微かにピシッと音が聞こえた。
慌ててその場から退避する。数秒程度の間を空けて、背中を預けていた建物が横斜めにズレて、上部が地面に落ちた。轟音を立てて、上部が地面に激突して崩れた。
その向こう側には、大剣を担いだグーフォがいた。
「何時まで休んでいるつもりだ?」
「存外、気が短いわね」
自分の口から零れたのは、軽口だった。グーフォの額に青筋が浮かぶ。
こいつは挑発しても、怒りに任せた行動は取らないだろう。思い付いた内容も聞き慣れていそうだし。顔に出ていたのか、グーフォの目が鋭くなった。
「……今、何を思った?」
「別に。ただ、挑発しても聞き慣れていそうな内容しか思いつかなかっただけ」
そう。グーフォをよく観察すると、こいつは童顔で、男にしては小柄な部類に入る。この辺の事を挑発文句として言っても、効果は薄いだろう。
そう思っていたんだが、次の瞬間、グーフォの姿が消えた。直感に従ってその場から跳び退ると同時に、自分がいた場所の地面がクレーター状に抉れた。クレーターの中心にはグーフォがいる。
……これが挑発になるのか。何と言うか、意外だな。
感心する暇はここまでだった。
グーフォの姿が再び消えた。直感に従い、その場から跳び退り、剣を構える。直後、両手に重い衝撃が襲い掛かった。
重い衝撃の正体は、グーフォが振り回す大剣の直撃だ。踏ん張って耐えずに、あえて吹き飛ばされた。その方が、両手首に掛かる負担が少ない。距離を取るにしても、吹き飛ばされた方が都合が良い。
着地する前に、空間遮断系の障壁を全方位に展開した。案の定、着地するタイミングを狙われた。障壁を展開していなかったら危なかった。間一髪と言って良いが、大剣が障壁に食い込んでいるんだけどね。
だが、この攻撃で判明した事が有る。
障壁に食い込む大剣に纏わり付いていた金色の靄が、目に見えて減少していた。これが意味する事は、早計かもしれないが、グーフォの霊力が残り少ないと言う事だ。使えば減るのは当然だが、些か減り方が速い。
消耗戦に持ち込んでも、自分がグーフォに勝つ見込みは無い。
障壁の維持に魔力を注ぎ込むが、大剣が先に貫いた。しゃがみ込んで頭上を過ぎる大剣を回避。障壁を解除してから、踏み込んでグーフォに突きを放つが、グーフォは神剣を弾かず、自分の頭上を飛び越えて移動する事で回避された。
互いに背中を見せた状態になる。体勢的に振り返るのは難しい。背後に先程と同じ障壁を展開して、飛び込み前転の要領で身を捻り、正面を変えた。そのまま障壁を盾のように使う。
互いに向き合うと同時に、障壁が大剣を受け止めた。大剣が障壁に食い込む気配が無い。グーフォの霊力残量が少ないと見るべきだな。
でも、現在展開している障壁の魔力消費量は多く、気軽に使って良いものではない。別の方法を考えなくてはならない。
「やばっ!?」
別の手段を思い付くよりも先に、金色の靄を纏った大剣が障壁を貫通した。
反射的に仰け反って、自分の顔面目掛けて向かって来る、横に寝た大剣の切っ先を回避した。
仰け反ると体勢を崩す事になるから、本当は頭を振って回避したい。だが、そうするにはグーフォのが持つ剣の幅は広過ぎた。回避するには、最低でも左右どちらかに一歩移動しなくてはならない。
大剣が鼻先を通り抜けた。その際、仰け反った際に宙に取り残された前髪の何本かが断ち切られた。宙を舞う髪が視界に入った直後、強烈な悪寒に襲われた。
背中は不味い。左半身を後ろに下げるように強引に身を捻ると、重い衝撃が腹を襲った。鎧を身に纏っているのに、『腹に穴が開いたのではないか?』と、疑うような威力だった。それほどまでに衝撃は重く、内臓を揺さぶられた。鎧を着ていなかったら、この一撃で終わっていた。
腹に衝撃を受けて、自分は地面と平行になるように吹き飛んだ。己の周囲に風属性の魔法を使って気流の球体を作る。風をクッションの代わりにして、背中に来る衝撃に備えて、神剣の柄を握り直す。
だが、背中よりも先に、気流を蹴散らしたグーフォが正面から襲い掛かって来た。強引に地面に足を付けて、ブーツ底のスパイクを魔法で変形させて急停止を掛けたが、強引に行ったせいで体勢が崩れる。
体勢が些か不安定な状態で、下から上に掬い上げるようなグーフォの剣を、上から押さえ付けるような形で下から神剣で受けた。そのまま鍔迫り合いに持ち込まれる。
元々腕力で負けているのに、そこに体勢の悪さが追加された結果、強引に神剣が両手から弾き飛ばされた。
神剣が弾き飛ばされた反動で、両手で万歳するような状態になる。弾き飛ばされた神剣はどこかへ行ってしまった。
もう一つの神剣を宝物庫から取り出す時間は無い。手の位置は頭に近い。髪をお団子にしていた簪を素早く抜いた。簪に魔力を通しながら手首を返せば、刹那の時間で、簪は二メートル程度のシンプルな銀色の槍に変貌を遂げる。
銀槍で迫るグーフォの大剣を受け止めるも踏ん張りが効かず、中空へ吹き飛ばされた。同時に銀槍が軋む音を立てる。
この槍は、表面に複数の鉱石を混ぜて強度と靭性を高めた鉱石、芯材には衝撃に強い鉱石を使用している。見た目はシンプルだが、手の込んだ槍であるにも拘らず、一撃で軋んだ。
手に伝わる衝撃から、次の一撃で壊れるかもしれないと想定し、空中で体勢を整えればこれは現実になった。
真ん中から二つに折れた銀槍を、今度は双剣のように振り回して空中戦を続行するも、グーフォの一撃で銀槍はどちらも粉砕された。
斜め上から霊力を纏ったグーフォの大剣の切っ先が迫る。盾を出す時間は無い。咄嗟の判断で腕を交差させた。一撃だけなら籠手で耐え切れるかもしれない。
けれども、眼前でグーフォの大剣が根元から三叉に割れた。大剣には、パリーイング・ダガーのような仕込みが有ったのかと、内心で呻いた。
拳一つ分の幅にまで細くなった中央の剣が、交差させた籠手の上を掠めて――グーフォの剣が自分の胸を貫いた。
剣が貫いた位置は、幸運にも心臓の真上だった。斜め上からの突き刺しでなければ拾えなかった幸運だ。貫かれた際に気道を傷付けるも、気道が裂けるにまで至らなかったのか、呼吸は可能だ。それでも、ピンチである事には変わりない。
己の体に掛けていた魔法が全て強引に解除された。蓄積した疲労で腕の力が抜けて左右に垂れ、重力に引かれて自分は背中から地面に向かって落ちる。落下に合わせて、胸に刺さった剣は勝手に抜けた。
自分を見下ろしながら、大剣を元の状態に戻したグーフォは無表情だ。
胸からグーフォの剣が抜けたのに、鎧の効果が発揮される気配がない。グーフォの剣は、一定時間魔法を無効化する事も出来たのか。
けれど、剣が胸から抜けた直後、発揮されない鎧の効果の代わりに何かが強く脈動し、どこからともなく声が響いた。
『感謝するぞ、緑の猟犬! 貴様のお陰で、忌々しい魔王の封印が解けたわ!』
声が響くと同時に、封印されていた記憶が溢れ出し、思い出せなかった夢の内容を思い出して、顔から血の気が引いた。
そして、この世界に転生してから、やたらと過去を夢として見るようになった原因をやっと理解した。前回の人生でグーフォの攻撃を受けて転生し、影響を受けた封印が自分の意識を逸らす為に、代わりとなる夢を見せていたのだ。
一方、宙に留まったままのグーフォは、どこからともなく響く言葉を聞いて困惑した。グーフォのあの困惑顔は、この声が何なのか分からない顔だ。
流石の審判者だとしても、この声の正体は分からないのか。
『呼べ、我が名を! お前の魂に同化した九つの復讐の剣を。聖剣にも、魔剣にもなる、お前が最初に手にした剣を呼べ!』
声が高らかに響く。
……正直に言おう。この剣を頼るのは嫌だ。
至高神を名乗ったあの野郎を探し始めるよりも、あの世界で皆と再会するよりも、ずっと前。
理不尽に全てを奪われて、『菊理としての記憶を取り戻した前後の己の区別が付かなかった』あの頃。
この剣と出会った自分は――記憶を取り戻す度に暴走した。暴走して、幾つもの世界を『住民ごと』滅ぼした、罪の記憶があり、この剣を危険視したあの人の手で、剣と共に関係する記憶は封印された。
苦く嫌な思い出がある。使えば自分は暴走するかもしれない。でも、今はグーフォを倒さなくてはならない。倒せなくても、この世界から撤退させなくてはならない。
剣の名を叫ぶ。今は、こいつだけが頼りなのだ。
「ベーノ・アウ・マルベーノ!」
剣の名を口にすれば、自分の周囲に九つの剣が出現した。記憶と違い、どの剣も真っ白に輝いている。
この剣が真白に輝く状態は『聖剣』である証拠。今なら、大丈夫かもしれない。
「来なさい、第十形体、全てを零にする!」
自分を見下ろしていたグーフォは、剣の形体名を聞くなり顔に焦燥を滲ませた。
何故、この剣の正式名称を知らないのかと、疑問は抱かない。この剣は正式名称よりも『十番目の形体の方が有名』だと思う。自分も正式名称で呼ぶ事は殆ど無く、形体名で呼ぶ回数の方が多い。
自分の声に従って、九つの白い剣が一つに重なる。一瞬だけ白く発光すると、そこには独特な形状をした一振りの白い剣があった。剣の全長は一メートル半もあり、自分の身丈と変わらない長さだ。
剣の刃の左右には、枝刃と呼ばれる直角に折れ曲がった刃が生えている。日本人がこの剣を、ヌルを見たら『七支刀に似ている』と、感想を抱くだろう。全長と枝刃の数が違う点を除けば、外見は似ている。
落下しながら、自分は右手を伸ばしてヌルの柄を掴んだ。
ヌルの柄を掴んだ直後、無防備にも、自分は背中から地面に激突した。だが、体に負傷もダメージも無い。起き上がると、これまでに負った負傷が全て癒えて、疲労も無くなった。それだけはでなく、立ち上がるまでの僅かな時間で、体力と魔力が完全に回復した。
……聖剣の祝福。魔力を持たないものからの物理攻撃完全無効化と、一定時間毎に体力と魔力を完全回復させ、負傷も完治させる。聖剣状態の使用が初めてだから知らないけど、他にも特殊な効果が得られるんだっけ?
これまでずっと、この剣を魔剣状態で使用していたから、聖剣について詳しい事は体験しないと判らない。
使う人間の精神状態で、聖剣にも魔剣にもなる神の剣。
それが、剣から与えられるものは祝福か、それとも呪いかだ。
頭上から影が差した。見上げると、大剣を大上段に構えたグーフォが落ちて来る。それを確認した自分はヌルの柄を両手で握り締めて呟く。
「ヌル。お願いだから、聖剣のままでいて」
『それは、お前次第だ』
魔剣と化したヌルを制御するのは難しい。仮にヌルがその状態になったら、自分の心を制御出来るかも分からない。
返って来た答えに苦笑を零してから、グーフォを迎え撃つ為に宙へ跳び上がった。




